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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
2章 アルス・ロンド
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28. ルカ

 一年前のこと。


「……我にまた、弟子を育てろと?」


 神域、龍神の神殿。

 そこに一人の男が招かれていた。


「ある程度まで……人が到達可能な領域にまで育てるのは構わん。だが……神転が可能となるまで育てることはできぬ」


『今回は我々神族にとっても未来を揺るがしかねない事項だ。どうか、意を汲んでくれ』


 龍神は重苦しく口を開いた。

 はあ、と男は溜息をつく。

 彼の表情は暗く、気が進まないようだった。


 龍神は続ける。


「あの子の意思は、固い。決して折れたりしないだろう」


 どこか物憂げに空を眺める龍神。遥か遠くに居る者を思うように。


「私からもお願いします。ルカさんしか任せられる方は居ません。彼らを思い出してしまうのは分かりますが、どうか……」


 天から小鳥が舞い降りる。

 美しい白き羽は、陽の光を受けて煌めく。


「天神までも言うか。……しかし、どうあっても晴天の試練を超えられる者など存在するとは思えんな」


 暫しの沈黙が彼らの間に流れる。

 その息苦しさに耐えかねたかの様に、男は告げる。


「はぁ……分かった、引き受けよう。ただし、一度でも音を上げたらそこで終わりだ」


『感謝する。汝に龍神の祝福を』


「祝福なんぞいいから……その者の名は?」


『アルス……アルス・ホワイトだ』




 神殿を出て、その者の名を男は咀嚼する。


「やはり、気が進まんな」


 静かな神域に彼の声が響く。

 男はそれから、晴天を見上げた。


「……また、未来ある者が消えるのか」


              ----------


 ずっと昔のことだ。

 それは、本当に偶然の出来事だった。


 二人のニンゲンの子供を見つけた。男女一人ずつ、まだ幼く、四・五歳くらいだろうか。


「やだよぉ……」

「姉ちゃん……」


 錆び付いた鉄の匂い。辺り一面にはニンゲンの死体がいくつも転がっている。行商の一行だったのだろう。

 彼らを襲い、殺戮の限りを尽くしたと思われる巨獣の魔物が一体。あと一歩というところまで、二人は追い詰められていた。


 魔物が大口を開ける。

 腰を抜かして動けない女の子を、男の子が助けようとして手を引く。

 ──だが、間に合わない。


「──ッ!」


 咄嗟に目を瞑る二人。

 気づけば、俺の身体は動いていた。

 今にして思えば、正しい選択だったのかは俺には分からない。


 断末魔を上げたのは魔物の方だった。

 一瞬にしてその四肢は吹き飛ばされ、急所が抉られていた。身体中から邪気を吹き出し、魔物は消滅していく。


「え……?」

「何が……」


 事態を把握出来ていない二人に、俺は歩み寄る。

 ……怖がられないだろうか。


「ぶ、無事か?」


 これが俺の二人の子供……オハーツとフィリとの出会いだった。


              ・・・・・・・・・・


「ルカ! 見て、このきれいな石!」


 少し成長した子供……女の方が話しかけてくる。


「うむ、これには何かが秘められている予感がするぞ……流石の感だな、フィリ!」


 中々困ったものだった。

 ふらふらと世界を放浪する俺にとって、子供と長い間関わった経験など一度もない。託児所に預けようと思ったのだが、俺から離れたくないと駄々をこねられてしまったのだ。

 それからというもの、俺はアントス大陸の街でこいつらと暮らしているのだが……


「ルカルカ、何あれ!」


 今度は男の方が袖を引っ張ってくる。

 指した方角は正門、兵士が魔物の討伐から凱旋したようだった。


「オハーツよ、あれは兵士が魔物を倒して帰ってきたのだ。ガイセンというのだぞ」


「す、すげー! 俺もガイセンしたい!」


「その為には強くならなければな。兵士とは秘められし力を解き放ちし者なのだ」


 キラキラと目を輝かせて兵士達を見るオハーツ。やはりニンゲンというものは強者に憧れるものなのだろうか。

 ……俺は魔族だからよく分からない。


 この子達の将来は自身で決めさせるべきだ。育てると決めたからには面倒は見るが、未来を選ぶのは意思に委ねる。他人の人生を決める権利など俺には無いのだから。


              ・・・・・・・・・・


「なあルカ、俺兵士になりたい!」


 これはまた唐突に言い始めたものだ。この前までは魔導技師とか言ってたが。


「う、うむ。まあ構わんが……士官学校にでも通うか? 金なら出すが」


「いや、そうじゃなくて! 俺、ルカみたいに強くなりたい!」


 ふむ、俺くらい強くなるということは『始祖』を除いて世界最強の人物と言っても過言では無いのだが……これでも八百年は生きてきた魔族だからな。

 まあ、それはともかく。


「それは、我に戦闘を教えて欲しいと?」


「ああ、お願い!」


「……厳しいぞ?」


「大丈夫!」


 まあ、そこまで強くする必要はない。

 それなりの修行をつけてやれば兵士となるには十分だろう。

 厳しいと脅したが、加減をしながら少しずつ伸ばしていくつもりだ。他人に教えたことも何度かあるからな。


「ふ、良いだろう! さあ覚醒するぞ、まずは腕立て十回!」


 俺にしては随分と緩い訓練だと、口元が緩んでしまった。やはり歳を取ると甘くなるのか?


