48. 片割れ──セティナガル
ルフィアレム、ミトロン家。
龍神から神託を授かったローヴルは、新たなる旅路を歩むべく支度を整えていた。他の三人も一旦は実家へと帰り、旅の準備を整えることとなった。
彼は大広間で剣を磨き、鞄に地図を放り込む。
「よし、これで大体準備はできたか。しかし邪悪の眷属がどこに居るのかは分からない。再び魔神を探すような、気の遠い旅が始まりそうだ……」
彼は再び仲間と歩めることを喜ぶような、先の見えない旅に辟易するような、複雑な表情を浮かべた。
そんな彼を陰から見つめる少女が一人。
流れるような空色の長髪。薔薇色の瞳。
彼女はミトロン家へ忍び込み、目的の人物を発見したようだ。常にローヴルを観察し続け、隙を窺う。
そして、彼が大きく伸びをした刹那。
「今……共鳴者を排除ッ!」
少女は魔術による槍を生成して飛び出した。
音もなく跳躍し、彼女の刃はローヴルの首へと──
「待てッ!」
突き刺さる直前、少女とローヴルの間に青い霧が舞う。
両者、咄嗟の判断だった。少女は青霧を飛び退いて回避し、ローヴルは地面の剣を拾い上げた。
青霧を放ったイージアは、何とかローヴルへの暗殺を防ぐことができて安堵する。気配を追って来たかと思えば、気配の主が英雄を暗殺する直前。それはもう肝を冷やしたものだ。
「め、『鳴帝』殿……!? そしてお前は……曲者か!」
ローヴルは少女へと剣先を突きつける。
彼女は露骨に嫌な顔をして、状況の悪化を把握した。
同時、ローヴルが感じたのは高揚。身体の底から湧き上がるような力を感じる。
まるで自分が神にでもなったかのような全能感。眼前の少女とイージアから感じ取る邪悪な気配。
「これは、まさか……!」
──邪悪の眷属。
龍神の語っていた敵が、眼前に居る。しかし『鳴帝』が敵とはどういうことなのか。
「……碧天よ。危ないところだったな」
「え、ええ……いや、ありがとうございます。鳴帝殿のおかげで助かりました」
しかし、イージアは敵対する素振りを見せない。ローヴルとしても鳴帝が敵だとは信じられなかった。
故に、今は邪悪の眷属と思われる少女に集中する。とにかく彼女は自分の命を狙ってきたので、敵と断じて間違いあるまい。
一方、少女はイージアの介入による状況の悪化を思考していた。
彼女は仮面の男を見つめ呟く。
「第三因果……想定外の介入……回帰は失敗。はあ……撤退かなあ、これは」
イージアは彼女の正体に気が付いていた。
こうして眼前で相対すれば否が応にも分かってしまう。混沌の因果、絶対的な支配の力。
「姿は変わっているが……私には分かるぞ。君はアテルだな?」
創世主アテルトキア。
かつての宿敵であり、彼の親のような存在でもある。強き愛憎入り混じった対象を、彼が見紛うはずもない。
「違うよ。ぼくとアテルは似た力を持っているけど……とにかく話は後。ぼくたちが争ってる場合じゃない」
少女はイージアに対して、今は話を聞いてくれと勧告しているのだ。彼女の言葉をイージアは正しく読み取り、言葉の意味を理解したが……
「悪いが、碧天に手出しはさせない。今すぐに退け」
意味を理解するのと、意味を了承するのは別。
イージアは境遇上、彼女を信じることは難しい。故にこの場は退いてもらう。
「……分かった」
少女は槍をしまい、屋敷の外へと飛び出して行った。
明確な敵意も、殺意も何も感じさせずに。
ローヴルは剣を下げ、イージアに向き直る。
「助かりました。アレが邪悪の眷属……たしかに、身体の底より力が沸いてきた」
「邪悪の眷属……?」
空色の髪の少女は離れたが、依然としてローヴルの魂は龍神との『共鳴』を感じさせる。
ローヴルの魂は明確にイージアを敵だと判断していた。しかし、彼はその事実を表出しない。まさか六花の将が敵な訳もなく、何かの手違いであろうと思っていたのだ。
「はい、世界を滅ぼす眷属だとか。龍神様に討滅を命じられ、力を授けられたのです。まさか向こうから俺の命を狙って来るとは……他の三人も危ないかもしれないな」
(龍神がアテルを倒すように命じた……? いや、そんなはずはない。何かの間違いか?)
そもそも神族が創世主に敵うはずもなく、アテルがローヴルの暗殺を試みた理由も分からない。
いずれにせよ、創世主自身に問い質してみる必要がありそうだ。アレは恐ろしい存在だが嘘は吐かない。
「そうだな……私も創造神に聞いてみよう。君も気を付けてくれ」
「はい。ありがとうございました」
ローヴルはまず、他の三英雄に連絡を取ることにした。
邪悪の眷属が彼らの命を狙いに来るかもしれない。
「鳴帝殿が敵というのは……何かの間違いだろう」
彼はそう吐き捨て、聖剣を鞘に納めた。
~・~・~
屋敷を出ると、露骨に混沌の力が撒かれていた。
おそらく少女が意図的にイージアを誘っているのだろう。彼は気配を再び追い、下水道を抜ける。
往路を戻り、先は見送った左側の通路へ。下水道を抜けて外へ出る。
木の葉が擦れる音と、微かな木漏れ日が彼を迎え入れた。
ルフィアレム郊外の森。幼少の砌はアリキソンと共に剣をここで振るったものだと、イージアは懐かしむ。
「ここに居たか」
空色の髪を靡かせて、少女が薔薇色の瞳をイージアに向けた。
創世主の気を放っているのに、見慣れたアテルの姿と違うのは違和感がある。曰く、彼女はアテルではないらしいが。
「やあ、こんにちは。君のことはノアから聞いているよ。第三因果の持ち主、イージア君」
溌剌と、されど思慮深い光を目に湛えて彼女は言った。
「ぼくは創世主アテルトキアの片割れ。名をセティナガル。創世主の真名は、『セティアナガテルトキルア』。元々ぼくとアテルは一つの存在として設計されていたのさ」




