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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
1章 光あれ
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17. 死してなお

 雨脚は一層強くなり、目に入る水が走りを邪魔する。アリキソンが指し示した方角をひたすら走るも、人影は一向に見えてこない。


「邪魔だ!」


 それどころか、視界に映るのはこちらに殺意を向ける魔物のみ。それらを往なし、斬り付けながら進む。

 そんな時、


「爆発音……?」


 少し離れた場所から、身体に響く鈍い音が轟いた。その音は僕も何回か聞いた事がある。

 炎魔術を行使した時の音に近い。それも、かなり練度が高い。

 即座に進路を変え、その方向へ走って行く。


              ----------


「燃え上がれ、獄炎(キランジマノフ)!」


 絶えず現れる魔物に対し、爆炎が舞い上る。これで何発目か。

 同胞が吹き飛ばされ霧散していくも、魔物達は怯みもせず少女に突撃して行く。


「キリが無い……獄炎(キランジマノフ)っ!」


 再びの爆炎。その年齢では扱える者が殆ど存在しない魔術を、ユリーチ・ナージェントは使いこなしていた。

 しかし天才にも魔力の限度はある。このまま無限に攻めてくる魔物の相手を続ければ、いずれ終わりは来るだろう。

 それは彼女自身も分かっているものの……


『グオオォォッ!』


 既に周囲は魔物達に包囲され、退路は無い。魔術でその場を凌ぐ事も時間の問題だ。

 彼女の脳裏には一つの脱出手段が浮かんでいるものの……それを行使することは絶対にない。

 そうして苦戦している間に、背後に一体の魔物が忍び寄っていることに彼女は気づいていなかった。


『ガアッ!』


「しまっ……!」


 哮りと共に魔物が背に喰らい付こうとする。

 ユリーチは慌てて身体を回転させて避けようとするも間に合わず、


『ゥ……ガッ……!?』


 ユリーチの視界が暗闇に閉ざされる。

 しかし。直後に痛みが走ることはなく、鋭利な剣先が魔物の胸を貫いていた。


「ユリーチ、こっちだ!」


「……っ、遅かったわね!」


 駆けつけた少年……アルスによって包囲網の一角が崩れ、二人はその場から離脱を図る。

 そして、魔物の群勢も彼らを逃すまいと追跡を開始する。


              ----------


 入り組んだ森を走り、躓かないように注意しながら背後を確認する。視界から魔物は消えているが、まだ追って来るだろうか。


「……はぁ、ここまで来れば大丈夫かな?」


「まだ速度のある四足型が追ってきてる。下がってて、一掃する」


 そう言うとユリーチは一歩前に出て短杖を構える。しかし、彼女は魔力をかなり使っている筈だ。これ以上の行使は危険性が高い。


「待って、ここは僕が……」


「いえ、大丈夫。アルスは魔力切れを心配してるみたいだけど……この程度じゃ私の魔力は尽きない。それに、一発で終わらせれば良いし」


「分かった、任せよう」


 多少の不安はあるものの、そう言われたら信じるしかない。

 ユリーチがその身に宿す魔力は、徐々に形と属性を成すモノへと変化していく。

 しかし、目前の気はどこか異質なものであった。


「神気……?」


 発せられるそれは魔術とは明らかに異なり、触媒に魔力自体は使用されてはいるものの、属性は未だかつて見たことの無いものだ。

 眩い光が雨雲に覆われた大地を照らし出す。それは人々に救済の灯火とされる、あたたかで貴き光。


「ファローリィ!」


 光はいくつもの矢となり、森中を照らし出す。

 ありとあらゆる魔を貫く極光は、魔物の群勢を殲滅した。



 ユリーチの光魔術によって照らし出された鬱蒼とした森。

 暗闇に慣れた獣や鳥達が閃光に驚き動き回る。目を凝らして森の深奥を見てみても、そこに魔物の姿は無かった。


「……凄い」


 あまりの殲滅力に僕は感嘆の声を漏らしていた。

 魔に対して特攻性を持つ輝天の神能、『光喚(ひかりよび)』。

 僕の神能も強力ではあるが彼女のそれは派手でカッコいいな、とも思ってしまう。


「……別に凄くないよ、こんなの。努力で身につけたものじゃないし。アルスも神能使えるでしょう?」


「まあ、そうだね。それにしても……光魔術をさっき使ってれば良かったんじゃない?」


「そ、それは……」


 言葉に窮するユリーチ。

 ……しまった。光魔術に関する話題はあまり良くないのだった。

 こちらもどんな話をしようかと、しどろもどろしているその時だった。


 ──殺気。


 僕がユリーチを引いて飛び退いたのは、それを感じたのと同時だった。


「え、なに!?」


「ヌァアアアアアッ!! 小賢しいッ!! 忌々しきニンゲン供がァアアアアッ!!!」


 森の暗がりから姿を現したのは人型の魔族。

 手には巨大な槍……かなりの邪気を放っている。

 戦ってはいけない、直感がそう告げる。


「アルス……あれ……」


「逃げるよ、こっちだ!」


 風を纏い、ユリーチの手を引いて咄嗟に逃げ出す。

