10. 猟犬の作法
鋭く振るわれた剣が暗器を叩き斬った。
シザンサの幻惑と、クロックの追撃のコンビネーションが続く。ヤコウさんはそれらをすべて往なし、反撃に転じる。
先程から悶着状態が続いており、決着がつかない。しかし、こうしている間にも王城や近くの詰所から援軍が迫っており、実際にはヤコウさんが有利……といったところだ。
「くそッ! コイツの異能厄介だなァ!?」
彼らはこの場から逃げられない。
恐らくはヤコウさんの異能だろう。彼の半径十メートル程にうっすらと黒い影の円が生み出されている。
そして、グッドラックの二人がその円外に出ようとすると、縁に触れた瞬間に中央に戻される。だが、その転移は瞬時に円の中央に立つヤコウさんにも近づけるということ。転移を利用して二人は攻撃を仕掛けているが、防御に長けたヤコウさんの戦術の前に翻弄されている。
「……ったく、大人しく降参しろ。援軍がくんのも時間の問題だ」
「囚われの身になるくらいならワタシ達は死を選ぶ……それはアナタも知っているでしょう?」
妖麗に、されど苦しげにシザンサが微笑む。周囲に対する幻惑も解け始め、焦りが見て取れる。
──僕はただ、眺めていることしかできない。
「しゃあねえ、懺悔しろ。死なないように祈るんだな」
「シザンサァ! なんかヤベーのくんぞォ!」
ヤコウさんの急激な魔力の高まりに、二人は防御の姿勢を取る。どちらにせよ円内から逃げる術はない。攻撃を耐えるしか打つ手はないのだろう。
周囲の魔力が爆発的に連鎖し、鼓動する。魔力の流れを見るに、彼の適正属性は風。霓天の神能を持つがゆえに僕は見切ることができた。
そして……これは魔術を剣に宿している、か。正統的な剣士の戦い方だが、その質は圧倒的。恐らく……次の一振りで決着は着く。
「っ……!」
悔しさに思わず唇を噛む。
僕は……このまま見ているしかないのか?
でも、今ヤコウさんを止めたら僕も犯罪者に加担することになる。
――そんな逡巡はいつまでも続かない。終わりが来る。
「はああああっ!」
ヤコウさんが雄叫びを上げ、渾身の一刀を放つ。その一撃は僕がかつて見たこともないほどの破壊力を誇っていた。もはや……グッドラックの二人の命はないだろう。
……そう思い、目を閉じた。
「ばっ……!?」
「な……!?」
目を開く。
その場にいた誰もが、驚愕の声を上げる。それはグッドラックですらも想定していなかった事態。
「ボ、ボス……?」
クロックが彼に似合わぬ静かな声で呟く。
ヤコウさんの渾身の一振りは突如として現れた男に、黒き刃で受け止められていたのだ。
不気味な覆面を被った男。
「……まずい」
ヤコウさんは飛び退き、他の二人など忘れたかの様にその男を注視する。いや、実際に忘れているのだろう。
なぜなら、その男は圧倒的な殺気をもって場を掌握していたのだから。
――勝てない。
僕は瞬時に悟ると同時に、生まれて初めて明確な『死」を感じ取った。
「クロックにシザンサ、この場は撤退する。目的は果たした」
「……わかりましたわ。しかし、聖騎士は?」
「争っている時間はない。騎士団の援軍が来ている。それに……」
男はこちらへ視線を向ける。僕は肉食獣に睨まれた獲物のように無力さを味わい……瞬きすらできずにいた。
「厄介なモノが視える……神族の加護か? この状況では不足だ、行くぞ」
パチン、と男が指を鳴らすと男の影から一体の翼竜が飛び出した。そしてグッドラックの三人を乗せ、空へ飛び立とうする。
「……」
その時、男が何かをこちらへ向けて呟いた気がした。だが、圧倒的な威圧の前にそんなことはどうでも良かったのだ。
そして彼らはこちらを一瞥もせずに、影の翼竜を駆って空の彼方へ飛び立っていった。
「……ッチ、まあ助かったし良しとするか。アルス、けがはないか?」
男が去って緊迫が一気に霧散する。
……と同時に、クロックとの戦闘で負った傷が急に痛み出す。
「い、いえ……だいじょう、ぶ……です……?」
あれ? 暗い。
痛みはそこまでない。暗器で傷つけられた傷も耐えれないほどじゃない。
でも……なんだ。これ。視界が揺らぐ。焦点が合わない。思考ができない。
落ちていく。ずっと、ずっと……深く……
「おい? アルス、おい!?」
沈み行く意識の中、そんな言葉が僕を追って落ちていった。




