21. 約束、そして
「……さて、今回の騒動について纏めようか。襲撃の首謀者は五大魔元帥『魔王』。現在は退却し、神域から魔物は消えた。そして喜ばしいことに被害者は無し……と」
翌朝。神殿前の広場にて、この地に来た時と変わらぬ面々が揃う。
父が現状を整理し、ひとまずの落ち着きは取り戻したところだ。
「今回の件についてだが、ルフィアに報告する必要があるだろう。……無論、ディオネにもな」
タイムさんもまた疲れを隠せないように気怠げだ。
寧ろ元気なのは一夜を寝て過ごした子供達で、大人達は一晩中僕らを探し続けてたみたいだ。
「……報告はしなくてよい」
ふと、聞き覚えのある威厳ある声が聞こえる。
神殿内から姿を現したのは、人間に変身したジャイルだ。
「あなたは……?」
「人の子よ、我は龍神。今は人の姿をとっておる」
スターチさんの問いかけに対し彼が答える。
まあ、龍神の種族は竜種ではなく神族。現出している姿は仮のものに過ぎない。これは他の神々も、アテルも同じ事だ。将来は僕だってそうなるだろう。
「これは……! 失礼致しました! 龍神様、報告する必要がないとはどのようなお考えでしょうか?」
「あの魔族には二度とこの地に踏み入れぬように呪いをかけた。神域の問題は神族の問題、人に手出しは無用だ」
「はっ……かしこまりました!」
三者は一様に跪き、ジャイルに敬する。
「それと……」
ジャイルがこちらを見つめ、僕の方へ歩いて来る。
「ふむ……」
なんだかじっと見られているぞ?
僕の顔に何かついているのか?
「アルス、この神域で誰と接触した?」
「え……?」
それは、どういう意味だろうか。
「えっと……ここにいる皆と、魔王と、その配下の赤鎧だけど……」
「ふむ、勘違いか? 妙な因果を感じてな。混沌でも秩序でも無いような……いや、そんな者が在る筈もないか。何でもない」
「あ、ああ……」
混沌でも、秩序でもない因果?
この世界はその二つの因果の相克により成り立っている。他の因果など存在する筈がないと思う。ジャイルも同じ結論に至ったようだけど。
話を聞いていたスターチさんが口を開く。
「そういえば、私はタナンという方にお会いしました。魔物の攻撃から助けてくださったのでお礼を言いたいのですが、姿が見当たらず……」
「ふむ、その者は我の知己である。後で謝意は我から伝えておこう」
「はっ、ありがとうございます!」
それだけ告げてジャイルは神殿へ戻って行く。僕はその背中をただ見送っていた。
「しかし、アルス。龍神様には敬語を使いなさい。お前らしくもないな」
「あ、ごめんなさい」
父に怒られた。親戚のおじさんみたいな感覚なのだが、確かに他の人の前では畏まった態度を取った方が良いか。
「さて、これで終わりだな。色々あったが……予定より長引いたし、さっさと帰ろう」
タイムさんの掛け声で皆は帰路の準備を始める。
激動の一日だっだが、死者が出なくて何よりだ。僕は一度死んだらしいけれど……
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神域の港、ただ年に一度だけ使われる為だけに作られた場所から僕と父以外は船に乗り込む。辺りにはいつも通りの静寂が訪れ、波音が響いていた。
「では……帰路に着く。ヘクサムにアルス君。達者でな」
「今回は大変だったね。ディオネに戻ってゆっくり休んでくれ」
タイムさんとスターチさんから別れを告げられる。ミトロン家とナージェント家とはここで別れる事になる。
「はい、お疲れ様でした。また宜しくお願いします」
僕と父は直接リーブ大陸のエルワイス港からディオネに戻る。往路を戻るアリキソンやユリーチ達とは別の帰路だ。
「アルス、元気でな!」
「また会おうね」
彼らとはまた一年後に会うことになる。そう考えると寂しさも紛らわせる。
「……ああ。二人とも、一年後に会おう」
「次に会う時は負けないからな。絶対にお前より強くなってやるよ」
「僕も、まだまだ目指す強さには至らない。……次も負けないよ」
再決闘の約束をアリキソンと交わし、船の出港を見送る。眩い光を反射する光がどこまでも広がっていた。
「今回の事件は想定外だったが……お前も成長出来たのではないか?」
「うん。僕はまた一歩強くなれた」
「……強く、か」
父はどこか遠いところを見つめ、呟いた。
何を思ったのだろう?
「さ、行くぞ」
帰路は何事も無く、僕達は無事にディオネ神聖王国へ帰国したのだった。
1章完結です




