α-3
『──君を僕の最初の友達にしてもいいかな?』
その言葉を告げられた時、私は戸惑ってしまった。
友達。友達ってなんだろう。
分からないけど、でも……
『──わたしのはじめての友達ね、アルス』
いつか、分かるかな。
わたしはロール・ライマ。
ホワイト家の隣に生まれた子で、アルスの最初の友達。
最初に彼を見たのは……一生懸命、庭で剣を振っている時だったかな。ヘクサムさんに何度もぶつかっては、はじき返されて。それでも彼は立ち上がっていた。
わたしはきっと、彼に憧れていた。
わたしと同い年なのに、ずっと一生懸命な彼の姿。
どれだけ歳月を重ねても彼はずっと立派で……ずっと傍にいてくれたら嬉しいな、なんて。叶わない願いを抱いていた。
**********
俯く彼の横を歩いて、冷たく響く雨音に耳を傾けていた。
『狂刃』がゼロント領を襲撃した翌日。アルスのご両親の葬式を終えて、家へ帰る途中。私も両親を喪った。
でも、私たちは独りじゃない。友達がいるから。
「ロール」
「……なに?」
「明日……僕を起こしにきてくれるかな」
「うん……いいよ」
いつも通りのことだ。
いつも通り、彼の目を覚まさせてあげればいい。
そうして、胸に抱いた傷も癒えていくのを待つしかない。
彼が何かに染まっているのが分かった。
私がそれを止めているのも分かっていた。
残酷な運命は、無垢たる私たちを昏く染めてしまう。でも、私にはアルスがいて、アルスには私がいる。
だから怖くない。怖くないはずだった。
**********
もしも、過去へ戻れるとしたら。
私は真っ先にその瞬間へ戻るだろう。
『──ごめんね。その力は『他の人たち』を助ける為に使ってあげて。私は別に……どうなっても良いから』
あの日の星々の輝きを、今でも忘れない。
私が彼を突き放した瞬間、運命は決まってしまった。
『──どうして、そんなこと言うんだ』
彼は夜闇の中で俯いた。
ずっと下を見てばかりの彼を、もっと沈めてしまったのは私。
災厄の御子と、共鳴者。二人は相容れない。
それでも──何か別の答えがあったんじゃないかな。
でも、運命は……因果は決まってしまったから。
**********
「……おはよう、ロール」
「…………」
私は少し頷いて、彼から逃げるように距離を取った。
彼はただ私の背中を見つめ、何も言わなかった。
時間が経てば経つほど、二人の距離は離れていく。
これで良い。これがあるべき道。
彼は変わって行く。
孤独になり、強くなり。
全てを拒絶するような彼の目を、画面越しに眺めていた。
彼こそが世界を救う者。ディオネ一の騎士。
彼には……何が残ったのだろう。
すっかり私が彼と話さなくなって、関わることもなくなって。
終着点に辿り着いた時。昔の彼の面影はなかった。
もしかしたら、私も傍から見れば同じなのかもしれない。空っぽで、ただ災厄を呼び出す役割しか残っていない人間になったかもしれない。
「これで……いいんだよね」
たしかめるように、闇に向けて呟いた。
何か黒い意志が、暗澹と嗤った気がした。
ーーーーーーーーーー
ともだち。
ゆうじん。
しんゆう。
トワイライトの中で、私は考えた。
本当の『それら』の意味は何だろう。
彼が創世主に焼かれた高台で、始祖の私は考える。
「結局、分からなかったな……」
夕陽が輝き、リンヴァルスの街並みが淡く光る。
今、私が此処に立っているのは……答えを出せなかったからなのだろう。
過去に飛ばされた理由、私が生きる理由……そんなものはどうでもいいんだ。
ただ、私ができること……それは。
この命を繋いだ、かつての友の愛に報いること。
「私は……リンヴ=アルス帝国始祖、レイアカーツ」
未来へ進まなければならない。
私、独りで。
ーーーーーーーーーー
「レア、早く行くぞ」
「ああ……待ってくれ。歩くの疲れたよ」
彼と同じ瞳を、仮面の内側に隠し持つ人。
イージア。彼はそう名乗った。
きっと私の知るアルスではないのだろう。
「はあ……」
溜息を吐きながらも、歩幅を合わせてくれる。
海岸線を歩きながら、私はゆっくりと彼を見上げた。
「何か?」
「いや、なんでもないよ」
分かっている。彼はアルスじゃない。もう、私の知る彼はいない。
分かっているのに、ひどく懐かしい気分がする。
彼の暖かさは、どんな世界線でも変わっていないのだった。その暖かさを奪ってしまったのもまた、私なのだ。
「君は……楽観的に見えて、自分で色々と抱え込んでいるな」
「そうかな?」
「ああ……」
彼は歩きながら、少し小さい声で言った。
「私を……たまには頼っていいんだ。私たちは……友達なのだから」
思わず立ち止まる。
眩しい陽が彼のマントを照り付けている。
変わらず歩を進める彼を追って、私は駆け出した。
「ふふっ……ねえ、今なんて言った!?」
「……なんでもない。離れてくれ」
「やだよー! もう一回言ってくれるまで離さないよ!」
抱きついた私を、彼は鬱陶しそうにしながも。
決して振り払うことはなかった。
ーーーーーーーーーー
閃光が走る。
災厄になったアルスと、創世主がいつまでも争っている。
世界が悲鳴を上げ、崩壊しつつある。
私は、このアルスとも。イージアとも。
友達だったのだ。でも、決めた。
──やっと、答えが分かったんだ。
アルスの名前を呼ぶと、悲しそうな彼の瞳があった。
「……私たち、本当の友達にはなれなかったね」
本当の友達。
それは一緒に笑って、未来を生きる人。
ただ、それだけでよかった。
今のあなたとは……私は幸せになれないよ。
だから、せめて……私の罪を拭わせて。
創世主を殺すことだけを、あなたの未来としてしまった私の罪を。
この身に染みわたった十六の秩序を纏う。
私たちの異伝に、幕を引こう。
「……ロール」
この世界から消えても、ずっと一緒だよ。
彼は私の手を拒絶しなかった。
──よかった。
「一緒に、逝こう」
私はリンヴ=アルス帝国始祖、レイアカーツ。
始祖として、世界を守る。




