58. 覚悟
「ぶち抜け、ティアハート!」
セティアの一撃が天神を穿ち抜き、魂を混沌の力によって回帰させる。
同時にノアとルカも龍神を倒したようだ。イージアは戦場に静寂が戻ったことを確認し、自らの戦意を収めた。
「これで残るは海神、創造神か……」
合流した四人は、現状について確認する。
ノアの話を聞く限り、彼女も天神を回帰させるために『亜天空神殿』へ突入したらしい。イージアが壊世主から安息世界の創世主へ至る方法を教わったと聞き、ノアは眉を顰めた。
「相変わらずルミナは何を考えているのか分かりませんね……そういえばラウアさんを見ませんでしたか?」
「……私は見ていないな」
イージアは安息世界に降りて以降、ラウアを探そうとは思わなかった。ノアさえ見つかれば世界を回帰させるための戦力は充分だ。ラウアが何をしたいのかは知らないが、進み出て探すほど彼に対する思い入れもない。
「ノア、久しぶりだねー! 元気にしてた?」
「セティア、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「二人は知り合いなのか?」
「ええ。お互い『愚者の空』の中で漂っていた存在ですから。私は『愚者の空』から盤上世界を監視し、セティアさんは……ひたすら眠っていましたね。時折目を覚ましては私とお話していました」
しかし、彼女たちが居た虚無の空間は『安息世界』に造り替えられた。ノアは動かざるを得なくなり、セティアも強制的に目覚めたという。
三人の話を聞いていたルカが声を上げる。
「全く話についていけぬが……神々の回帰とやらはどうなったのだ!?」
「後は海神と創造神ですが……」
ノアは言いよどんだ。イージアにとって、創造神は恩ある存在。
六花の将として長き時を共に過ごした親のような神である。そんな創造神とイージアを戦わせるのは酷というもの。ノアの意図を汲んでか、ルカが提案した。
「ならば、我が創造神の下へと向かおう。貴様らは海神の下へと……」
「──いや。創造神は私が回帰させる」
ルカの言葉を遮ったのは、他でもないイージアだった。
「私は創造神に感謝し、彼を尊敬している。だからこそ安息の幻想を見せたままではいられない。私がこの手で彼を屠り、回帰させてみせよう。君たちは海神の下へ向かってくれ」
彼は決意を宿して立ち上がった。
これまでの過去の世界において、彼を支え続けてきたのは創造神だ。彼を受け入れ、傷付いた心と向き合わせてくれた。仲間と巡り合わせてくれた。
だから、彼を永遠の安寧に閉じ込めてやるつもりは毛頭ない。
「一人で向かうの? ぼくも一緒に行こうか?」
「いや……一人で行く。きっとその方が私らしく、私の言葉を創造神に伝えられる」
もはや彼の意志に迷いはない。
全ての安息を断つために、彼は災禍の道を進む。
~・~・~
ルミナから与えられた厄器、【秩序盾ルナ】の表面をラウアは指で撫でる。
深い漆黒、吸い込まれるような闇。ひどく落ち着く感覚を彼は味わった。
かつて自分が災厄の器であったからなのか。彼にはルナの扱い方が本能的に分かった。
しかし、これは盾。傷付けるための物ではない上に、ラウアは混沌の力を扱えない。故に神を回帰させることも不可能。
「僕はこの盾で……何を守ればいいのだろう」
ディオネの郊外で、彼は依然として放浪していた。
ノアやイージアとの合流を目指すべきなのだろうが、二人がどこに居るのか皆目見当もつかない。先日スフィルから襲われた際の恐怖が蘇る。
自分はこの安息世界の災厄だという。どの世界でも望まれず、破滅を振り撒く定めにある存在が自分だ。
「──見つけましたよ、邪悪の眷属」
そして、またしても悪夢の時間は訪れる。
『霓天』スフィルは近場から災厄の気配を感じ取り、ラウアを発見した。彼女は龍神から授けられた力を解放し、ラウアの前に立ち塞がる。
「あんたが敵か? どうにも強そうには見えないけどな」
それだけではない。『黒天』のオズも彼女の背後に控えていた。
白昼堂々、剣を構えるスフィル。周囲の人々は困惑し逃げ惑う。しかしラウアは毅然として二人の英雄の前に立った。
「……今度は逃げないのですね?」
「君たちと話がしたい」
彼の言葉にスフィルは怪訝な表情を浮かべ、オズは首を傾げた。
『我が授けた盾は、傷付けるためではなく、守るための盾。その厄器を以て、守るべきものを守り抜くのだ!』
ルミナの言葉が頭の中で木霊する。
争わずに事態を収束させる希望をラウアは捨てていない。
「何を言いますか。あなたは世界に仇なす存在。生かしてはおけません……火炎」
火炎の波がラウアへ迫る。
彼は紫紺の瞳で迫る炎を見据え、自身の内に眠る力を把握。秩序の力が滔々と溢れ出す。ATに奪われたラウンアクロードの力……ではない。
新たな災厄の萌芽。
「守ってくれ、『秩序盾ルナ』」
暗黒が炎を呑み込み、全てを吸収する。
光も、熱も、全てが暗黒へと呑まれて消えていく。
「なっ……! これが邪悪の眷属の力!?」
「もう一度言わせてくれ。僕は君たちと話がしたい」
ラウアの意志を宿した瞳に射貫かれ、スフィルは攻撃の手を一旦止める。
「……だとよ。どうするんだ?」
「私は……彼を排除すべきだと考えています。我ら神能を授かりし者らにとって、神の御言葉は絶対。ここで彼を討たないということは、龍神様の命に背くということ」
「お前のそういう狂信的な所はどうかと思うが……俺がおかしいんだろうな」
オズは自嘲するように眼前の光景から目を背けた。
スフィルはラウアを殺す気だ。それを肯定も否定もしなかった。自分が異端であり、英雄と呼ばれるに値しないと自覚していたから。
ここでラウアを殺すのが英雄であり、世界のためでもあるのだ。
「僕は……っ! 君たちに攻撃はしない!」
再びスフィルの魔術を受けながら、ラウアはただ盾を構えて立つ。
盾で防ぎ切れなかった火の粉が降り注ぎ、彼の肌を焼き焦がした。
「どうして……どうしてあなたは戦わないのですか!? 世界を滅ぼす邪悪な存在なのでしょう!?」
「違う……違う! 僕は誰も傷付けたくない! これ以上……彼のように全てを喪う人を見たくはない! だから……っ!」
彼を突き動かすものは、自らの意志だけではない。
イージアの憎悪。ラウアが災厄の時に感じた憎悪が、今でも彼の信念を形成している。二度とあんな眼をした、悲しい人は見たくない。ただそれだけだった。
「くっ……!」
荒れ狂う風刃、巻き上がる石礫。
スフィルの魔術が全方位から迫り、暗黒でも防ぎ切れない。全身から血しぶきを上げ、なおも彼は耐え続け……
刹那、魔術が消えた。
炎、水、風、土。四つの色がふっと掻き消え、天上より降り立った男が全てを踏み躙ったのだ。
「そこまでだ。彼をこれ以上傷付けることは……私が許さない」
仮面の男。
憎悪と救済を一身に背負う、ラウアの原動力が舞い降りた。