「はいっ!」


 そう元気に返事して、オハーツは腕を床に押して懸命に腕立てを始めた。


              ・・・・・・・・・・


 時の流れとは早いものだ。特に人間はあっという間に見た目が変わってしまう。

 二人は十五歳になった。今ではもう立派な大人である。


「二人とも、十分に成長したな。強くなったものだ」


 あれからオハーツだけでなく、フィリまでもが魔術を学び始めて強くなっていった。彼らの力はもはや人の領域であれば右に出る者は居ない程だ。

 武のオハーツ、魔のフィリ。今では各国の一等騎士をも凌駕し、こう呼ばれるくらいには有名になった。


「や、やったぜ!」

「オハーツ、私たちルカに勝ったよ!」


 いつも通りの訓練。二人がかりで俺に挑む訓練をしていたのだが、その日俺は膝をついた。

 無論、本当に負けた訳ではないが……もはや二人は人間の届き得る限界にある。これ以上強くする必要はない。

 故に、少し演技をしてみた。師を超えられなければ離れたくとも離れられないだろうからな。


「ぐっ……まさか、我を超えるとは。もはや教えることなど何も無い。お前達も巣立つ時が来たようだな……」


「ああ、ありがとうルカ! ルカのおかげで俺たちはここまで強くなれたんだ!」

「ええ、今までお世話になったわ。私達、オディア王国の騎士としてスカウトされたの! これからは自立して生きていける」


 子育てを終えるとはこんな気分なのだろうか。まさか魔族たる俺がこんな経験をするとは。


「うむ、またいつでも遊びに来ると良い。我はいつでも待っているぞ!」


              ・・・・・・・・・・


 辺鄙な土地で暮らす俺の耳にも二人の名声は届くようになった。瞬く間に世界中に名を馳せた彼らは、俺にとっても誇りであったのだ。


 その数年後。


「ルカ、俺たちは晴天の試練に挑む」


 俺の元を訪れたオハーツはそう告げた。

 晴天の試練……詳しい事は俺も知らぬが、挑戦者の限界を突破させる試練らしい。そもそもこの試練の存在自体、神々しか知らない筈なのだが。


「ふむ、それは誰かの薦めか?」


「ええ、龍神様から。試練を乗り越えた暁には、私達を戦神の代替戦力として登用したいと」


 フィリが誇らしげに答える。

 なるほど、かつての災厄……【邪剣の魔人】との交戦で失った戦神の代替戦力を欲しているのか。たしかに、災厄に対抗する術が失われたのは惜しいからな。


「ふむ……まあ、お前達ならば乗り越えられぬ試練など無い。我が保証しよう!」


「はっはっは! ルカはやっぱ変わらねえな。試練の前にアンタと戦いたいと思ってな!」


「フハハッ! 良いだろう、久々の勝負といこうか!」


 その時、俺は思ってもいなかった。

 この比類なき強さを持つ二人が試練に敗れることなど。


              ・・・・・・・・・・


 笑顔で彼らを送り出した俺の下へ帰ったのは、身体中に酷い傷を負い、目も当てられない姿のフィリだった。


 ──何が、あった?


「……オハーツが…………」


「……フィリ?」


「死ん、だ。……勝てなかった」


 俺は頭の中が真っ白になった。

 馬鹿な。だって、あの子(オハーツ)が……


「どうして……私が死ねば……良かったのに。私が……私が……私……」


 そんな事を言うな。試練に挑みすらしていない俺に、その言葉を言う筋合いがあるのか?


「ねえ、ルカ」


「あ、ああ」


「龍神様は、きっと私達を騙したのよ。……ええ、きっとそうだわ! だって、だって、あんな化け物に人が敵う訳無いじゃない! ええ、そうよ、私から奪った、奪ったのよあの神は!」


「落ち着け、フィリ! お前は……」


「家族が死んで、落ち着けなんて! そんなこと、出来るわけないでしょぉおおっ!」













 それから数日後に、彼女は自殺した。


 俺は激昂し、龍神へ怒鳴り込んだ。


「……それは、彼らの力が試練を突破するに値しなかったからだ」


「貴様……! そんな戯言で、納得出来るものか! 命まで奪う必要があったのか!?」


「試練を執り行うのは我ではない。子の命を奪い、申し訳無いと思っている」


 何を……何を喚く。

 いいや、何を言っても仕方ないことなのだ。いくら怒ろうと、祈ろうと、喪われた命は戻らない。


 後から龍神に聞いたところによれば、晴天の試練は専門の神が執り行い、他の神々もその実態は把握していないらしい。

 自らの限界を越えるために必要な能力を満たす。それが試練を突破する条件。試練の途中で降参可能で、挑戦は一生に一度だけ。

 試練の突破者は史上でも数名しか確認されていない。


「俺が……もっと早く……」


 この事実を聞いていれば。

 二人なら大丈夫だと、試練など取るに足らないと、そう高を括っていた。


 ……俺は親としても、師匠としても、失格だ。



 それ以来、俺が誰かに戦いを教えることはなくなった。

 

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