31. 『守天』ゼロ・サーラ
天神ゼニアが空を駆け、迫り来る竜の群れを一掃する。白翼が煌めき、聖なる神気は地上の魔物の軍勢を浄化していく。
天神と並行して天翔ける双翼が一つ。『守天』ゼロとサーラは、その名に恥じぬ戦いを見せつけていた。
「ゼロ、右!」
「任せろ」
彼らの活躍は獅子奮迅。もはや魔神の眷属など恐るるに足らず。
ゼロの飛ばした斬撃は全ての魔物を貫き、斬り捨てる。
『…………』
そんな彼らを見つめる者が一人。
紫紺の髪に、蒼く光る右目と、左目に付けた眼帯が特徴的な少女。彼女は双剣を下げて戦況を俯瞰していた。
この場で最も脅威となり得る存在を見極める為に。標的を決定。最大の脅威はあの剣士と魔導士の二人組だと見定め──
「──見えてるぜ」
少女の剣士が振り抜いた一閃は、ゼロの剣により受け止められた。
羽の様に軽い『天剣カートゥナ』は咄嗟に構えた防御でも難なく攻撃を受け流す。
「水矛」
攻撃を受け流され、体勢を崩した剣士の背に水の矛が迫る。
サーラの放った魔術を受けた剣士は心臓部を貫かれ、その身から邪気を滔々と垂れ流す。
「こいつ……なんだ? 魔物とはどこか違う……」
ゼロが絶命した少女の下へと歩み寄り、その正体を確かめようとする。刹那、サーラと剣士の身体が同時に動いた。
『……半神降臨』
「ゼロ、下がって!」
邪気に包まれていた剣士の身体に、神気が満ちる。
瞬間的に振り抜かれた双剣の刃。ゼロは左側面から迫った刃を受け流すが、右からの追撃は防ぎ切れない。咄嗟に動いたサーラは水魔術で流水を作り、なんとか斬撃の威力を減衰させた。
「チッ……なんだコイツ、死んでねえのか!?」
「警戒して。人でも魔族でも、神でもない……怪物だよ」
神気と邪気を同時に併せ持つなど、通常の生命体ではあり得ない。サーラの知る限り、そのような存在はイージアのみ。
剣士の動きが格段に変わる。先程も隙のない佇まいだったが、今はより洗練されている。
あの剣士を最大限に警戒するべきだ。周囲の魔神の眷属は天神に任せるべきだと二人は判断。
「俺が前線に出る。援護頼むぜ」
ゼロが飛び出す。天剣カートゥナを構えて刺突。
剣士は左剣によって攻撃を往なすが……
「──『絶対斬撃』」
ゼロの【干渉】の神能が発動。
空を切った筈の刺突はいつしか剣士の胸を貫いていた。彼の神能は空間に干渉することにより、絶対に攻撃を命中させる。視界に入るモノであれば全てが対象だ。
しかし、即座に剣士の傷は塞がる。右剣で斬り返された剣士の反撃。敵の再生速度が想定外に速く、動揺したゼロは反応が僅かに遅れる。
彼の頬を剣閃が掠め、大きく後退る。
「ゼロ。領域を創る」
「……分かった。死ぬんじゃねえぞ」
二人の間に会話はそれだけで十分だった。その一言だけで、互いが何をするのか把握できたのだ。
ゼロは下がり、サーラが前面に出る。二人の動きを警戒していた剣士だったが、痺れを切らして足を運ぶ。剣士に理性はそこまでないようだ。真っ直ぐにサーラ目掛けて放たれた斬撃。
「水鞭」
サーラへの接近を拒むように、剣士の足元から水の鞭が飛び出す。
大幅な身体強化を受けた剣士からすれば反応は容易。魔導士の攻撃は、武人にとっては遅すぎる。
剣士は足元から迫る水の鞭を斬り払おうと双剣を振るうが……
「『自在変換』、重化」
