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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
第1部 序章 灰色の因果
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2. 融解

 僕が少女……アテルとの邂逅を思い出していると、彼女はにこりと笑って問いかける。


「どうして私がアルス君をこの精神世界に閉じ込めたと思う?」


「はあ……知らないよ。聞いても答えてくれないじゃないか。僕は散歩に行ってくるよ」


 この世界に閉じ込められて以来、僕はアテルから色々な知識を詰め込まれている。

 まるで名門校でも目指しているかのように、授業を受けながら。

 今日も授業が始まる前の散歩に出かけよう。

 そうでもしないと気がおかしくなる。

 僕はずっとこの世界に幽閉されているのだから。


 ログハウスの扉を開けると、風が吹いた。外は一面の灰。

 灰色の砂粒がどこまでも広がる砂漠だ。

 果てはなく、どこまで歩いても同じ光景がループする。


「えー……前から思ってたんだけどさ、アルス君の散歩って何の意味もないよね?」


「そうだよ。でも、気分転換しなきゃ。心が病んでしまわないように」


「心、か……」


 アテルは難しそうに呟いた。

 そんな彼女を置き去りにして、僕は外へ踏み出した。


 ーーーーーーーーーー


 灰色の砂漠をひたすらに歩く。

 なだらかな砂丘の上から吹き荒む風が、砂礫とともに頬を撫でた。

 どこまでも広がる地平線、曇天の空。

 草木、動物、山、何もかもがそこにはない。


 この精神世界から出る術はない。

 されど僕は歩き続ける。足で踏みしめる灰の感触はもう慣れ親しんだものだ。

 なぜ意味もなく歩くのか――僕自身もわからない。

 なんとなく、己を己たらしめている気がするから。

 それに……


「そろそろ帰ろうかな」


 帰る場所ならいつでもそこにある。

 目を上げると、僕の誘拐犯……アテルの住む小屋が見えた。

 ここは精神世界。この世界の住人である僕が望めば、そこにはあるべきものがある。

 玄関で塵を払い、扉を開く。パラパラと落ちた砂礫が木の床面に落ちた。


「ただいま、アテル」


 家に入ると、暖色の灯と、美しい少女が視界に入った。暖かい。精神世界なのに気温があるなんて、おかしな話だけれど。


「おかえり、アルス君。今日の夜ごはんは何にしようかな?」


「その前に勉強しないと。今日は……四英雄についての続きだったかな」


 僕は今、この精神世界に閉じ込められて知識を詰め込まれている。

 勉強というのは、世界について学ぶのだ。ここではなくて、僕が生まれた現実世界(アテルトキア)に関する勉強を。

 アテル曰く、いつか精神世界から出してくれるそうだけど……いつのことになるのやら。


「ふむ、それならば我の得意分野だな」


「わっ! ……って、ジャイル。居たのなら声を掛けてくれればいいのに」


 低く威厳のある声が聞こえ、そちらを見ると隣の部屋に緑髪を伸ばした男性がいた。名前がジャイルということ以外、彼に関する情報をまったく知らない。

 他にも三人、この家にたまにやって来る人たちがいる。


「すまんな。話しかけるタイミングが掴めなかった」


「ジャイルは恥ずかしがり屋だからね! 素直におかえりって言えばいいのに」


 アテルが彼を茶化している光景はもはや日常茶飯事だ。

 ふん、とジャイルは鼻をならしてアテルを無視した。


「ところで、君が四英雄に詳しいって言うのは?」


「それは解説を聞けばわかるとも! さあ、授業開始だ!」


 こうして毎日恒例のアテル先生の授業が始まった。


----------


 百五十年前、世界(アテルトキア)に魔神が降臨した。魔神は世界を闇の力で蹂躙し、混乱に陥れた。


 そこで世界(アテルトキア)を統治する四神の一柱、龍神が四人の人間に力を与えたという。それが四英雄である。四英雄は魔神を討ち倒し、救世の徒として語り継がれることとなった。


 『碧天(へきてん)』、『輝天(きてん)』、『霓天(げいてん)』、『黒天(こくてん)』──これが四英雄である。黒天を除く三人の家系は龍神から継いだ力……【神能】をその家系に脈々と受け継いでいる。


「その龍神というのが我……ジャイルのことだな」


「へぇー……ぇええええ!?」


 ジャイルが……何を言い出したかと思えばとんでもないことを言い出したぞ。いや、まあ創世主がここにいるんだから神がいても不思議じゃない……のか?

