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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
14章 安息回帰の譚
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43. 生きろ

「……」


 イージアはいつも通り目を覚ます。楽園南東の家で過ごし、長い時が経った。

 過去の影は仇敵の討滅と共に消え去り、時代を渡ってきた当初は儘ならなかった睡眠や食事も必要こそないが、通常程度に行えるまでに回復。


「静かだな」


 普段と変わらぬ寝覚めかと思いきや、数秒で彼は異変に気付く。

 いつもならば元気よく鳴く虫や鳥の声が聞こえない。また、周囲一帯に生命の動きや気配を感じない。


 カーテンを開けると、碧色の光が射し込んだ。青空ではない。時刻は朝、青空が広がっているはずだが……異常な色がどこまでも広がっていた。

 只事ではない。彼は剣と槍を持って外へ飛び出した。

 向かった先は創造神の神殿。大階段を上り詰め、扉を開け放つ。創造神が鎮座しているはずの玉座の間には──


「これは……」


 たしかに、そこに創造神は座していた。隣にはダイリードの姿もある。

 しかし彼らは動かない。まるで眠った様に創造神は玉座へ凭れ掛かり、ダイリードは地面に伏している。死んではいないようだが、声をかけても揺すっても目覚めない。


「何が起きている……?」


 突如として変わり果てた空の色、眠ってしまった者たち。

 彼は事態を把握できていないが、とにかく楽園を回ってみることにした。


 ~・~・~


 イージアは各々の家を回り、アリス、リグス、ウジン、ゼロ、サーラを発見。彼らもまた眠りに落ちていたので玉座の間へと集めておいた。

 続いて楽園の地下でナリアとフェルンネも発見。どうやら魔術耐性が高い彼女たちでも眠ってしまったようだ。創造神ですらも眠っていることから、魔術による強制睡眠ではないと推測。