 あれ……おそらく『魔王』は化け物だ。

 触れてはならない禁忌、悪意の権化。


「無駄ダァッ! 逃げ惑ェ、愚かなニンゲン!! 弱き種族……我らが憎悪をその身に刻め!」


 背後から悍しい叫び声が聞こえる。今はとにかく逃げるべきだ。

 父やタイムさんを探し、どうにかしなければ。

 急勾配の坂を下り、一気に駆け抜ける。この速度ならばついて来れない筈だ。


「アルス、前ッ!」


 背後に気を取られていると、ふとユリーチの声がした。

 眼前には──


『そこまでじゃ、人の子らよ』


 真紅の鎧。

 無機質なソレは冷徹な声でそう言った。恐らくはあの魔族……魔王の手下だろう。


 ……どうする。前方には赤鎧、後方には魔王。

 進んでも退いても脅威は避けられない。どちらかと言えば手下の鎧の方が逃げられる可能性は高い。


「……そこをどいてくれ」


『愚かよの、彼我の力量差も測れぬとは。ここで果てるがよい』


 互いに剣を抜き相対する。

 何とか切り抜け、この場を脱出できればそれで良い。背後にはユリーチがいることも考慮して……


『どこを見ておる』


「……!?」


 一瞬、赤鎧がブレたかとおもうと僕の首筋には擦り傷ができ、鮮血が滲み出ていた。


「くっ……」


『ふむ、勘の良いことだ』


 全く動きが読めなかった。

 アリキソンと戦った時と同じように魔力を使い、動体視力を強化する。雷速を超える動きは流石に相手も出来ない筈だ。


獄炎(キランジマノフ)!」


 ユリーチが背後から鎧へ炎属性の魔術を放つ。圧倒的な熱量に包まれる魔鎧。

 本来ならば塵も残らぬ威力を誇る魔術だが……


「そんなっ……!」


『ほう。強力な技であるが、無意味よ』


 まるで鎧は何事も無かったかのようにその場に立っていた。


「魔結界、か」


 魔術に対する付与式の防御結界。

 建物の保護や魔道士との戦闘に用いられる技術だが……この魔族は鎧そのものに魔結界を張っているようだ。


『正解じゃ。その慧眼、無くすには惜しいが……そろそろ死んでもらおうかの』


 鎧はそう宣告すると、兜を外し……

 空洞の中に収められている一本の剣。魔力と僅かな邪気が伴う魔剣だ。

 魔王が持っていた槍ほどでは無いにせよ、アレに斬られれば命が危うい。


 刹那、鎧の像が動く。

 だが先程の様に見切れぬ訳ではない。魔力によって身体能力を強化した今ならば……


「」


 ……何だ?


 鎧はその場で魔剣を一振りしただけだ。

 距離は取った。

 見切れぬ筈がない。

 当たる筈がない。


 だが──


 「かはッ……?」


 僕の腹は裂かれ、腕が斬り落とされていた。


 じんわりとした暖かさが身体を覆うと共に、また傷口から抜け出していく。

 激痛が感覚を支配する。

 この凡そ七年半という短い生涯の中で最大の痛みが、生命の危機を伝える為に駆け巡る。


「アルスっ!」


 ユリーチの声が聞こえる。

 いつもよりくぐもった声に聞こえるのは……意識が沈みつつあるからだろうか。

 痛い、苦しい。耳鳴りがする。


 ……死にたくない。

 そんな願いとは裏腹に。

 炎の上で転がされるように熱さは増していき、痛みは理性を保てない程に高まり、


「ま、だ……僕は……」


 …

 ……

 ………


              ----------



『……ふむ、息絶えたか。距離があれば避けられる、それは素人の浅い考えじゃ。幼さ故の敗北であるな』


「アルスっ……! 待って、まだ……」


 目の前でアルスが倒れている。

 鮮血が足元に広がっていく。

 ……それなのに、


『この状況でも動けぬお主が他者の心配など、笑えることよの。まあ、その狡猾さが人間という穢れた種族じゃからなあ?』


 赤鎧がせせら嗤う。

 アルスの傷は私の治癒魔法で治せる範囲をこえている。まして即死に対する回答など、神でもない限りある筈も無い。


「ああ……」


 けれど……どれだけ敵が強大でも、それでも動くのが仲間として、友としてすべき事ではないだろうか。


『わしにも情けはある。すぐに仲間の元へ送ってやるからのう?』


「……ふざけないで」


 馬鹿げたことを魔族が喚く。大切な絆を奪っておいて。

 私は、認めない。

 アルスが死ぬことも、私が負けることも。


 ──でも、怖い。


『ふん、お主に何が出来る』


 そう、何も出来ない。

 でも、それは私が自分自身に蓋をしているから。


 ずっと怖くて、逃げて逃げて……逃げ続けてきた。

 私にしか、できないことなのに。


 この魔に立ち向かう勇気を、彼は持っていた。

 そして、私は……


『では、死ぬがよい』


 鎧が一歩前に踏み出す。

 殺意が一身に当てられる。この距離があの魔剣が届き得る範囲なのだろう。


「……光よ」


 私には、私には力がある。

 ずっと蓋をしてきたんだ。

 だけど──


「ごめんなさい」


 謝ったところで死人は帰らない。

 もっと早く動いていれば。そんな罪悪感が全身を這うけれど。


 きっと、私の尊敬する『あの人』なら、こう言うでしょう。


 ──今は、前を向けと。

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