29. ☨『破滅の型』☨
最初は、諦めてくれると思っていた。
すぐに投げ出して……元の生活に戻ってくれれば良いのにと。
だが龍神の言った通り、奴は諦めないのだ。
「今日もお願いします!」
やめてくれ。
「フッ……今日も我に挑むか!」
逃げてくれ。
「また駄目でしたが……少し、見切れるようになってきました。最近はこの訓練ばかりしてます」
分からない。
「ふむ、この島は地上でも屈指の強さを誇る魔物どもが跋扈する地。様々な技術が磨けるだろう? ここを選んだ甲斐があったな!」
どうしてそこまで求める?
「ええ、最初は神能を以ってしても苦戦しましたが……今では適正な相手というか、慣れてきました。それでは今日も行ってきます」
アルスの魂に神族のものが混じっているという事は予め龍神から聞いていた。だが、精神面では人も神も魔族も大差無い。ただ寿命が有るか無いかで、恐怖する対象が異なるだけだ。
だが、奴の意思はどこまでも強かった。
諦めさせる為に、かなり強力な魔物が生息するこの龍島……俺の生まれ故郷に連れてきた。
……しかし奴は異常なまでの執念によって適応した。神能を持っているとはいえ、アルスの技術は中流の剣士並で、特別な戦闘の才能がある訳でもない。
強くある事が使命だからと、奴は言った。
俺は、使命なんて棄てて自由に生きろと……本当はそう言ってやりたい。
「……どうすれば良い?」
俺は怖い。
何故、あれほど強さに執着する?
どれだけ強くなろうが、晴天の試練は超えられない。
……分かっているのだ。
努力を積み重ねれば積み重ねるほど、時間を掛けて絆を紡ぐほど、喪うモノは大きくなる。
「滅びるのは、俺だけでいい」
俺が魔族として目覚め、生き方を知ったこの島。この地の過酷さは俺が一番知っている。
だからこそ、アルスは日常に戻りたいと……そう言ってくれると信じていた。俺が同じ状況にあったら、きっと耐えられない。
「……俺は、どうすれば良いんだよ。教えてくれ……セェノムクァル」
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師匠から修行が始まって一年半が経ったと言われた。自分の体感ではまだ半年くらいだったのだが……
水面に映る自分を見つめる。
……少し、成長したかな?
完全に神族として成り変われば肉体の成長は止まるらしい。
「ずっと子供っていうのも嫌だけどなぁ……」
できれば成長が止まるのはいい感じの時期にして欲しい。まあ、その辺はどうとでもなるだろう……多分。
僕は気を取り直し、日課の素振りを再開する。
最近練習しているのは師匠に習った型である。師匠曰く、『破滅の型』。
……恥ずかしい。いや、有用な戦法ではあるのだが、なまじ師匠が考案した型だけに技名が中二臭い。
どこに破滅の要素があるのか全く分からないし、名乗るのも気乗りしない。
まあ……一応、この型のおかげで可能性は拓けた。習った技の数々は僕の未完成の技術を完成に近づけてくれるだろう。
この島ももう慣れたものだ。
地形は殆ど把握し、人に関する文明は存在しないことが分かった。
唯一探索していない所といえばセムノーが居る洞窟の奥くらいか。流石にセムノーとの連戦は辛く、そこまで深奥には潜り込めていない。
そうしてすっかり魔物の生態系は把握したつもりだったのだが、僕の知らない脅威が眼前に現れた。
「グォオオオオオッ!」
「これはまた、ヤバいのが出たな」
エンカウントしたのは、竜種。
竜種は魔物ではなく、種として確立された生物だ。
極めて強力で、火竜や水竜などの下位種、邪竜や聖竜などの上位種から成る生態系の頂点だが……どうも目前の竜は特殊なものらしい。
翼は無く、巨大な一本角を持っている。この島固有の種だろうか。
「逃げてばかりじゃいられない、挑ませてもらおうか!」
「ゴォオオオオッ!」
咆哮が地を揺るがす。それと同時に、圧倒的な強者へ立ち向かうという感覚に僕も身震いする。でも、これは武者震いだ。
静かな森に騒乱が巻き起こった。
「氷扇!」
幾重にも氷が連なり、竜の体躯を貫かんとする。
しかし、硬質な鱗に弾かれ刃は届かない。
巨大な竜尾が地を薙ぐ。同時、火炎の息が放たれた。
「飛雪の構え!」
破滅の型の一つ、飛雪の構え。
物理に作用する【彗星の型】、魔力に作用する【飛雪の型】。この二つから破滅の型は形成される。
魔術を使う際に、その魔術の名前を呼ぶ事で魔力の流れを認識するのと同じように、これも技名を叫んだ方が効果が上がるらしい。少し恥ずかしいが、仕方ないか。
「くっ……!」
特殊攻撃を受け流す『飛雪の構え』でブレスを往なし、次の動きを警戒する。
「ゴォッ!」
竜は前方へ突進。
即座に左側へ回り込み、斬る、斬る、斬る。
だが、鱗に弾かれる。やはり隙を見つけて最大火力を叩き込むしかない。狙うは鱗の無い首元。
再度竜がブレスを放とうと尾を振り、口内に火炎を溜め始める。
好機。一度見た技ならば見切り易い。
僕が修行期間で最も学んだことは見切りの技術。
魔力の流れ、殺意の向き、呼吸。相手のあらゆる気が僕へ集中する中で、自分の気を一定に保ち続けること。
周囲を支配するあらゆる流れを完全に捉える……!
