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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
1章 光あれ
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異伝2. 偶然の必然

 今回の校外学習は低学年向けということもあり、そこまで複雑な学習ではない。

 行きたいところへ行き、ある程度見て回ったら学校へ戻って終了だ。

 コースの作成は三年生が行い、先生に提出して許可を貰うようだ。


「今回の行き先はアリトーサ丘陵か……」


 行き先はロールから予め聞いておいた。

 僕の住むゼロントの少し南方に位置する丘陵で、見晴らしも良く観光地となっている。


 ピクニック目的で訪れる人も多く、安全性は高いと言えるだろう。

 ただ、フロンティアが隣接しているので魔物が出るかもしれない。常識的に考えれば結界が張ってあるのであり得ない事だけど……万が一、億が一がある。


「…………」


 家屋に隠れながら彼女らの背を見送る。

 三年生がロールと同級生の女の子の二人、二年生の男の子が一人、一年生がマリーの一人。二年生は男の子一人だけなので居心地が悪そうに端を歩いている。


「おう、アルスじゃねえか。何してんだ?」


「……!? チョウさん、こんなところで何してるんですか? 仕事は?」


 振り返ると、そこには僕が初めて訓練場を訪れた時に捨て身を使ってきた騎士、名をチョウ。

 あれ以来、よく訓練場では僕の相手をしてくれる。初対面の時に態度が悪かったお詫びだとか言って。


「いや、それはこっちのセリフだが……見回りだよ、これも騎士の仕事だからな。それにしても、なんだそのマスク。不審者みたいだな」


「い、いえお気になさらず……失礼します!」


 このままではマリー達の姿が見えなくなってしまう。


「いやいや、待て。不審者を取り締まるのが騎士の仕事だぜ? どっからどう見ても今のお前は不審なんだが」


「マスクは風邪の予防です。帽子は寒いので」


「じゃあ、なんでコソコソ隠れてるんだ?」


「これは、その……気配を消す訓練です」


 我ながら言い訳が苦しい。


「おーそうかそうか、気配を消す訓練かっ……て、そんな訳ねえだろ!」


「チッ、風よ!」


 風を纏い、一気にその場から駆け出す。

 追いかけて来ませんように……!


              **********


「よし、お昼休憩にしよう! 観光の時間も含めて、一時間半くらい取る?」


「うん、そうだね」


 丘陵に到着後、ロールと同級生の子が話し合って今後の方針を決める。

 相変わらず男の子は気まずそうに黙っている。


「マリーちゃん、あっちでお昼食べよう」


「うん」


 穏やかなピクニック日和の下、シートを敷いて昼食の準備を始めるロールたち。

 この丘陵からは三つの景色が望める。

 丘陵からそのまま続く花園、ディオネの煌びやかな街並み、そして自然溢れるフロンティア。フロンティアには魔物が居て、魔物の観測もできるが、結界があるので入ってくる心配はない。

 そのため、ここアリトーサ丘陵は魔物学者の研究フィールドともなっている。


 その日は平日であったので、配信で見るように人で溢れかえってはおらず、まばらに人が見かけられる程度だった。


「はい、マリーちゃん」


「わあ、ありがとう!」


 ロールがマリーにお菓子をあげる。マリーは嬉しそうに喜び、微笑んだ。かわいい。


「……なあ、あの人さっきからこっち見てないか?」


 その時、男の子が珍しく喋ったかと思うと、こちらを指し示した。


 ──マズい!

 僕は慌てて顔を背け、急に用事を思い出したかのようにそそくさとその場を離れる。

 帽子で髪色は分からないし、顔もマスクで隠してるからバレない事を願う。


「んー、気にしすぎじゃない? 校外学習だから周りが気になるのは分かるけど」


 そうだ、ナイス女の子!


