28. ディサイシブ
災禍の尖兵が地上を睥睨する。
無数の円環が中空に浮かび上がり、砲口を地上へと向けて。
地上の人々は突如として現れた化け物と魔神の眷属に怯え、行き場なく逃げ惑う。
『攻撃を開始します。最初のショットを起動します』
蒼きオーラを纏ったラウンアクロードの射撃が起動。
砲口より破滅の粒子が放たれる。無慈悲なる砲撃は大地を貫くかと思われた。
しかし、謎の結界に阻まれて掻き消える。その結界を展開した張本人……始祖レイアカーツは不敵に笑い、天を見上げた。
「第十六権能解放……イージア、後は頼んだよ」
『攻撃の干渉を確認しました。パワーを上げてセカンドショットを行う』
ラウンアクロードの全身が紫色のオーラに包まれる。
蒼から紫へ。それは攻撃態勢の合図だった。
「──穿つは栄光の霓天不敗。『穿魔の鬼』」
刹那、蒼輝が走る。
流星の如きその者は凄まじい力を以てラウンアクロードを吹き飛ばした。吹き飛ばされたラウンアクロードはリンヴァルス帝国の西に位置する帝西海へと移動する。
そして新たなる脅威を捕捉した。
『あなたは...アルス? あなたはわざわざ人生を捨てましたか、それともあなたはばかですか? 廃墟の世界で泣いていたらいいのに』
「黙れ。長らく貴様を追い続けてきた。貴様が業火に焼かれる瞬間をどれほど待ち侘びた事か……何としても殺してやろう」
『笑わせてくれます。何もできないので怖い場合はどうすればいいですか? あなたはただ震えているだけでした。無様な石ころのように』
機械的ながらもイージアを侮辱するラウンアクロードの言葉。彼は激情に呑まれそうになりながらも、必死に抑える。今のイージアはかつてのアルスよりも格段に強い。
背後のリンヴァルスはレアが守ってくれている。存分に共鳴を解放し、創世の力を行使できるだろう。
イージアは迅雷が如く駆け巡り、戦意のままに槍撃を繰り出した。
創造神が創造した槍はそう簡単に折れはしない。無論、神器ほどの力は期待できないが。
穂先はラウンアクロードの左円環を貫通。そのまま迸った衝撃が中央の人型へと迫った。
しかし、障壁により打ち消される。周囲の円環が障壁を形成している……という訳ではなさそうだ。
本体が自ら障壁を展開しているか、もしくは緑髪の人型は本体ではないのか。
彼の思考の間にラウンアクロードは反撃のオーラを放つ。蒼と紫を混合した砲撃。
(邪気と魔力が混在している……蒼が邪気、紫が魔力か!)
最初にラウンアクロードと相対した時には気付けなかった事実。彼は瞬時に攻撃を読み取り、対抗策を打つ。
「不敗の王──『青雪の全構え』。【魔術改編】!」
二つの防御術式を同時に行使。
青霧を自身に纏うと共に、周囲一帯に拡散。邪気による衝撃を無効化する。
そして魔術法則を改編することにより、魔力の奔流を停滞させる。
『私はびっくりしました。あなたはまた、災害の力を使います。予期しない状況です』
おそらくラウンアクロードはイージアが災厄の力を使いこなした事に驚いている。
そんな感情などどうでも良い。今は奴を殺すことだけを考える。
「彗嵐の撃、穿神──『青霧荒月』!」
右手で神剣ライルハウトを振り抜く。
波が空まで舞い上がり、天が歪んだ。あらゆる事象を貫通して青霧がラウンアクロードを蝕んでゆく。いかに災厄といえども、時間概念を無視した創世級の攻撃には耐えられない。
周囲の円環は混沌の力に蝕まれて次々と装甲を破壊されていく。
『緊急防御をアクティブにします。敵の警戒レベルを上げる』
想定外の攻撃にラウンアクロードは形態が変化。
円環が折り畳まれ、球体へと縮小する。そして目にも止まらぬ速さで追い縋る青霧を振り切った。攻撃から退避後、再び形態が戻る。
