52. 解放の鍵
繭の中は大きな空洞になっていた。
人影は見えず、燈色の光に満ちている。一際目を惹くのは、五本の柱。
赤、青、緑、黄、白に光る光柱が繭全体を支えるように聳え立っている。その中でも赤い柱は光を失っていた。
「なんだろうね、この光柱は」
「分からない。魔力も神気も感じないが」
セティアが柱を蹴りつけようとするのを止め、イージアは内部を見渡す。
入り口は二人が入って来た一箇所のみ。光柱の材質は不明。
ATの手掛かりになる物はなさそうだ。
「その柱が何なのか……説明してやろうか?」
ふと、背後から声が響いた。
イージアは咄嗟に振り返る。繭の入り口には……
「壊世主……!?」
壊世主、ゼーレルミナスクスフィス。
イージアの脳裏に、『愚者の空』に突入する直前の記憶がフラッシュバックする。壊世主が高らかに嗤い、イージアのXugeを滅ぼした光景。
「そう怯えるな、救世者よ。我が身はお前の力になりたいと思っているのだ。なあ、ATの居場所を知りたいのだろう?」
「……話を続けろ」
ルミナはどうも、と笑ってから繭について語り始めた。
「この繭はな、安息世界の創世主であるATの座へと繋がる鍵だ。五本の柱はそれぞれ地神、海神、天神、龍神、創造神を示す。お前がさっき地神を回帰させたから、赤色の柱は無力化した。全ての柱を無力化すれば、ATへの扉が開かれるのさ。つまり、現存する全ての神を回帰させれば世界を元に戻せる」
「なるほど、ずいぶんと都合の良い展開だな。ATは何が望みだ? 君は何がしたい?」
猜疑に支配されるイージアの心。
当然だ。別の世界線とは言え、自らを殺した壊世主を信用できる訳がない。
「この安息世界にはな、壊世の概念が存在しない。災厄は降臨せず、魔物も次第に消滅するだろう。この世界のフロンティアは通ってみたか? 魔物の数が激減しているはずだ」
「……たしかに、さっきフロンティアを通った時は魔物に襲われなかったね」
セティアが気が付いたように声を上げた。
ルーリーに襲われた後、二人はフロンティアへ出たが……魔物には襲われなかった。それどころか、魔物は見ていない。
「ATはこの安寧に包まれた世界に、生命の魂を封じ込めるつもりだ。それがあの男の『世界を護る』ということ。盤上世界を永遠に停滞させてな」
「なるほど。ATの目的は分かった。しかし、君の目的について聞いていないぞ」
「そりゃあ、我が身の目的はお前たちと同じさ! 俺だってこんな有様になるとは思ってなかったんだ。たしかに我が身はルールを破って、ATに助言をした。しかし、まさか世界を停滞させるとは思っていなかったのさ! だってそうだろう? 秩序のプレイヤーである我が身にとって、盤面が停滞するなど退屈が過ぎる! 故に我が身は盤上世界を取り戻し、この安息世界を消滅させる。そう、まさにお前たちと同じ目的で、協力もさせてもらうとも!」
ルミナは笑顔を絶やさずにイージアに手を差し伸べた。
しかし、イージアは迷いなく彼の手を払い退ける。
「君の言うことは一つの参考として考えるに留めておこう。信用はしない。協力も不要。君は君の好きに動け」
「ははあ……そこな創世主の片割れは信じるのに、我が身は信じない?」
「そうだ。信じない」
ルミナが何を考えているのかは分からない。
言葉を鵜呑みにしてはいけない。
彼の心は人間のものではなく、壊世主という害悪の心なのだから。根本的に情意の機構が異なる。創世主の心であるセティアにも同様のことが言えるのかもしれないが、イージアは人を見る目はあると自負していた。
「これは残念無念。ただし、繭の件に関してはホントのホント。がんばりたまえよ、救世者」
彼はそう言い残すと、黒い塵となって姿を消した。
瞬間、大気に満ちていた緊迫が解ける。仮にも壊世主。アテルと同等の力を持つ者なのだ。
「まさか盤上世界の壊世主がこちら側に来ているとはね。びっくりしたよ。……ということは、アテルも安息世界に来れるのかな? まあ来ないと思うけど。アテルが自分の盤面から離れるとは思えないし……駒が動かせなくなっても盤の前に正座してそう!」
セティアはルミナの気に怯む素振りをおくびにも出さず、周囲の柱を見上げた。
イージアは未だに彼女の力を測りかねているが、創世主の片割れと言う以上、ルミナに後れを取らないくらいの力はあるのだろう。
「彼の話は本当だと思うか? いや……どこまでが本当の話だと思う?」
「たぶん、繭の話は本当じゃないかな。ぼくも神々を回帰させて世界の力を削ごうという魂胆は同じだったし。とにかく神は死すべし、慈悲はない」
もしもルミナの話が本当だとして。
イージアは神々をどれだけ相手にできるのか。ノアやセティアの協力を加味して、神々の突破を試みる。簡単な行動指針だが、実現するのは難しい。
壊世主がどう動くのかも重要になってくるだろう。
「まあ、とにかく神を回帰させて盤上世界に戻していこう。次はどの神をぶっころ?」
「もっとも厄介なのは創造神。もっとも力があるのは龍神。しかし……創造神と戦うのは気が引けるな」
楽園に赴くとなれば、六花の将にも会うことになる。
創造神に反旗を翻すイージアを見て、彼らはどんな反応をするだろうか。考えたくはない。事情を説明して分かってくれればいいのだが……
「……順番を考えるのは後回しにしようか。とりあえずノアを探そう。ぼくも早くあの子に会いたいし」
「しかし、ここにもノアが居ないとなると……」
「ぼくらは災厄として神々に追われる身。ノアも身を隠して過ごしてるんじゃないかな。どこか人目のつかない場所に心当たりはない?」
「そうだな……何か所かある。行ってみよう」
イージアは世界中を旅し、土地ごとの特徴を知悉している。
危険溢れる地王山と地王領。虚神の墓が隠されたジャオ大湖。何者も立ち入れぬ恵山の頂。ナバ砂漠の大地壊尖塔。神秘なる森のソレイユ大森林。
侵入不可能な不浄の大地。天に浮かぶ亜天空神殿。戦神の眠るシエラ山。
地図に載っていないマイト島、龍島。深海に沈む大深海魔境。
「一つずつ、迅速に回ろう。特に神除けの土地は注意して探るぞ」
「了解!」
そして二人の災厄は世界を飛び回る。




