26. 修行の日々
この密林の島で過ごしてしばらく経った。
襲い来る魔物の対処をする事にも多少は慣れた。巨鳥に、鮫、大蛇。いずれも体験したことのない相手で手強かったが、単体で現れたのならば戦える。彼らの動きは多彩で、僕としてもかなり動きが洗練されてきたように感じる。
「うーん……」
たしかに師匠の言った通り成長はしている。
だが、この地道な積み重ねで師匠に届くには何十年かかるのやら。
初日から毎日挑み続けているが、剣を抜こうとした瞬間に殴られてノックアウトされる。彼我の実力は天と地ほどの差があるのだ。
意表を突き、勝てる可能性があるとすれば今練習している技があるが……とても使いこなせるかは分からない。
「はっ!」
横から飛び出して来た小竜を躱し、一瞬だけ風を纏い速度を上げる。そして一閃。
小型の魔物ならば一撃で屠れる。最初に比べて、的確な攻撃が繰り出せるようになった。実力が身につくほど、師匠との差は感じるばかりなのだが……
そうして歩いているうちに、洞窟のような場所を見つけた。ぽっかりと開いた穴からどこまでも、どこまでも深い闇が続いている。
吸い込まれそうなその暗闇に、なんだか興味が湧いてくる。
僕がそこに入り込もうとした、その時。
カサッ。
と、洞窟の少し奥の壁から音がした。
「ん?」
炎の魔術で暗がりを照らしてみる。
すると、そこには何というか……魔物……ではあるのだろうが異質なモノが居た。
全身が骨のような灰色の物質で構成された細身の四つん這いの魔物。中型犬ほどの大きさで、肉といえる部分は無く、顔もイマイチ認識出来ない。
僕は油断無く剣を構えた。
つもりだったのだが……
「ッ!?」
速い!
アリキソンの速度には及ばないにせよ、僕が風を纏った時と同等の速度はある。
足に噛みつかれた刹那、魔力で動体視力を強化しながら魔物を蹴り飛ばす。
血は少し滲んだ程度で済んだが、これは僕の身体の中の神気が邪気を防いだからだ。
「チチチ……」
不気味な音を鳴らしながら、魔物が起き上がる。
再び突進してくるが、それは動体視力を高めた今ならば見切れる。動きは単調だ。
「氷扇!」
周囲に張り巡らせたのは氷の刃。
水を氷に凝固させるには魔力の制御を要するが、ここ最近の修行で得意になった。水魔術の応用なので、本場の氷属性よりは威力が下がる。
ようやく父と同じ技が扱えたのだ。
煌く氷刃が螺旋状に連なり、魔物の体躯を串刺しにする。こういった単調な動きをする相手に対してはこの技は有効だ。間髪入れずに氷の牢獄に囚われた魔物に剣を突き出し、抉り出す。
流石に連撃には耐えられずに、邪気を霧散させながら魔物は消滅した。
「ふう……」
やけに手強かったが、一体何という魔物だったのだろうか。後で師匠に聞いてみよう。
そんな事を考えていた矢先、
カサッ、カサッ。
「……おいおい」
二体洞窟から出てきた。
頭で考えるより先に、全速力で走り出す。
さっきの戦いで魔力を大分消費してしまった上に、二体同時に相手をするのは無理だ。
風を切って走りながら、後方を確認する。
……追ってきていない。魔物達は洞窟の側から離れずに、瞳の無い顔でじっとこちらを見つめていた。
……不気味だ。
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いつもの様に師匠の家の前にある広場に帰り着き、一安心する。別に睡眠や食事も、肉体を更新することで必要なくなった。一度種族を神族へ神転し、再び人間へと戻すのだ。そうすることで健全な人間の肉体が戻ってくる。
「……帰りました」
「うむ! その気配……今日は魔力をかなり浪費したようだな!」
「ああ、それなんですが」
「……なるほど、貴様あの霊洞へ入ったか」
「ええ、入ろうとしたらその魔物に邪魔されて入れませんでしたが」
「格好の場所を見つけたな。奴ら……セムノーは手強いだろう? 貴様を覚醒に導くに違いない!」
あれはセムノーというのか。この島に生息する魔物はあらかた図鑑に載っているが、セムノーは図鑑でも見たことがない。
「あの魔物、洞窟から出てきませんでした。暗闇から出れないとか?」
「闇に囚われしモノという訳ではないが、奴らは彼の地に囚われているのだ。故に、あの霊洞からは解き放たれぬ」
まあ、出れないということだ。
知りたい情報は全て知り得た。明日からはあの洞窟も攻略対象に入れよう。
「それでは、本日の一戦お願いします!」
「うむ、来るがいいッ!」




