表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
14章 安息回帰の譚
319/581

41. T

 とん、とん、とん。

 たん、たんと。


 白き瞳孔の前で、黒と白のピースが動き続ける。

 白いピースが黒いピースをテイクした。かと思うと、そのピースは隣のピースにテイクされる。


 とんとんとん。

 たんたん、たん……


 ATはひたすらにその光景を眺めていた。

 こうして戦いが続く限り、終わりは必ずやって来る。混沌と秩序が相克する盤上世界に、救いは存在しない。いずれは必ず、災厄の手に落ちて滅んでしまう。或いは災厄を乗り越えども、内側から厄滅が来たる。


 永遠の輪廻。世界は同じ時を刻み続ける。

 ある時は共鳴者が秩序へと堕ち、ある時は創世主が討たれ、またある時は壊世主が討たれ。それでもなお、永劫の輪廻は止まらない。何度世界が滅びようが、未来を歩もうが──否応なく時は円環の内側で巡り続ける。


 なればATが取る一手は。動かすべき駒は。

 見つめるべき盤面は。


「…………」


 彼は瞑目し、今は遠き記憶を思い出した。


 ~・~・~


 誰かを幸せにしたい。

 助けたい、救いたい。


 それが彼……Tの願いだった。

 叶いもしない大願に思いを馳せ、愚鈍に地上を奔走した哀れな男。


「重い物は二人で持ちなさい。パンの欠片も分け与えなさい。誰かの髪に付いた泥を拭いてあげなさい。光がないのならば手を繋ぎなさい。背中を預け合って眠りなさい。誰よりも、何よりも──人の心を忘れてはなりません」


 人の心を忘れてはならない。

 たとえ苦悶の果てに血を流すことがあっても、尊い犠牲が生まれたとしても。

 感情を、思いやりを忘れるな。


 ひたすらに、ひたすらに。

 哀れな白き駒は奔走し続けた。彼は彼の信念がために、彼の心がために。

 迫る暗愁打ち払い、弱き者らへ手を差し伸べ。


 哀れな白き駒は……


「……『愚者の空』。僕がついぞ訪れるはずのなかった領域」


「どうして……あなたがここに居るのですか」


 ノアは信じられないモノを見るような目で彼を見とがめた。

 二百年以上前、Tは『愚者の空』とノアに関する記憶を消去され、地上へと旅立った筈だった。叶わぬ理想を吐き捨てて。


「全てを思い出してしまったんだ。だからここに来た」


「……私の記憶処理が不完全でしたか? そもそも、なぜ人間のTが二百年の時を生きて……」


「いや、違うんだ。たしかに君のことも、この空間のことも思い出したんだ。それだけ思い出したなら、まだ良かったのに」


 ノアは漫然と佇むTを見据える。

 以前とはずっと違う、不気味な雰囲気を湛えている。しかし依然として彼の詳細は完全に不明。


 ──怒り。いや、悲しみ。

 彼の目には、煩悶とした感情が見える。Tの心に射し込む、昏い影。


「私……いや、僕は全てを思い出した。どうして僕がここで目覚めたのかも、どうして僕が記憶を失っていたのかも、全てを思い出してしまった」


「それは……何を思いだしたのかを私に話してくれますか?」


 彼は首を横に振る。


「……思い出したくなかった。こんなことなら、何も思い出さなければ良かったのに。馬鹿なまま死んでしまえたら良かったのに。真実を知るということは、この世で最も残酷な罰だ」


 彼は全てを知ってしまった。

 混沌の創世主の存在、秩序の壊世主の存在。そして彼らの生きる世界が二者の盤上遊戯であり、救いはないことを。

 盤上世界(アテルトキア)に生きる命は、ただ遊戯のために消費され、必滅を迎える。

 彼は残酷な真実を知り、そして──


「僕は世界を護る。それだけを告げに来たんだ」


「あなたが何者かは知りません。でも……その心が変わっていないのなら良かったです」


「ああ、そうだ。僕は護る。だからノア……【ノアの魂鏡】を僕に渡してほしい」


 ノアの魂鏡。

 完結に言えば、魂を閉じ込める道具。魂の記憶を自由自在に操る、洗脳道具に近い装置。

 しかし、唯一操作できない記憶があるとすれば……それは魂が絶対に忘れてはならないと刻んだ記憶のみ。

 Tは何のために魂鏡を欲しているのか。


「……できません」


「それなら、君の調停者の力を貸すことは?」


「不可能です」


「──そうか。それなら諦めるしかないね。でも、今の答えで分かったよ。君と僕は相反する。いずれ必ず相克してしまう」


「分かりません……私には、あなたが何を言っているのか分からない」


 Tは長らく忘れていた微笑を浮かべ、ノアに背を向ける。

 彼が記憶を取り戻す原因となった事象は、己のXugeとの融合。自らの存在が消えかける度に己の残滓を別の世界線に遺し、魂を『愚者の空』へ送る。この行程を繰り返すことにより、ATは何度も世界の破滅を防ごうと輪廻してきた。いつしか本来の人格も力も漂白して、彼は必滅に抗い続けていたのだった。


「……これより、我が名は『AT』とする。僕と君、どちらが真の救済を齎すか……世界に問い質すとしよう」


 これが全ての始まりだった。

 そして、終わりを知らせる瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