「そこだ!」
想定の軌道と寸分違わぬ竜尾の先が見える。
ブレスの直後、隙。
竜の胸元に潜り込む。
「彗星の撃……『覇王閃』!」
持ち得る最強の一撃を。
破滅の型の奥義、『覇王閃』……ありったけの均衡魔力を込め、一閃する。
本来ならば相手の弱点属性を突かなければ効率の悪い技らしいが、僕は神能『四葉』によって四属性を操れる。
つまり、相手の弱点が分からなくも、無茶をして四属性を付与すれば良い。
「グァ……」
竜が声にならない痛みに悶える。蹌踉めき、巨大な体躯を地に打ちつけた。
「はぁ……はぁ……どうだ?」
土煙の中で目を凝らす。そこには僅かに息のある竜の姿があった。
早めに終わらせよう。
「はぁっ!」
竜の息の根を止める。
魔物とは違い、肉体からは鮮血が溢れ出る。
「この島にも生命があったんだな」
この島には僕と師匠以外、虫や小鳥、植物以外の命はないものだと思っていた。ほぼ全ての環境は魔物が支配していたから。
やはり、竜のような強力な力を持つ生命体しか生き残れないのだろうか。
「先へ進もうか」
竜を土魔術で土葬した後、今日も島の深部に突き進むのだった。
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これまで立ち入る事の無かった洞窟の深部へ進んで行く。
巨大なセムノーを回避し、さらにさらに奥へ。次第に魔物の影は見えなくなり……一匹も見えなくなった。
「……眩しいな」
角を曲がり視界が開けたかと思うと、聞こえてきたのは大きな水音。淡く光る水晶が壁一面に散りばめられ、滝がずっと高いところから落ちている。
窮屈な洞窟に捻じ込められた広大な空間。そこでは悪寒を感じるような、安らぎを感じるような……相反する不思議な感覚を覚えた。
引き寄せられるままに、先を目指す。
滝の天辺から僅かに光が差し込んでいる。この大空間が洞窟の終着点なのだろうか。
巨大な瀑布のすぐ側に辿り着く。
見上げると、頂の見えないほどに高く、眩い光が視界一杯に広がる。
そしてどこまでも落ちて行く水の先には、
「な……何だ、あれ……!」
骨。
それはまるで水中に沈む白亜の城であった。竜の骨……それも凄まじい大きさだ。
こんな巨大な竜が存在するのか?
「ッ……!」
突如、意識に閃光が走る。
身体中が震え、意識が空白に呑まれていくような……少し苦しく、少し暖かい衝動。
僕はその衝動に呑まれなければならない……そんな何かに駆り立てられ、意識を沈めていった。
・・・・・・・・・・
『君は……?』
「ええっと……分からない。気がついたらここに居て、滝に足を踏み外したのだ」
『ははは……客人とは久方ぶりだな。こうして、理性の中で話すのもまた……』
「俺は、誰なのだろう?」
『魔族として目覚めたのかな? まあ、後々分かるさ』
「お前はこの水の中でずっと眠っているのか?」
『ああ、一千年と少し。ちょっと暴れちゃってね……本体は死んだけど、魂の残滓がここで縛られてるんだ。ずっと……真っ白な骨になってここで眠っているのさ』
「お前のナマエ……そうだ、名前を聞きたい」
『おや、生まれたばかりの魔族が名前の概念を知っているんだね。人間の話でも聞いたのかな?』
『僕は……そうだね、こう呼ばれていた。セェノムクァル……智龍、或いは滅龍と』
・・・・・・・・・・
「──む」
白き追憶の中から意識を引き摺り出す。
深く、永い夢を見ていた気がする。
飛瀑の真下に沈む龍骨を見ると、ふわふわとした感覚が僕を支配する。
「滅龍セェノムクァル……」
その災厄の名を反芻する。
夢だか幻だか分からない意識の中で、この骨はたしかにそう名乗っていた。魔族視点だったので、魔族の姿は確認出来なかったが……
滅龍とは、今から二千年前近くに現れた第九の災厄だとアテルから聞いている。
目の前にあるのは遺骨で、とても封印されているようには見えない。神気や邪気も全く感じられないし。
「……っと、そろそろ戻るか」
まだ目の前にあるソレについて考えていたいところだが、師匠に稽古をつけてもらわなければならない。
最近は数手は避けれる程度にはなってきたし、多少の進化は遂げているはず。……もっとも、攻撃は当てられないが。
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「はっ!」
「ふん!」
今のは捉えたと思ったが、一撃を浴びせるにはまだ遠い、か。
だが、まだだ。可能性は見える。この身の内で研ぎ澄ませている青の刃が光れば……
「フ、まだまだ甘い……我が破滅の型を極めておらんな!」
「はい。ただ、もう訓練の相手が魔物では不足かと……」
この島は隅々まで探索したつもりだ。マッピングもして全容を把握した。その上で、勝てなさそうなのは巨大なセムノーぐらいになってきた。
「……あの龍骨が動けば話は別だけど」
滅龍の骨があることから推測したが、恐らくこの島は龍海に位置する。アントス大陸の西部にある魔力濃度が極めて高い危険な海だそうだ。
「……そうか。奴──」
……? 師匠が何か呟いた気がする。
「ふむ、そうだな。では明日からがこの我が直々に覚醒へと導いてやろう! 明日からは回数制限を撤廃する!」
「え、本当ですか!?」
とにかくこういう訳で……僕は師匠から本格的に訓練してもらうことになった。