(一度見せた手は通じないと考えて良いだろう……奴は学習している。次の一手を……)
『──Grand Dordrinを起動します』
災厄は絶望の言葉を紡ぐ。
周囲に七色の光が満ちた。
かつて世界を滅ぼした、虹の光輝が。
~・~・~
龍神の背に乗った四英雄。
次々と襲い掛かる魔物の軍勢を撃滅しながら、魔神へと接近していく。
魔神の下へと向かう道中、龍神の背に一人の大男が降り立った。
「なんだお前は!?」
ローヴルが咄嗟に剣を構える。しかしスフィルはそれを制した。
「よく見なさい。『光神』ダイリードです」
「我が主の命により、助太刀する。指示は好きに出してくれ」
新手ではなく、味方の増援だと知り、ローヴルは安堵する。
しかし安堵も束の間。直前まで迫った巨大な月……リグト・リフォルを見上げる。六の触手と、周囲から生まれ続ける魔物の軍勢。討伐は容易ではない。
そもそも、あの巨体をどうやって倒すのか。唯一倒す術があるとすれば、龍神の力を借りることだろう。
その時、魔神の瞳がぎろりと動いた。
『来るぞ!』
龍神が叫ぶと同時、六つの暗黒が迸る。
触手の先端から黒き炎が放たれた。全方位から迫る黒炎は渦を巻き、龍神を呑み込もうとする。
大半の黒炎は龍神の結界により阻まれるが、一部が背に乗る五人へ迫る。
「止めるね! 光よ、ツイルーン!」
『輝天』カシーネが一歩踏み出す。
魔力の波が彼女の足元から広がり、五人を静謐な光の壁が包み込んだ。黒炎は光壁に弾かれ、天へと溶けて消えていく。
カシーネの神能、【光喚】。魔の力に対して特攻を持つ。
「……龍神様! アイツを倒すにはどうしたら!?」
ローヴルが迫り来る魔物を屠りつつ龍神に尋ねる。
『……今、魔神は結界を張っている。汝らが魔神の結界を打ち破ってくれれば、或いは聖剣グニーキュの力を以て……』
魔神の結界。六つの触手から形成される、本体の月を守る結界だ。
アレがある限り、大きなダメージを与えることはできない。魂を斬り裂く権能を持つ聖剣の攻撃も届きはしないだろう。
「今、龍神様の背にいるのは五人……いけるか? いや、やるしかないのか」
一人一本破壊するとしても、誰かが二本壊さなければならない。
ローヴルは仲間たちの力を疑っていない。そして、長きに渡り鍛錬を続けてきた自分の強さも疑ってはいない。
「みんな! 月から生えてる六の黒い手……破壊できるか!?」
「あの魔手ですか……流石に身体の大きさが違うので破壊は難しそうですが……それ以外に打開策がないのなら、やるしかありませんね」
一番最初に駆け出したのはスフィルだった。
ローヴルからすれば意外な事だ。彼女は冷静で、そして用心深い。しかし、彼の呼びかけに応えて最初に動いたのである。
オズはローヴルの肩に手を置いて天を見上げる。
「みんなお前を信じてるし、お前もみんなを信じてる。もちろん、ダイリードさんもな。だから心配せず……全力でぶつかろうぜ! 『黒天』の力、見せてやらあ!」
オズはスフィルが向かった方角と正反対の触手を破壊しに行った。軽々と迫り来る魔物を押し退けながら。
同時にダイリードも駆け出した。
彼らの背を見送るローヴルに、カシーネが声をかける。
「ねえ、ちゃんと腕を破壊できるの?」
「何を言うか。俺なら余裕だ……行くぞ」
「ふふっ……じゃあ、一本は任せてもいいかな? 私は二本やるから」
「そう簡単に言ってくれるな。まあ……光魔術の殲滅力ならいけそうか。それじゃ、頼んだぞ」
龍神は各々が戦いやすよう、魔神の攻撃を防ぎながらも飛び回っている。
ローヴルは慎重に魔神の黒炎を回避しながら、自らが戦うべき戦場へと向かった。




