29. 『麗姫』アリス・『回精』リグス
マリーベル大陸、北ロク王国。
地王山から次々と迫り来る魔物の軍勢を退けながら、サーラライトの主従は奮戦していた。
「大いなる萌芽、我が名はサーラライト。邪を払いなさい」
「炎術乱舞──爆炎!」
迸るオーラが邪気を消し飛ばし、爆炎が天から降り注ぐ。
地神ルーリーは大狼の身体で大地を駆け巡り、一瞬で数十の魔物を殲滅した。
『おお、おお……流石は創造神の子どもたちやな! この場はアンタらに任せて、他の戦場に向かってもええかな?』
「はい、地神様。何としても魔物はこれ以上先に進ませません。サーラライトの姫として、如何なる人民も守って見せましょう」
『かっこええな! ほんじゃ、頼んだで!』
そう言い残すと、地神は疾風の如く駆けて行った。
この戦場だけではなく、魔神の眷属による被害に晒されている場所は数多くある。戦力を分散させて少しでも多く民を守らなければならない。
「リグス、まだまだ行きますよ!」
「はっ! いくらでも戦いましょう!」
アリスは神器『春霞』を振りかざし、大地を薙ぎ払う。
生命の息吹は、魔物にとっては毒そのもの。清浄なる風が軍勢を薙ぎ払った。
そしてリグスもまた追撃を行う為に炎術を発動しようと──
「アリス様、危ない!」
咄嗟に攻撃魔術を結界へと変換。
同時、黒い雨が降った。いや、これは周囲の魔物たちが斬り裂かれて噴出した邪気だ。
その殺戮の斬撃はアリス達をもなぞっていた。リグスの結界がなければ首を落とされていただろう。
──雷。
時に神の怒りとすら揶揄される気象。
それは人の身で起こせる筈のものではなかった。
されど、その電糸の束は人の手によって形作られ、操られていた。
雷と突風とが木々を凪ぎ、水を巻き上がらせ、魔物の軍勢は無残に殺戮された。
「一体、何が……」
一人の男が戦場に降り立つ。
金色の髪、水色に妖しく光る瞳。ただならぬ殺気を携えた剣士が殺戮を為したのだ。
「止まれ! 何者だ!」
リグスの声に男は顔を向ける。
しかし彼は答えることなく剣の切っ先を二人に向けた。
「敵、ですか……!? 魔物とも敵対しているようですが……」
「魔神の新たな眷属かもしれませんね。動くものを全て殺すように設計されている、とかでしょう……どの道倒さねばならないようです。油断なさらぬよう!」
風雷を纏う剣士は凄まじい殺気を放つ。
しかし、アリス達にも負けられぬ矜持がある。
視界の端に電撃が走る。同時、男の姿は消えていた。
──上。
「っ!」
春霞の簡易結界で上方からの攻撃を防ぐ。
男の刃と神聖なる結界が激しく火花を散らす。速度は凄まじく速く、そして一撃は比類なき強さを持つ。しかし、殺気は隠し通せない。
「退け!」
炎の弾丸が無数に射出、剣士を追尾して追い縋る。
対する剣士は天高く舞い上がり、嵐を巻き起こす。嵐と火炎が相克し熱風が巻き上がった。
隙あり。アリスは剣士が嵐を巻き起こした反動を見逃さなかった。
「『放出』──オーラ!」
生命力を司るオーラが剣士を囲う。合わせてリグスも追撃の炎弾を放った。
極度に研ぎ澄まされた連携。オーラと炎術の防御に優れた二重奏。並の攻撃で打ち破れる連携ではなかった。
されど、相手は常軌を逸する災厄の眷属。
一陣の風が吹き抜ける。
微風は一瞬にして突風へと。渦巻く風の弾丸がアリスのオーラを突き破って飛来。アリスは受け身を取りつつ、追撃に迫る剣士に春霞で応戦する。
「烈風刃!」
剣士の足元から巻き上がった風刃は足を掠め、一時動きを鈍らせる。
リグスは戦況を確認しつつ幻影を生成。
「炎術結界──『焔之幕』」
剣士を炎の幻影で囲むと共に、アリスが受けた傷を『復元瞳孔』で治療する。
相手が意志なきものであれば、幻影は効果があるはず。
「アリス様、一筋縄ではいかぬ相手のようです。しかし、まだ奴が炎から出ないことを見るに……幻術は有効。ボクが領域幻術を纏って近接戦を挑みます。アリス様はその間『春霞』の力を溜め、渾身の一撃の準備を」
アリスは逡巡を見せるが、頷いて春霞へ魔力を注ぎ始める。
戦場において迷いは死を生む。二人は悟っていた。
リグスが短刀を持って駆け出すと同時、天より落雷。
剣士が呼び寄せた雷は幻術を打ち破り、剣身へ紫電を纏わせた。放電による攻撃範囲の拡大を警戒しなければならない。
リグスは華麗な足捌きで剣士へ肉薄。短刀を突き出す。
「はっ!」
凄まじい速度で剣先を回避する剣士。リグスも避けられることは前提の一撃だ。
半身を捻った剣士は風を巻き上げ、雷剣を横一文字に振り抜く。
(耐えろ……!)
リグスの目的は耐久。
彼女の腕を掠めた雷を、身に纏った炎で相殺する。豪風の衝撃で炎が拡散すると共に、彼女は術式を発動した。
「炎術結界──『領域幻術・死闘』」
二人を天高く包み込んだのは紅蓮の壁。
術者であるリグスを除いて、この領域に閉じ込められた者にはリグスが複数人に見えている。
剣士は周囲に現れたリグスの幻影を無闇に斬り裂き、時間を奪われる。
──敵に感情がないこと。それが勝利への鍵だった。
どの幻影が本物か識別することも困難な判断能力。それが剣士の弱点である。
無数に存在する幻影に混じり、本体のリグスは遠巻きに炎弾を放っていたのだが……
「──!」
『嵐絶……奥、義──『袖之羽風』』
その時。初めて剣士が言葉を口にした。
彼が身体に纏っていた紫電は、剣へと収縮していく。
魔力が爆発。幻影が存在しないはずの後方へ剣を一気に振り抜いた。
「……なっ!?」
周囲の幻影は静かに消し飛んでいく。鮮烈ながらも静謐な美しい雷が領域内を駆け抜け、障害を一掃。凄まじい勢いの風に流されながらも、リグスは咄嗟に防壁を展開する。
刹那、白雷が彼女の全方位から襲い掛かる。身体の芯が焼き切れるような痛み。高度な結界を展開しても貫通する衝撃。意識を失いそうになる激痛に耐えながらも、彼女は『復元瞳孔』で痛みを緩和。
雨が僅かな間に降り注ぐ。
剣士は駆け出し、動けぬリグスの首を斬ろうと前傾姿勢を取り……
「我が名はサーラライト。答えなさい、『春霞』」
眩い光が剣士を包み込む。
彼の足元から木の枝が生え、身動きを封じた。『春霞』による権能だ。
「アリス様!」
「邪なる眷属よ、お逝きなさい。【放出】──」
極光。
錫杖槍の先端から放たれた聖なる光は、剣士に向かって突き進む。地を割り、空間を破る聖なる光が彼を包み込み……
「……終わりましたか」
彼の姿も、邪気も消え失せていた。
僅かに残った魔力の残滓が、たしかに剣士が其処に居たことを示して。
「本当に強い奴でしたね……あと一歩で負けてました」
「ですが、私たちは勝ちました。そうですよね?」
「はい、もちろんです。これがアリス様とボクの力です。さあ、まだまだ戦いますよ!」




