49. 奇襲攻撃
「ぼくは創世主アテルトキアの片割れ。名をセティナガル。創世主の真名は、『セティアナガテルトキルア』。元々ぼくとアテルは一つの存在として設計されていたのさ」
「?」
イージアは突如として謎の言語を羅列され、困惑する。
「セティ……なんだって?」
「セティアナガテルトキルア」
「待ってくれ。創世主の片割れだと? そんな存在は初めて知ったぞ」
「そう、向こうの盤上世界での創世主の名が『アテルトキア』。そして、『愚者の空』の向こう側に置き忘れていた名前が『セティナガル』。ぼくたちは本来、一つになって創世主として機能する予定だった。まあ、ぼくは正確に言えばアテルのスペアに近いんだけど……手違いで愚者の空に取り残されてしまってね。ずっと出ることができなかったんだ」
セティアナガテルトキルア……仰々しすぎる名前だ。壊世主もゼーレルミナスクスフィスと言う大層な名前だが、主は名前を長くしなければならない決まりでもあるのだろうか。
それにしても、創世主が二つに分かれたとはどういうことなのか。とにかくこの場が『愚者の空』の向こう側であることに間違いはないようだ。
呆けた顔をしているイージアに、彼女は順を追って説明を始める。
「まず、第三因果のイージア……君が『愚者の空』へ突入して、この世界へ来たのは間違いないね?」
「ああ」
「『愚者の空』は、創世主にも立ち入れない世界の歪だった。創世時、アテルトキアは『セティナガル』の名を置き忘れて、ぼくは閉じ込められてしまったのだけど……誰かがゲートを開けたみたいでね。『愚者の空』の内部にこんな世界が造られて、ぼくはさぞ驚いたよ。……あ、ぼくのことは親しみをこめてセティアと呼びたまえ」
未だに創世主の分裂という概念が分からず、腑に落ちないイージアだったが……とにかく彼女の話を聞き入れる。
正直彼女の呼び名などどうでも良いので、彼は現状を把握したかった。
「それで、セティア。『愚者の空』の向こう側になぜこんな場所が? 私の他に二名同行者がいたのだが、彼らを知らないか?」
「まず、他の二人は知らないよ。この世界のどこかに落ちてきたはず。そしてこの空間の正体についてだけど……ここは【安息世界】。君がいた盤上世界とは似て非なる地」
──安息世界。
イージアはセティアに説明の続きを促す。
「簡単に言えば、盤上世界のコピーだね。向こう側で生命が眠っていただろう? 彼らの魂はこの安息世界に幽閉されている。自分達が閉じ込められたことにも気が付かずに、ね」
ラウンアクロードの権能を応用し、世界中の魂をこちら側へ隔離したということ。
これがATの語っていた『世界を護る』ということなのか。
「私は世界を戻したい。どうすれば良い?」
「ぶっころ」
「は?」
「混沌の因果を伴う攻撃でぶっころせば、その魂は目覚めて盤上世界の肉体に回帰する。だからぼくも碧天を殺ろうとしてたんだよ。この『愚者の空』を元に戻し、こちらへ来た魂たちを盤上の世界へと返すために」
信じがたい話だが、セティアが嘘を吐く意味もない。もしかしたらATの手先という可能性も考えられるが……
「もはやこの世界は盤上ではない。ぼくはこの『愚者の空』から出てアテルとの融合を目標としている。ゲートが開いた今が好機なんだ。『愚者の空』を元に戻し、ぼくもここから出るつもりさ」
「なんとなく理解はできた。しかし、私は誰かを殺す気はない。この事変の根源であるATに世界を戻させる」
「それは構わないけど……君は神々から攻撃されることになるよ。君はこの安息世界を滅ぼそうとしている、つまりは災厄だ。神々は『ノアの魂鏡』という魔道具で認識を書き換えられていて、創世主の片割れであるぼくにも容赦なく攻撃してくる始末だ。ぼくも君も、君のお仲間も。みんな安息世界にとっての災厄なのさ」
そう、イージアはこの世界を滅ぼす存在なのだ。
安息世界の魂を盤上世界へと回帰させる……それはこの安息世界を滅ぼすことと同義。
「だとしても……私は根源のATを何とかする。まずはノアを探さねば」
セティアという存在が何を為したいのか、それ自体に興味はない。ただイージアは世界を取り戻すのみ。
「……そうだ、まずは楽園へ向かうか」
楽園へ戻れば、心強い仲間たちがいる。
神々は意識を書き換えられていると聞いたが、まさか問答無用で襲って来る訳でもないだろう。
イージアは神転して空を飛ぼうと思ったのだが……
「ちょ、ちょっと待った! 楽園は危険だよ! 君の敵である創造神がいる。遍く神族は敵だと思うんだ」
「そう言われてもな……俄かには信じがたい話だ。そもそも、私はアテルを信じていない。故にアテルの片割れである君の言葉も信じがたい。とりあえずの事情は聞かせてもらっているが、あまりに突飛な存在すぎるんだよ、君は」
「まあたしかに……アテルトキアには心がない、と言われている。あの子にあるのは創世主としての機能だけ、と言われている。誠に不本意ながら……そんなことはないと思うんだけど。このぼくこそが、アテルの心を担うはずだったんだけどね。あの子が模倣する人格も、ぼくの人格を模倣しているんだ。君がアテルに何をされたのかは知らないけど……うん、君の気持ちは分かるよ」
そう言われると、セティアの口調はどことなくアルスが幼少期に接したアテルと似ている。あれこそが模倣の人格だった訳で、信用を裏切られた根本でもあるのだ。
「だからぼくを信じられないのも分かる。でも、信じて。この安息世界の神々は完全に君の敵で、君は災厄なんだ。イージア君が本当に世界を取り戻したいのなら……自分の命は大切にすべきだ」
イージアの逡巡をセティアは黙して待った。
何かを信じなければ前へは進めない。信じた結果、全てを失うことがある。
純粋無垢なる心を失うと共に、彼は誰かを信じることが難しくなっていた。
だからこそ、差し伸べられた手を取ることの素晴らしさも知っているつもりだ。セティアが自分に差し伸べた手を振り切れるほど、彼は非情にはなりきれない。
「……分かった。しばし、我が運命を君に預けよう」
決意を新たに、彼はセティアへと歩み寄る。
彼女もまたイージアの信頼を得たことに安堵の笑みを浮かべ……
「ッ!?」
刹那、二人に衝撃が襲い掛かった。
迸る神気。盛り上がる大地、捻じ曲がる木々。
「おお……噂をすれば見つかったね。奇襲攻撃……地神のお出ましだッ!」
セティアは高らかに叫び、イージアの手を引いた。