 でも、どう見ても龍じゃなくて人の姿をしてるんだけど。


「アルス君、驚くのはまだ早い! 実は君はその四英雄の一人……霓天の末裔なんだからね!」


「ああ、それは知ってるよ。父さんがよく誇り高きゲイテンの家系として……みたいなこと言ってたからね。言葉の意味はよくわからなかったけど、昨日の授業で四英雄のことを習ってわかったんだ」


 父さん……懐かしいなあ。ここは精神世界で現実の時間は流れていないから、いずれ何も変わっていない父さんと会えるはずだ。本当にアテルがここから出してくれるのなら。


「えー……驚かせようと思ったのにもう知ってたんだね……悲しいよお」


 彼女が悲しんでる。なんだかこっちも悲しくなる。


「ふむ、それで今日は何を新しく学ぶんだ?」


「うん、四英雄が神能を持っていることは教えたね? 今回はその内容について教えよう」


 こんな調子で、僕は今日も世界(アテルトキア)のことを学ぶのであった。

 まあ無理して覚える必要はない。気楽に学んでいこう。


----------


 灰色の砂漠を歩き、歩く。今日もお散歩日和。雲ってるけど。

 変わらない曇り空はかえって僕の心を安堵すらさせる。突飛に吹いた風が僕の水色の髪を靡かせた。


 何もかもが変わらない歩み、それは今日も今日とて同じだと思っていた。けれど、


「うん?」


 ──何かが、呼んでいる気がした。

 別に声が聞こえたわけでも、心に語りかけられているわけでもないのだけれど。

 気の赴くままに、そちらへ歩みを進めていった。


『誰か……いるのか……?』


 何かが灰の中に埋れていた。

 ホログラムが歪んだように、その人型の者の姿は明確にはわからなかった。だけど、今にも消えてしまいそうだ。


「あの、大丈夫?」


 少し躊躇しながらも、僕はソレに話しかけた。そうせざるを得ない何かがあった。


『ああ……やっぱり、来てくれた。懐かしい、声だなぁ……』


 敵意は感じられなかった。僕は屈み込んで、人の顔にあたる部分を覗き込んだが……やっぱりよく見えない。

 嬉しいような、泣いているような、嘆いているような声で彼は話す。


『手を……出してくれ』


 言われるがまま、手を差し出す。

 彼の手と僕の手が重なったとき、一瞬だけ異物感のようなものを感じたが、すぐに消え去った。


 なんだろう、この感覚……すごく悲しくて、虚しくて、なつかしい。

 僕はこの人のことを知っている……?


「僕がついているから……安心してね。すぐにアテルに見てもらって怪我を……」


『いいや……もう、いいんだ。それよりも……君は、為すべきことを……為せ。どうか、君は……』


 ……言いきらず、彼は灰となって消えた。

 砂漠の灰に溶け込み、そこに彼がいたという事実は跡形もなく消え去った。まるで彼がこの砂漠と同じモノであったように。


 彼はどうやって精神世界に入ってきたのだろう?

 ともかく、このことはアテルには話さないでいよう。なんとなく、その方がいい気がした。僕はいつも気分で動くから。


「……帰ろう」


 眼前にどこからともなく現れる小屋。僕はなんだか疲れた思いで帰ってきた。

伏線回収は200話以上先になります


ーーー

↓以下の設定は読まなくてもいいです。興味ある方だけどうぞ


【四英雄】……役百五十年前、魔神を討滅した四人の英雄。彼らは『碧天』『輝天』『霓天』『黒天』と呼ばれた。『黒天』のみ、子孫が存在しないとされている

【魔神】……魔神リグト・リフォル。世界に災いを齎し、四英雄により討たれた。出現と共に魔物を活性化させる。『リフォル教』という特殊な宗教団体により世界に降臨した。降臨後はしばらく精神体となっており、実体を持つまでに一年間程度の期間を要した

【神能】……四英雄の血筋に受け継がれる、特殊な能力。龍神が四英雄に授けたとされる

【アテルトキア】……この作品の舞台。戦争は起こらない程度まで技術力は発展しており、魔術や異能、魔物などの概念が存在する。陸四割、海六割。人類が暮らす領域と、魔物が発生する領域は分けられている。マリーベル大陸、リーブ大陸、アントス大陸の三大陸が存在。主人公の出身であるディオネ神聖王国はリーブ大陸の中央に位置する

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