水鞭は幻のように掻き消える。同時に剣士を襲ったのは虚脱感。
サーラの【干渉】の神能、『自在変換』。魔術の術式を中途で変換し、異なる属性へと変化させる。一見すれば地味な神能だが、その効果は凄まじい。魔力によって起こり得る全ての事象を歪曲し、自らが望む事象へと変化させるのだから。
重力負荷が剣士の身に掛かっている。簡易的な重魔術だが、一秒でも隙を作り出せれば十分だ。
「干渉空谷──『死闘』」
サーラの発動した術式が周囲一帯に伝播。
青色の結界が彼女と剣士を包み込み、まるで籠のように取り囲む。水が逆巻き、天へと昇る固有の結界を展開。サーラの世界へと剣士を引きずり込んだ。
同時にサーラは自身の深奥で魔力を練り始める。
「これでタイマンって訳だね。さ、アタシを倒してごらんよ」
挑発を歯牙にもかけず、剣士は無機質に攻撃を続ける。
素早く、流れるような一撃。居合を主体に組んだ、回り込みの激しい剣戟。頬を掠めた剣閃にサーラは苦い顔をする。
(魂に干渉する一撃……まともに頭部への攻撃を受ければ死ぬ)
剣士の斬撃には、不死性を断つ力が乗せられていた。相手が魔族だと推し量った上で選んだ斬撃だろう。
サーラは不思議と斬撃を紙一重で躱し続ける。速度、反射共に剣士の方が圧倒的に上。
しかし、剣士の太刀筋はどこか既視感のあるものだった。
(この動き……ルカ師匠? いや、どちらかと言えばロキシアに近いかな……)
何度も訓練をした相手の剣筋が重なって見えた。
相手の剣士が何者なのかは知らないが、今はとにかくそのデジャヴがありがたい。
「風巻……からの水弾!」
風属性の魔術で風圧を巻き起こした後、水蒸気の爆破へと変換する。
移動の阻害を警戒した剣士は、突如として正面で起こった爆発に後退。
──隙が生じた。結界を展開してからずっと蓄積し続けていた魔力を解き放つ。『天魔書ニブルゲ』の水魔法陣が描かれたページを開き……
「『波濤』ッ!」
ここはサーラが創造した結界世界。
故に、魔力の規模も爆発的に上昇する。結界内を全て覆い尽くすほどの水流が生じ、魔鋼をも斬り裂く水刃の嵐が舞う。荒れ狂う水の舞踏、水魔術の深淵。
術者であるサーラを除いて全てを破壊する水嵐は、剣士を包み込んだ。
これで戦いが終わればそれで良い。しかし、終わらなければ──
「ッ!」
水の幕から、満身創痍の剣士が飛び出した。全身から邪気を滴らせ、剣に神気を宿し。
警戒を解いていなかったサーラ。彼女は真紅の瞳で迫り来る剣士の……さらに後方を見据える。
視界の端に舞った一枚の羽。親の顔より見たゼロの片翼だ。
「結界解除……『相互転移』!」
結界を解除したと同時、剣士の背後に現れたゼロ。
サーラは彼と位置を交換。突然現れたゼロに剣士は対処できず、剣筋を乱す。双剣を受け止めたゼロは自信に満ちた瞳で笑う。
彼は攻撃を受け止めたが、斬撃を放つ【意志】を見せた。神能『絶対斬撃』により、双剣を受け止めたはずのカートゥナはいつしか剣士の腹部へ。
剣士の前面にゼロ、後方にサーラ。
「「終わりだッ!」」
前方から天剣カートゥナを、後方から水刃を受けた剣士。
既に『波濤』を受けて満身創痍だった彼女の身体は激しく貫かれ。
二つの刃が引き抜かれると同時、淡い黒霧となって霧散した。
「『守天』は二人で一つ……だから俺たちが勝ったんだぜ」