 ならば、なぜイージアだけが眠っていないのか。

 そもそもこの怪異が起こっている範囲は楽園だけなのか。


「ここで悩んでいても仕方ない……か」


 彼は徐に立ち上がり、周囲で眠る仲間たちを見渡した。

 彼らは死んでいない。必ず目覚めさせる方法があるはずだ。これしきの事態で動転するほど、『鳴帝』は甘い道を歩んで来なかった。

 眠る面々に結界を付与し、外部の干渉から守らせる。そして出口へと歩み出した。


 神殿の出口に差し掛かったイージアは、扉の傍の席で眠る少女を目にした。

 どうやらレアも眠ってしまっているらしい。


「レアも神殿の中へと運ぶか」


 彼女を担ぎ上げ、イージアは神殿の内部へと戻る。

 その時、耳元から気だるげな声がした。


「んー……?」


「!?」


「……?」


 開かれた青緑の瞳と、イージアの瞳が交差した。


「んー!? な、なな、なぜ私は背負われてるんだ!?」


 レアはじたばたと足を動かし、イージアの背から離脱した。

 赤面しながら彼女はイージアに指を突き付け糾弾する。


「き、気でも狂ったか!? 誘拐か!?」


「違う。今、楽園で異変が起こっている。君が目覚めるとは思わなかったから運んでいただけで」


「そうか。それは少し残念……で、異変とは?」


 イージアは現在の状況を説明し、ついでにレアの寝覚めの悪さに苦言を呈した。


「なるほどね。前の世界線では私が起こす側だったのにどうして逆転してしまったのか……まあいいや。とりあえずレヴィーで世界の様子を確認しに行くべきかな?」


「そうだな。レヴィーを動かす権限は六花の将にしか渡されていないから、私が操縦を……」


 イージアの声を遮って、空力騒音……プロペラの音が響いた。

 色が変わってしまった空の果てから向かって来る、一機の戦闘機のようなもの。

 燈色の翼が楽園に舞い降りた。


 そして機体から降りて来たのは、見覚えのある少女と……


「ノア……ッ!?」


 彼は踏み出しかけた足を止め、咄嗟に飛び退く。

 救済の因果を持つ少女の後方には、見るも悍ましき災厄……ラウンアクロードの姿があったのだから。


 忘れる筈もない。たしかに殺した筈の仇敵が、ノアと共に現れた。

 彼の思考はますます混乱するが、為すべきはたった一つ。


「『穿魔の鬼』」


 ソレを殺すのみ。

 イージアは槍を構え、目にも止まらぬ速さでラウンアクロードへ迫った。神気を纏わせた一閃がラウンアクロードを刺し貫き……


「……なぜ抵抗しない」


 胸を貫く寸前で、イージアは手を止めた。

 一切の悪意なく、殺意なく。その人型は彼の槍を受け止めようとしたからだ。


「……僕の名はラウア。君が憎む相手で、殺されるのも仕方が無いと思っている。でも……一つ、お願いがある。世界を救うために話を聞いて欲しいんだ」


 滔々と、流暢にラウアと名乗った少年は言語を発した。

 ラウンアクロードが話していたような機械的な言語ではない。

 ──まるで心があるかのように。


「イージアさんは驚かれたと思います。私が説明しましょう。一旦は憎悪を収めて……私の話を聞いて下さい」


 ノアは諭すようにイージアへと語り掛けた。

 未だに激情の冷めやらぬ彼。しかし背後にはレアが居ることも思い出し、冷静さを取り戻そうと精神を統一した。


「……分かった。話を聞かせてくれ」


 ~・~・~


 それからイージアとレアは世界に起こっている事態を聞いた。

 ラウンアクロードの力をATが取り込み、世界を眠らせたこと。目の前に居る少年はラウンアクロードではなく、無力な元器に過ぎないということ。


 実に合理的な説明だった。ノアは理路整然と、事実のみを語った。

 ATの目的も彼女が語る通りなのだろう。


「おそらくレアさんが眠っていない理由は、壊世主から加護を受けているからでしょうね。今回の騒動には壊世主が絡んでいますから」


「……なるほどね。ルミナならば私を愉悦のために生かしておきそうなものだ。私はノアちゃんの説明を聞いて納得したよ。しかし……私が納得しても、彼が納得するかどうか」


 レアは諦めるように首を振った。

 視線の先にはイージア。彼は俯いて何かを考え込んでいるようだった。いや、感情を抑えているのだろうか。

 レアはそんな彼を慮るように話を続ける。


「ラウア君と言ったかな。君に罪がないのは分かった。望まぬべくして災厄の御子となった私にも、君の心は理解できる。しかしだね、絶対に分かり合えない者は存在する」


「……分かっている。僕は全てを受け入れるつもりだ。イージアさんが僕を殺すのなら、それで構わない。でも僕は思うんだ。殺されるだけで、ラウンアクロードが犯した罪を僕は背負えるのかと。僕が災厄の器だったことは事実で、誰かが僕に罪はないと言おうとも……責任は取るつもりだ。眠りに落ちた世界を救うこと……それが僕の贖罪なのではないかとも思う」


 ラウアの脳裏にはATの姿が常に過っていた。

 自分が彼の真意に気付ければ、こうしてラウンアクロードの力を取り込まれることもなかったのではないか。どう足掻いても、ラウアの中では自分に罪がないという擁護は詭弁になってしまう。

 彼の言を聞き、初めてイージアが口を開く。


「私は君を殺したい」


「……」


 純粋な殺意。率直な心。

 イージアの本心。


「しかし、ここで殺せば……私もラウンアクロードと同じ殺戮者になってしまう。だから殺せない。ラウア……君が人間として過ごしてきたのなら、君を大切に想う人が居るはずなんだ」


 ラウアは今までの生を思い出す。

 最初のATとの邂逅、自我の芽生え。それから関わり合った人々。

 決して軽んじて良い絆ではない。きっとラウアが死ねば、友たちは悲しむのだろう。


「でも、僕はそれ以上に人を殺した……」


「とある災厄があった。彼もまた、邪剣に心を蝕まれて世界を滅ぼしかけたそうだ。しかし私は知っている。彼が心優しい者だということを」


 【邪剣の魔人】エンド。晴天の試練で知り合った彼も、ラウアと似通った境遇だ。

 鳴帝は愛に報いる救済者。その性質があるからこそ、イージアは容易に心ある者を殺せない。


「私はもう、誰からも大切な人を奪いたくない。あんな悲しみは、誰にも味わって欲しくないんだ。君が憎くて、憎くて堪らない……。だが、私はラウンアクロードとは違う。だからラウア、君も災厄とは違うことを証明してくれ。幸せに未来を生きることで」


「僕、は……」


 それはレアにとっても、ノアにとっても、ラウアにとっても思い描いていない返答だった。

 イージアの憎悪を知る三人だからこそ、ラウアはここで彼に殺されると思っていた。

 しかし英雄の意志は固い。


「そのためには、世界を取り戻す必要がある。だからATを止めるし、君は殺さない。ただし、私は極力君とは関わりたくない。必要事項以外は話しかけるな」


「……うん。ありがとう」


 ラウアは深く頷き、イージアに頭を下げた。

 いつしか彼の瞳からは涙が流れていた。

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