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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
14章 安息回帰の譚
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40. Noah's original sin

 ここは『愚者の空』。

 盤上世界(アテルトキア)が創世された瞬間に生じた、因果の狭間。どこまでも虚無の空間が広がり、何も存在しない。


「…………」


 私の名前は何だったか。

 そう、たしか新世界創世プログラムが始まってからは……


「ノア」


 それが私の名前だ。

 名前なんて意味を成さない。どうでもいい。

 私はひたすらに此処で世界の調停を続けるのみ。


「ノア」


 再度、我が名を反芻する。

 ノア。それは超常存在ルアより授かった名前。この盤上世界(アテルトキア)が創造される際に、私は使命を得た。ファイアウォールだ。外部からの干渉を防ぎ、世界のゲームを遂行させる。

 無論、壊世主が異世界から呼ぶ災厄はゲームの駒の一つなので例外として。異世界からの転生者とか、他の創世主の干渉を退ける役割を持っている。


 あとは不正の監視だ。混沌と秩序のプレイヤー……平たく言えば創世主と壊世主がルールを破らないかを監視している調停者。

 創世主アテルトキアは厳然とした性格なので問題は無いが、壊世主ゼーレルミナスクスフィスは怪しい。注視する必要があるだろう。


 そんなこんなで、世界は巡る。

 既に創世より二千年が経過していた。


 ~・~・~


「……おや」


 彼方から射す光へと、延々と歩いていた。果てはない。

 終わりなき空間に、横たわる人間の姿があった。白い髪の少年だ。どうやってこの空間に入り込んだのだろう。

 まあいいか。さっさと地上へ送り返そう。

 目の前の男の魂を分析。個人情報を引き出そうとしたのだが、


「……該当なし」


 ──つまり、この世界の人間ではない?

 でも、唯一分かっている出身地にはアテルトキアと記録されている。魂の情報が世界に刻まれていない、この世界の出身者。

 そんな人物は過去にも未来にも創世主と壊世主、そして私くらいなものだが。


「う……ここは……?」


 彼が目を覚ました。困った、どうしようか。

 こういう時はどうすべきか分からない。マニュアルがあれば良いんだけど……


「こんにちは。私はノア。とりあえずお名前と、出身地を聞いてもよろしいでしょうか」


 突然の問いかけに、彼は目を丸くした。

 思考がショートして、冷静さを取り戻すのに数秒を要したようだ。彼は首を傾げて口を開く。


「……分からない。何も分からない」


「なるほど、記憶喪失でしょうか。或いは存在し得ない存在が確立されてしまったか。データの齟齬を見るに、後者の可能性が高そうですが」


 本来存在しないはずの生命を生み出してしまうことは……ごく稀にある。このアテルトキアでは、一度も観測されたことのない現象なのだが。

 こういう場合は指示がないので仕方ない。世界に放流しても問題はないと思う。彼の潜在能力は通常の人間と遜色ないから。記憶処置を施して、私と『愚者の空』に関する情報は消す必要がある。


「とりあえず、仮にあなたの名前を(ティー)としましょうか。本当に何も思い出せないのですね?」


 彼はコクリと頷いた。


「ここは、どこなんだ?」


「ここは僻地ですよ。何もない場所です。正直、他の者がこんな場所に居ること自体かなり珍しいのですが……私はあなたの処遇に困っています」


「僕は迷惑をかけたくない。君……ノアの迷惑になりたくない」


 おかしな人間だ。

 しかし、私もまた困っている人間を見捨てるわけにはいかなかったのだ。誰かを救うことこそが、私の生き方なのだから。


 ~・~・~


「ノア。僕は地上に降りたら……人を助けたい」


 ある日。私はTが地上へ降りる為の準備を進めていた。

 適度な常識と、金銭と、能力。何も記憶がない彼にあらゆる知識を叩き込み、私は彼をこの空間から逃そうとしていた。

 そんな折に彼は言い放った。


「……いい夢ですね」


 人を救うことはとかく難しい。

 私ですら成し得なかった大願。彼は背負えるだろうか。


「うん。僕が特別な存在じゃなくても、何も持っていなくても……君が僕を助けてくれたように。僕は誰かを助けたいな」


 やはり親切心とは毒なのだろう。

 他者を感化させて、同じ道を強制してしまう。優しき心に導かれた者は、誰かを優しき心によって導こうとしてしまうのだ。


「具体的な目標もあるのさ。人を助ける団体を作るんだ。お互いがお互いを助け合えば、世界は平和になる。そしてその輪を広げれば、世界平和が実現する」


「ふふ……素敵です。がんばってくださいね」


 無理だ。不可能だ。

 私は真実を宣告することができなかった。これもまた、私の罪業なのだろうか。


 かくして私は彼を世界へと送り出した。

 記憶処置を施し、私の存在と『愚者の空』の記憶を消去して。



 これが私の過ちだ。

 彼を……A……Tを、世に解き放ってはいけなかった。

 絶対の正義を持ち、世界の守護者へと成り果てた彼は……救済に反旗を翻した。

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