12. 旅立ち
「はっ!」
風に乗せた一撃を叩き込む。それは狙い通りの軌道を描き、一本取ることに成功する。
「クソ、やるな! もう一度だ!」
「はい!」
僕は今、ディオネ王城の訓練場で修練していた。三ヶ月前に父が使用の許可を取ってくれて以来、毎日のようにここへ足を運んでいる。
相手が父だけに限られず多種多様な相手を経験する事で、この短期間に飛躍的に実力がついたと実感できる。
相手は新人の騎士から聖騎士まで様々だ。
しかし勝負には相性というものがあり、騎士の階級によって有利不利が決まる訳ではない。もっとも、階級の差があれば実力の差も段違いである。
例えば、僕は魔術耐性の高い相手が苦手だ。四属性を操る神能『四葉』は身体強化を魔術に頼る事が多い。
その対策をされると純粋な力勝負を要求され、苦戦することになる。
余談だが、なぜか槍使いの騎士には一度も敗北したことがない。……どうしてだろう?
「ヤコウさん、今日はこれで終わります」
「おう、お疲れさん」
ヤコウさんも最近はよく訓練に付き合ってくれる。父とは違い、彼は防御主体の戦い方なので苦手なタイプだ。だからこそ、勉強になる。
そうして今日も訓練を終え、帰路へついた。
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「ただいま」
「お帰りなさい。手洗うのよ」
「はーい」
帰ると、いつも通り母が家事をしていた。その横のソファでマリーが寝転んでおもちゃで遊んでいる。
「お兄ちゃん、疲れた?」
「うん、いつも僕は全力で訓練してるからね」
「じゃあ、私がごはん作ってあげる!」
マリーがおもちゃの食器を差し出す。
……かわいいなあ。
僕にもこんな時期が……無かったな。
まあいいや。いつものようにマリーと遊んだり、勉強をしたりして父の帰りを待った。
その夜。
父が僕を呼び出したので、二階の書斎へ行く。
部屋のドアをノックし、書斎に入る。こんな時は大体急な用事が入った時だ。
「来たか。アルス、二日後にルフィア王国へ行くぞ」
「うん、分かった。準備しとくね」
「あ……ああ。今回はミトロン家、ナージェント家と会うことになる。お前と近い歳の子もいるからな」
ミトロン家……碧天の家系だ。
碧天の神能は『嵐纏』。
その身に風と雷を宿し、一騎当千の力を得る。神能の中でも最強と謳われる。
また、ナージェント家は輝天の家系。
神能は『光喚』。
固有の理外属性である光魔術を操る。
ホワイト家以外の神能を持つ家系に会うのは初めてのことだ。正直、かなりワクワクする。
「それじゃあ、出かける準備しとくね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
その夜、僕は胸を高鳴らせ床に就いた。
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「行ってらっしゃい、気をつけてね」
「お父さん、お兄ちゃん、行ってらっしゃい!」
母とマリーに手を振り、魔導車に乗り込む。
初めて国外へ出る。雪が降らない大地、一年中雨の降る森、砂だらけの広大な大地。
まだまだ知らない、見たことない世界があるのだ。僕は今、その最初の一歩を踏み出そうとしている。
「では、行くぞ」
魔導石が煌き、街道を進み出す。
景色が次々と流れていった。
魔導者で駅に着き、世界中の都市を繋ぐ鉄道に乗り込む。
ディオネ神聖王国のあるリーブ大陸と、ルフィア王国のあるマリーベル大陸の境目の関所に到着した。
ディオネは気温が低く降雪量が多い地域だったが、ここまで来ると暖かな土地である。アテルからは各国の知識を教わったが、実際に体感するのはやはり違うものがある。
関所を超え、マリーベル大陸のシロハ王国の路を行く。まだここからルフィアまでは長い。
「ところで、何でミトロン家とナージェント家に会いに行くの?」
「神域への参拝だ。お前も将来行く事になるからな、他の家とも話し合って子供達を連れて行くことにした」
神域への参拝。
年に一度、碧天・輝天・霓天の末裔が神域に居る龍神に会うしきたりだ。
アテル曰く、別に神々が定めたわけでは無いらしいが……百五十年前の魔神戦役で人類が神々に救われたことから始まったものらしい。
まあ、今日でも神々は人の争いには干渉しないにせよ、災害などからは救いを齎している。
しかし、人間が謝意を伝えるための参拝だというのは納得出来るが……年に一度というのはスパンが短か過ぎないか?
「何だ……?」
そんな事を考えていると、急に魔導車が停止した。
窓から身を乗り出して見てみると、そこには大型犬くらいの大きさのトカゲが数匹。
あれは魔物。動物とは違い生物を襲う為の本能しか持たず、身体を構成する物質は全て邪気。魔力による精霊体と似たような感じだ。
フロンティアと呼ばれる人の住まない地域から湧いて出るのだ。
「……ふむ。いい機会だ、アルス。人間以外との戦闘訓練も積んでおくと良いだろう」
「はい、任せて!」
剣を引き抜き、魔物と対峙する。
図鑑の知識では下級の魔物だが、油断大敵。人と戦い慣れてはいるが、魔物とは初めての戦闘なのだから。
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氷を纏わせた刃で周囲を薙ぐ。『四葉』により、全ての属性に適正のある僕は相手に応じて戦術を切り替えることが出来る。
「……終わったか」
剣を鞘に納める。やはり神能は魔に対抗するための力だけあって、有利に戦えた。
「上等だ。では、先は進むとしよう」
父は何事も無かったかのように魔道車に乗り込む。……そもそも、街道に魔物が入り込むなどあってはならないのだが。結界で防ぐか、結界を超える強力な魔物を観測した場合は即座に騎士や傭兵が倒すのだ。
他国の人間である僕が言うのも何だが、もう少し警備を強化した方が良い。
こうして国による違いは良い側面だけではないことを学んだのだった。
【神域】……リーブ、マリーベル、アントスの三大陸に挟まれる、海域が大部分を占める領域。どの国の支配下にも置かれておらず、神々が住まう土地とされている
【魔物】……フロンティアと呼ばれる、人里ではない土地に発生するモノ。全身が邪気で構成されており、生物種として扱われない。秩序の因果を持つ。
【フロンティア】……世界の半分近くの土地を占める領域。人里が暮らす土地と、魔物が発生するフロンティアに世界は分かれており、まるで盤上のようになっている。本来の意味の「未開拓地」を指すものではない