「そっか……」


 再び男の子はそっぽを向いて黙々と昼食を食べ始めた。


「危なかった……」


 これは本当に隠密の訓練になりそうだ……


              **********


「よし、あとは自由時間! 一時間後に集合ね」


 ロールが皆に伝えて自由行動を取ることになる。


「それじゃあ、私は花のスケッチしてこよっと」

「俺もフロンティアの観察してくるわ」


 三年生の女の子と、二年生の男の子は各々の目的に向かって離脱していく。

 子供の単独行動は心配だが、見晴らしは良いので何かあったらすぐに分かるだろう。


「マリーちゃんはわたしと一緒に行こうか」


「どこ行くの?」


「特に決めてないけど……あ、ここのソフトクリームがおいしいらしいよ。行く?」


「うん、行く!」


 僕もさっき食べた。おいしかったです。

 ロールはマリーと手を繋いで歩いて行く。しっかり面倒を見てくれているし、あまり心配は要らなかったかもしれない。

 なんだか急に自分が恥ずかしくなってきた……



 その後、色々と丘陵を巡った二人は、集合場所へ戻ろうと歩いていた。


「あれ……なんだろう?」


 マリーが指し示したのは、古ぼけた石柱。何を象ったものかは分からない。

 興味を惹かれたマリーは、ふらふらとそちらへ向かっていく。


 しかし、ロールは魔眼携帯で写真を撮影中で目を離しており、それに気づかない。

 ちょっと、ロールさん!?


「わぁ……」


 何に感動したのかは分からないが、石柱を見たマリーはそんな声を上げる。

 そして、何かに誘われるようにそのさらに奥……森の中へと入っていった。


「やべ」


 そっちはフロンティアだ。マズいのでは?

 まあ、魔物は結界で侵入出来ないし、逆に人がフロンティアに出て行くこともできないけど……野生の獣なども居るかもしれない。


「あ、あれ……マリーちゃん?」


 ロールさん……

 まあ、こんな時の為について来たのだ。マリーの後を木々に隠れながらこっそりと追って行くことにした。


              **********


 何かに誘われるように、マリーは森の中を縫って進んでいく。実際、僕にもこんな時があった。

 これは多分、魔物の放つ邪気に誘われているのだ。僕のように神能を持つ者は、魔に対抗する為の神気を生まれつき持っている。それが邪気に対して反応し、何となく惹かれるのだ。

 無論、僕と同じ……霓天の英雄スフィルの血を引くマリーにも、その気質はあるのだろう。


 しばらくマリーについて行くと、フロンティアとの境界に着いた。

 マリーはしばらく柵沿いに歩き、そして……


 柵に空いていた穴からフロンティアへ出てしまった。


「ちょっ……!?」


 なんでこんな所に穴があるんだ!?

 クソ、点検もしてないのか?

 ……しかしこの穴、狭いな。フェンスの切れ目が肌にこすれて痛い。


 ここで出て行ってマリーを止めるべきだろうか?

 うん、そうしよう。何かあってからでは遅い。

 そう考え、足を踏み出そうとしたその時、


「マリーちゃん! はぁ……はぁ……そっちは危ないから……ダメだよ!」


 息切れしたロールが走ってきた。危なかった、あと一歩で見つかっていたところだ。

 穴を潜り抜けた際に引っ掛けたのか、服が所々ほつれていた。


「ここは魔物が出るから……帰ろ?」


「うん、でも……」


 マリーは何かを躊躇っているようだ。


「どうしたの?」


「だれかが……呼んでるの」


「呼んでるって……マリーちゃんを? わたしには何も聞こえないけど……」


 僕も聞こえない。

 マリーは僕よりも邪気への感度が高いのか? いや、それは考え難い。幼少からどっぷりと神気に浸ってきた僕は、些細な邪気でも感じ取る事が出来る。


「……! 早く行かないと……!」


 急にマリーが慌てて走り出す。


「あ、ダメだよ! マリーちゃん!」


 ロールが慌ててそれを追う。

 こんな魔物だらけの場所を戦闘力もない人が走るのは自殺行為に等しい。

 やはり来て正解だった。何かあったらすぐに出よう。可能であれば、遠方から気づかれないように魔術で魔物を倒したいところだ。


              **********


 たどり着いたのは静謐な泉だった。

 道中に彼女たちが魔物に遭遇しなかったのは、近づこうとするヤツを僕がこっそり倒していたからだ。


「ここは……」


「こっちから呼ぶ声がしたの」


 二人は辺りを見渡すも、そこには何も居ない。

 僕も特に何も気配は感じないが……何か違和感があるような?


「何もいないみたいね……さ、帰ろ?」


「う、うーん……」


 やはりマリーは未だ納得がいかないみたいで、戻るのを躊躇っている。


 ──その時、


「ォォォォォオオ……!」


 泉が盛り上がった。

 そこから姿を現したのは、一体の魚人……両手には巨大な剣、鋼よりも硬い鱗に、二本の捻じ曲がった角。半魚人(アドゥルメイダー)という凶悪な魔物だ。ちなみに、魔物が持つ剣や防具はその魔物の身体の一部である。


「きゃっ……! マリーちゃん、逃げるよ!」


 ロールがマリーの手を引いてその場から離れようとする。


「ダメだよ……あの魔物! あの魔物が泉の奥にいる人を食べちゃうの!」


 魔物は人を食べたりしない……というのは置いておいて、泉の底に人……?

