27. 追憶の亡骸
あれから数日。
ここ最近は、この洞窟に通いながらセムノーという魔物を倒してばかりだ。
「……四体目か」
同じ相手ばかりで、流石に動きも見切れるようになってきた。魔物はいくら倒しても出現し続けるので、相手に困らないのは良いのだがそろそろ場所を変えた方が良いだろうか。
この薄暗い洞窟はどこまでも奥に続いているが、セムノー達のせいで思うように進めない。
人の手が加えられた形跡は見えないので奥に何かがあるとも思えないが……なんだか惹かれるものがあるのだ。
先へ、先へと歩いて行く。
光苔に導かれ、足元を照らしながら。
「魔物が減ってきたな」
こういった場所では奥に進むほど魔物は強力に、数が多くなっていくケースが多いが……ここはそうではないみたいで。次第に道幅も広くなっていく。
その時。不気味な気を感じた。
「……前方、か」
不気味な気というのは具体的に言えば、今まで感じた事のない邪気だ。魔物のように殺気に溢れている訳ではなく、魔王のように狂気に満ちている訳でもない。
ただ静かで、されど強大な気だ。
警戒しながら脇道を出る。
すると、先は一気に解放されたような大空間だった。
そこには、
「え」
セムノーが居た。高層ビルほどの大きさの。それはじっと佇み、壁を見つめていた。
逃げないと……!
無理だ。いつも相手にしているセムノーとはレベルが違う。ただ大きいというだけで、それは強者の証であるのだ。
息が詰まる様な緊張を抱えながら、洞窟からそっと退却する。あの大きさではこの狭い洞窟では動けないと分かっていても、威圧感に震えてしまう。
暗闇から抜け出し、僕は拠点へと走った。
急ぎ走り、師匠の家へ帰り着く。
前にもこんな事があったようなデジャヴを感じつつ、扉を叩く。
「師匠、今いいですか?」
──静寂。
あれ? いつもなら派手な登場エフェクトをかけて扉や窓を蹴破って出て来るのだが……
窓から覗いてみると、人影は見えない。奥に居るのかもしれないが、だとすれば流石に出て来るだろう。
「うーん……出かけてるのかな?」
出掛けると言っても、こんな何も無い島で何をするんだ? 大抵はこの空調の効いた家で動画を見ながらゴロゴロしているあの人が。
……なんだか腹が立ってきた。
鍵、開いてるな。
これは家に入られても鍵をかけていない師匠にも非があるのではないか。うん、そうだな。
そーっと、入り込む。
「意外と広い……」
多分師匠が建てたのだろう。たしか建築士の資格を持っているとか言ってた。多芸だなあ。
こんなに広いんだから僕を野宿させる必要は無いと思うんだけど……
好奇心に駆られて入ってみたのは良いものの、特に変わったものはない。あの人の事だからヤバい物とかあると思ったのに。
「……?」
ふと、見渡すと目に留まる物があった。
「写真?」
写真立てがいくつか棚の上に置いてある。
写真では今と全く変わらない師匠の姿があり、小さな男の子と女の子か一人ずつ微笑んでいた。
誰だろう……師匠の子供とか?
だとしたら、彼は今子供に会えずにこの島で僕に構いっ切りということになる。それは申し訳ない気持ちになるな……ジャイルの頼みだから断れなかったのか?
……ともかく、これ以上盗み見るのは悪い気がしてきた。自分を恥じつつ、僕はそっと家を出た。
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「む、アルス! もう帰っていたか」
数刻後、広場に師匠が帰って来た。
「はい、どこに行ってたんですか?」
「……暗黒の儀式だ」
また訳の分からないこと言ってる。取り敢えず、あの話……でかいセムノーについて聞いてみるか。
「洞窟にすごくデカいセムノーが居たんですけど、知ってますか?」
「ああ、ヤツか。温厚な性格だからこちらから手を出さなければ大丈夫だ。……広間の直前に秘匿されし運命の道がある。そこから迂回できるぞ」
たしかに、横に細い道があったな。
セムノーと言えば攻撃的なイメージしかないが、アレは大人しいのか。
「しかし、貴様もあの領域へ至ったか。セムノーは楽に倒せるようになったか……順調に覚醒への道を辿っているな」
「ええ、一体ずつなら。なんだか魂の内から秘められた混沌が湧き出してる気がします。あと、今日も一戦お願いします」
剣を抜こうと構える。
そう……この抜刀のタイミングで師匠は攻撃してくる。
分かっていても躱せないのだが。
「ふんっ!」
「う、おおお?」
雨幅を見切るほどの僅かな間隙。それを見切る如く師匠の一撃を掻い潜ろうとする。
「躱せたっ……!?」
完全にフィーリングの回避だったが、完全なる感覚ではその一撃は避けられない。
「おお、成長したなっ!」
……が、そう言いながら二発目を叩き込まれた。
完全にバランスを崩して大きく吹っ飛ぶ。稚拙な技を放とうとしても遮られてこのザマだ。
「ぐふっ……」
「よし、今日はここまで! ……まさに目醒めッ! 太古の洗練により永遠に眠りし力が揺り起こされ……」
そんな戯言を聞きながら、僕の意識は沈んでいくのだった……




