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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
13章 ラストミッション
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39. フェージング

 イージアは独り地へと降り立ち、雲一つない空を見上げた。

 ラウンアクロードの残滓を踏み躙る。邪気を吸い込みながら、ただ黙して佇む。


 風がローブをはためかせた。ほのかに林檎の匂いが漂う。

 仮面の奥底から温かい水が流れ出し、彼の頬を伝った。


「…………」



 過去は戻らない。

 復讐は果たされた。しかし、彼を想った人は二度と帰らない。

 それでも。今、彼を想ってくれる人がいる。


 ──虚脱。

 彼の内側から執念が霧散し、人型の器だけが残った。

 わずかに残る愛と絆を抱きしめて……彼はその場へ膝を付く。


「──」



 声にならない嗚咽が、とめどなく溢れ出した。

 仮面を外す。自らのローブを握り締めて、自らの成れの果てを凝視した。


 人間性の欠落。感情の喪失。愛の拒絶。

 あらゆる自分の変貌を乗り越えて、彼は再び立ち上がり、仇敵を討った。以前のように無邪気に人間として過ごすことはもはやできまい。

 此処に座するは、一柱の神。そして英雄。


 これから先も、過去の面影が離れることはないだろう。

 それでも前を向かなくてはならない。


 だから彼は、ついぞ伝えられなかった言葉を。

 愛する者との別れ際、現実が直視できずに『行ってきます』と嘯いた言葉を。

 帰還の約束を交わしてしまった罪過を。今、浄化しようとした。


 真実を見据えて、もはや彼女に伝えることのできない言葉を。


「……さようなら、レーシャ」


 ~・~・~


「ここに居たのか……イージア」


 イージアの背後から声が掛かった。


「……レア」


 始祖レイアカーツは少し煤けた服を着てやって来た。

 戦闘があったのだろう。


「すまない。教皇に邪魔をされて結界を維持できなかった。ATは蜃気楼のように突如として消えて、気付けばラウンアクロードは討たれていた。ただし……多くの被害が出てしまったみたいだ」


「…………」


 彼は答えずに俯いていた。


「まさか君がリンヴァルス神として力を宿すとはね。君が創世主から私を守ってくれなければ、過去に渡って私が国を築くこともなかった。だからこそリンヴ=アルス帝国と名付けたのだが……それが良い方向に転んだ、と考えてもいいのかな」


「…………」


 彼は放心状態で、レアの言葉もまともに耳へ届いていない。

 何もかも彼の心に届かない。


「……疲れたんだね。今は休むといいよ。君はあまりに重いものを背負いすぎた。おやすみなさい……」


 イージアは心が灰色へと色褪せていく中、意識を手放した。


 ~・~・~


 レアがイージアを抱えて宮殿へと戻った後。

 未だにラウンアクロードの残滓が渦巻く高台にて。


「ラウア……」


 ATは亡き少年の名を呟く。

 彼は暫しの間、昏い感情を瞳に宿していた。しかし悲哀を振り切り、自らの目的を思い出す。


 ATは両手を広げて、周囲に渦巻く邪気を全てその身に宿す。

 あますことなく全て。災厄の僅かな力を取り込んだに過ぎないATだが、それだけで目的は果たされた。

 そして振り返ることなく場を去った。


 ~・~・~


 同刻。

 ラウンアクロードとイージアの戦いが行われた海上を見下ろす者が一人。

 オッドアイの少女は、何かを探すように視界を動かしていた。


「……!」


 彼女は何かに気付いたかのように、急速に海中へと潜って行く。

 彼女の視線の先には、深海へと沈みゆく男の姿があった。男の姿はたしかにラウンアクロードの核となっていた人型のもの。

 少女は人型の腕を掴み、泡のように消え去った。

13章完結

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