51. 星の誘引
「すまん、セティア。やはり君の神器はいらないようだ」
「えっ……えぇ……」
「受贈──ゼニア。神剣ライルハウト」
神々と敵対している癖に、神器を使うとは奇妙なものだ。もっとも、イージアにライルハウトを与えたのはこの世界の天神ではなく、異なる世界の天神だが。
彼は握り慣れた柄の感触を確かめて、中腹を槍のように持つ。
「あの……ぼくの神器……ティアハート……ぼくの愛……」
セティアは自身から取り出した光を困ったように眺めた。
イージアは彼女の様子を気に掛けることなく、周囲に浮遊する大地に気を配る。どの地からルーリーが転移して攻撃を仕掛けてくるか分からない。
刹那、地神の狼の影が消える。
「……セティア、後ろだ!」
「分かってるし。『星瞬』」
ルーリーの牙がセティアの居た中空を掠める。
彼女の姿は星の瞬きのように掻き消え、姿を消した。
『んなっ……!』
「今が好機! 穿て、【穿神の王】!」
地神が停滞した間隙を縫って、イージアは戦意を放出。
ライルハウトに混沌の力を宿し投擲した。彼を八重戦聖へと押し上げた、戦神を継ぐ槍技。剣は狂いなくルーリーの魂魄を打ち砕き──
『ぎょえーっ! ワイ、死ぬんかーっ!?』
「安心してくれ。洗脳が解けて元の盤上世界に還るだけだ」
地神ルーリーは神気となって霧散……はせずに、白い波動に包まれてどこかへ転移した。
おそらく盤上世界に回帰したのだろう。
同時に地神の権能によって歪曲されていた大地は元に戻り、イージアはなだらかな地上に降り立つ。
この森に大きな異変があったことは周囲の人々から察知されているだろう。早めに逃げる必要がありそうだ。
「セティア……どこだ?」
見渡せど、水髪の少女の影はない。
先程までたしかに居たはずなのだが……気配を探っても出てこないのだ。
「はぁ……」
「なんだ、そこに居たのか」
彼女は樹の下にへたりこみ、どんよりとした空気を纏って俯いていた。
彼女の周辺だけが異様に重苦しい。
「はあ……」
露骨にイージアに聞こえるように溜息をつくセティア。
懐疑的な瞳がイージアに向けられる。
「ぼく、君と別れようと思う」
「は」
「君はぼくの贈与を拒絶したので、もう一緒にいたくない」
「何を言っているのか分からないな。それよりも……大規模な交戦をしてしまった以上、他の神々にも私たちの存在を勘づかれたかもしれない。早く移動しよう」
馬鹿なことを言っている同胞の災厄を無理やり立たせ、イージアはどこへ逃げるべきか思案する。
まずはノアと合流したいところだ。
「ノアが行きそうな場所……分からないな。何か心当たりはないか?」
「ない。それよりもイージア君は恋人とかいる?」
「なるほど。では次はどこへ向かうべきか……」
彼はセティアの問いかけを無視して考え込む。
どうやら本当に、会話のドッジボールが起こるレベルで、セティアとは反りが合わないらしい。
「よし、こっちだ」
神転して飛ぶのは目立つので避けたいところ。
どうにかしてATの居場所を探りつつ、ノアとの合流を果たす。当面の目標だ。
彼は再び下水道へと潜り、ルフィアレムからの脱出を画策した。
そんな彼を追うように、セティアは追従して行った。
~・~・~
ルフィア王国を覆う結界を抜け、二人はフロンティアへ。
このまま南下し、目指すのはソレイユ王国。ソレイユの離れ島にリフォル教の本拠地があると聞いている。この世界で拠点の存在はどうなっているのか。
もしかしたらATがそこに居るかもしれない。
「星占いって知ってる? ぼくの占いの精度は百パーセントなんだ」
「そうか。ではノアの居場所を占ってくれ」
「それは無理だなあ……占える対象は直接触れられる人じゃないと」
このセティアとやら、本当に世界を取り戻す気があるのか。
まさか創世主の片割れが、こんなにふざけた人物だとはイージアも思っていなかった。アテルの無心と、セティアの乱心。二つが融合したらどうなるのか……それだけは興味深かった。
セティアの最終的な目標は、『愚者の空』を元に戻し、アテルと融合することだという。彼女がアテルと融合することで本来の創世主『セティアナガテルトキルア』が誕生する。
セティアは目を眇めつつ、イージアに星屑の欠片を翳した。
「ふむ……イージア君の好きな人は……レーシャ? あの器の子か」
「……な、なんで分かった?」
「言ったでしょう? ぼくの占いは的中する。しかしレーシャかあ……アテルに囚われている以上、彼女に恋をするのは無謀じゃないか」
「いや、私が恋したレーシャは別の世界線の者。気にしないでくれ」
「もしもぼくがアテルと合流すれば、レーシャは解放してあげられるかもしれないよ。もしかしたらレーシャが消滅するかもしれないけど。アテルに心が生まれて……ああでも、ルミナみたいな悪意に満ちた心を持たなければだけど」
彼女が語った事実にイージアは少し感情を揺さぶられる。
だが、彼の愛したレーシャとは既に別れを済ませたのだ。今更そんな話をされても、何も返ってくるものはない。
「私の事情はどうでもいいんだ。……さて、神転して一気に目的地まで飛んで行きたいのだが……神々に察知される可能性もある。君の力で上手く隠蔽できたりしないか?」
「ああ、できるよ。ぼくも早く世界を元に戻したいし、長々と旅なんてしたくないからね。明確な目的地があるのなら、そこまで飛んで行こう」
「これから向かうのは、盤上世界ではリフォル教の本拠地があった島だ。この安息世界ではどうなっているのか知らないが、行ってみる価値はあると思う」
「そういえばこの事変は教皇が起こしたんだったね。なるほどほど、一理あるある」
彼女は自分とイージアに白銀の輝きを付与。疑似的な神除けの結界だ。
これで大規模に動いても、神々から察知される可能性はかなり減った。
「よし、行くぞ」
二人は飛翔し、名もなき島へと向かう。
~・~・~
彼らを迎え入れたのは、壮絶な光景だった。
イージアの視界には、島中に横たわる巨大な白い楕円状の球体が映っている。
糸のような線が表面に纏わり付き、ひそかに佇む。
「繭……か?」
「繭だね。これは盤上世界にはなかった?」
「ああ、恐らく……この島に来たことがないので分からないが、こんな巨大な繭があれば話題になっているはず。この安息世界特有の物体だと思う」
彼はどうしたら良いものかと考えあぐねる。
しかし、傍には奔放な少女。
「よし、中に入ってみよう!」
「ああ……やっぱりこうなるのか」
どちらにせよ、深く考えたところで突入する運びとなっていただろう。
彼は意を決して繭へと接近して行った。