 まさかこの危機の最中にもマリー独特の世界観が炸裂しているのか?

 いや、流石にないだろう。


 そろそろ出るべきだろうか。流石にあのレベルの魔物は遠方からの魔術じゃ倒せない……というか、まともに戦っても勝てるだろうか……


「いいから、早く! わたし達じゃどうしようもないから!」


「う、うん……ごめんなさい」


 二人は慌てて駆け出す。

 だが、それを呑気に見守る魔物ではない。魚人の形ではあるものの、アドゥルメイダーは地上に上がる事もできる。

 アドゥルメイダーは飛び上がり、凄まじい勢いで両手の剣を二人に振り下ろそうとする。


「ダメ……逃げきれない! こうなったら……解放して……」


土壁(ネアゲイル)!」


 土の魔術によってその剣を受け止める。

 突発的に二人と魔物の間に出現した土壁は、更なる魔物の剣による力押しによって粉砕される。


「二人とも、下がって!」


「えっ!? アルス、なんでここに……!」


「ぐ、偶然通りかかったんだ。とにかく、危ないから!」


 そんな御託を並べている最中にも、魔物の苛烈な攻撃は続く。

 二本の大剣による薙ぎ払いを躱し、口から放たれる水のブレスを炎属性の魔術で相殺する。発生した土埃と水蒸気に姿を隠し、懐に入り込む。

 狙うは一撃必殺。魔物は生物ではないが、生物の身体の機構を複製して生を受ける。故に、相手が魚人であるならば狙うべき急所は心臓、或いは首。


「ォォッ……!」


 胸元には硬質の鱗が備えられていたので、全霊の一撃でも通るかは疑わしい。


「炎よ!」


 アドゥルメイダーの弱点属性である炎属性を最大火力で剣に宿し、首を一閃する。せめてもの相討ちを狙ったのか、ブレスが口内から放たれようとしていたが、首を蹴り飛ばして明後日の方向へブレスを逃す。


 ほどなくして、絶命した魔物は邪気となり霧散していった。


「はぁ……」


 久々に死線を潜ったな。まだ少し手が震えている。


「アルス……ええと……色々言いたいことはあるんだけど……今は、ありがとう。助かったよ」


「あ、ああ……それじゃあ僕は偶然通りかかっただけだから、こ、これで失礼するよ」


「……ふふ。今はそういう事にしておいてあげる」


 役目を終えたので邪魔者はさっさと森へ帰ろう。

 そういえば、マリーの言っていた人とは誰だったのだろう。


「……あの、だいじょうぶですか」


 陰から覗くと、マリーが泉に向かって話かけていた。ロールはそれを不思議そうに見守っている。


 そして、再び泉から何かが飛び出した。

 今度は魔物ではなく、青い光の玉。俗に精霊と呼ばれる存在かな。姿が見えているということは、誰かと契約していない精霊だ。人前に現れることは滅多に無いが……


「わ、なにこれ?」


 精霊はマリーの周りをクルクルと回ってから、泉へと戻って行った。

 恐らく、精霊の贈与(リンヴ)だろう。自身の上位存在から何かを授けてもらうことを受贈(リンヴル)、逆に下位存在へ授けることを贈与(リンヴ)という。


 まあ、僕も精霊の生態はよく学習していないのであの贈与(リンヴ)に何の意味があるから分からない。少なくもデメリットではない。


「あの人が、ありがとうって言ってたよ」


「……そっか、助けられて良かったね。それじゃ、帰ろっか。帰り道は通りすがりの誰かが魔物を追い払ってくれるみたいだし」


 まあ、誰かが襲われそうになってたら助けるのは当然だ。僕はここに偶然用事があって、誰かが魔物に狙われていたから助けただけなのである。


 しかし、マリーは精霊との親和性がかなり高いみたいだ。もしかしたら四葉(よつのは)との適性も僕より高いかもしれないな。流石はマリーだ。



 かくして、危険な校外学習は幕を閉じた。

異伝は異伝です。本編とは関係ありません。いや、やっぱりなくはないです。

第2部以降の本編に絡んできます。

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