13. 嵐と四色
高層建築で繁盛する街中を進む。
ディオネと同じほどの規模である、ここはマリーベル大陸の最大国家、ルフィア王国。
違いがあるとすれば、温暖な気候と積雪を考慮していない細長い天廊だ。
進むにつれ、次第に建物の大きさも大きくなっていく。遠方に見えるは威厳ある白亜の王城。その下に広がる街を父の背中を追って進むと、一軒の巨大な屋敷が見えてきた。
「着いたぞ。あれがミトロン家だ」
……正直、ホワイト家の数倍はあるように見える。我が家は使用人も雇っていないし、必要のない部屋も少ないが、名家となればこれくらい豪華な屋敷が普通なのだろうか。
「おっ、来たかヘクサム」
使用人に案内された僕達を迎えたのは金髪の男性で、年齢は父と同じくらい。
特徴的なのは……彼の左腕が無い、隻腕だということ。流石にこの人は有名なので僕も知っている。
タイム・ミトロン。
かつては武勇で名を馳せ、ルフィア最強の戦士とまで謳われた方だ。ある時片腕を失い、前線を退くこととなった。
「一年振りだな。アルス、挨拶しなさい」
「はじめまして、アルス・ホワイトです。以後お見知り置きを」
「ああ、噂は聞いているよ。私はタイム・ミトロン。……おい、アリキソン? お前も挨拶しろ」
そう言うとタイムさんは後ろを振り向く。
扉が少し開き、一人の少年が姿を現わす。
歳は僕と同じくらいだろうか、タイムさんと同じ金髪の少年が不満気にこちらへ歩み寄って来る。
「……アリキソンだ」
彼はそれだけ告げて、踵を返そうとする。
「おい、アリキソン。お前も少しはアルス君を見習ってだな……」
「チッ、うっせーな。挨拶しただろ」
タイムさんが彼を諫めるも、アリキソンと呼ばれた少年は大きな音を立てて扉の奥に行ってしまった。
「……不躾な息子ですまない。私の息子のアリキソンだ。出来れば、アルス君と仲良くしてほしいと思ったのだが……」
「はっはっは。タイム、相変わらず苦労してるな。まあ、気長に耐えることだ」
渋い顔を浮かべるタイムさんを父が励ます。親しい間柄なのだろう、二人の間に隔たりは感じない。
……しかし、あれが年相応の親への反応なのだろうか。僕ももう少し反抗的になった方が……いや、やめておこう。別に何か利益がある訳でもない。
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屋敷の中に迎え入れられ、父とタイムさんが話をするというので待つことになる。
……退屈だ。近くにある本棚から本を取って読むも、あまり興味はそそられない。僕は歴史物が好きなのだが……よく分からない哲学本ばかりだ。
一年ぶりの友人との再会ともなれば、単純な世間話なんかで長引く事は容易に想像できる。
「……おい」
ふと、背後から声がかかる。背後の者は気配を消していないので気付いていたが。
振り向くと、先程の少年……アリキソンが居た。
「ああ、何かな」
「俺と手合わせしろ」
──その誘いを待っていた。
誘われなければ、僕の方から申し込むところだった。その目的は碧天の神能、『嵐纏』を知ること。
果たして、僕の『四葉』が通用するのか。それを確かめるために。
僕はアリキソンに連れられてミトロン家の中庭に出る。修練をするには十分な広さだ。
「ところで、どうして僕と手合わせを?」
彼に尋ねてみる。目的は何だろうか。
「俺は、父さん以外の誰にも負けた事がない。父さんはお前を見習えと言うが、俺は俺より強いヤツ以外は認めない」
負けたことがない、か。恐らく神能の中でも最強と言われる嵐纏がそれを可能にしているのだろう。黒天の神能は子孫が居ないので詳細は不明だけれど。
「だから、さっさと俺に負けろ。どうせお前も俺に勝てないんだろ」
それは……随分と挑戦的だ。
甘く見られたものだ、と少し苛立ちつつも冷静になる。確かに、この年齢で敗北を知らなかったらこんな態度にもなるのだろうか。
「まあ、勝敗はともかく。尋常に勝負だ」
「……ふん」
互いに隙なく構える。
相手が碧天の血筋とはいえ、僕にも武人としての誇りがある。四歳から毎日……ただただ強さを追い求めて来た。
だからこそ、負けられない。
「いくぞ!」
その声が聞こえた刹那。
アリキソン姿は消えていた……いや、消えたのではない。凄まじい速度で動いていたのだ。
僕が風を纏って速度を上げるように、彼もまた何かしらの手段でそうしている。
「……っ!」
何とか紙一重で振り上げられた斬撃を受け止める。見えていた訳ではない。
受け止められたのは何度も修練を重ねた感覚だろうか。相手がこの間合いならこう動く、ということが身についていたからだ。
……とは言え、その反応がアリキソンを怯ませたようで、彼はすぐさま後方へ下がる。
「……見えて、るのか?」
「さあ、どうだろうね」
言葉を濁し、思考をフル稼働させる。
──マズいな。
この常識外れの速度をどう見切るか。父ですらもこれほどまでに速い攻撃は仕掛けてこない。
「はあっ!」
彼は再び動き出す。
しかし、今度は何とか追いついた。
身体に風を纏い、速度を上げると共に、魔力を巡らせて動体視力を底上げする。
これは二つの魔力を同時に維持している為、長くは持たない。その上でかなりの負荷がかかる。
短期決戦でいくしかないか。
そう判断すると、すぐに攻勢に打って出ようと動き出す。相手がいくら速いとは言え、その太刀筋は一つしか無いのだ。
「そこだ!」
斬り込んだところで気付く。
彼の立ち回りは練度が低すぎる。その神能の強力さにかまけて鍛錬を怠ってきたのが丸分かりだ。
……これで剣術まで鍛え抜かれていればどうしようもなかったが、これならば勝機はある。
「クソッ! 雷鳴!」
彼の指先から電撃が走り、一直線に飛んでくる。動体視力を魔力で補強しているため見切れなくはないが、かなり速い。
焦りを感じるも、僕の攻撃は素早く躱される。彼の動きは素人と遜色ないが、この速さが厄介だ。
……ならば。
僕は二重の上に更に魔力を重ね、三重の魔力を繰り始める。
これは範囲攻撃を放つため。動きの速い相手への有効手段である。
「ぐっ……!」
剣戟の目眩で倒れそうになるが、技を打てるまで後二秒。
火、水の属性を束ね剣に宿す。
一秒。纏っていた風の魔力を全て技に注ぎ込む。
あまりに威力を高めると大怪我させかねない。ならば、その魔力を回す先は威力ではなく範囲を広げること。
「させるか……!」
アリキソンがこの一撃を阻止しようと飛び込んでくる。
──この距離ならば、避けられない。
「はぁああああっ!」
彼の剣が届く前に、僕の剣を振り下ろす。
火属性と水属性を併せ持つその範囲攻撃は爆破を発生させ、この中庭一面に弱威力の衝撃を発生させる。
煙を晴らし、前を見据える。
頼むから……これで終わってくれ。
そんな願いが通じたのか、碧天……アリキソンは倒れ込んでいた。
【碧天】……四英雄の内の一つ。初代『碧天』はローヴル・ミトロン。嵐を操る神能『嵐纏』を持つ。長年ルフィア王国の威信を保っている、由緒ある家系




