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共鳴アヴェンジホワイト  作者: 朝露ココア
第1部 序章 灰色の因果
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9. 剣と迷い

 その血塗れの男は、端的に言えば不気味であった。顔の左半分を覆い尽くしているのは機械仕掛けの奇妙な装置。赤い光が目の辺りから明滅し、暗闇の中で不気味にこちらを見つめていた。

 僕は彼の姿を捉えた瞬間に後方へ飛び、ある程度の距離を確保する。


「……何者ですか」


「おう! 俺っちは正義の組織の一員、『石刃』のクロック。カッコいいだろォ?」


 男は血糊のついた顔を歪めて笑う。……正義の組織?


「これは、あなたが?」


 下に斃れている数名の衛兵を指す。改めて見ても酷い有り様の死体だ。まるで恨みを晴らすかのように全身を切り刻まれている。


「ああ、ソイツらは死んでもいいクズだからな」


「何を……」


 言っているんだ?

 そう言葉を継ぐ前にクロックと名乗った男は説明を始める。


「そのクズ供はなァ、何の罪もない一般人を愉悦のためにイジメたり、金を毟り取ったり、家に連れ込んだりな、権力を振りかざして好き放題してたんだヨ。まあ、お前みたいなガキに言ったってわからないよな〜」


 なるほど、つまりこの男は犯罪者を裁いているつもりの正義漢気取り。だが、それを為すこの男もまた犯罪者だ。


「だからと言って、あなたに彼らを殺す権利はない。裁くのは国の仕事、あなたは大人しく自首すべきだ」


「うるッせェな!!! 国が何もしないから俺らがやってんだろォ!? ……ま、やっぱガキにはわかんねーか! さっさと帰んな、俺っちは悪人と邪魔者以外の命は取らねー」


 ……彼にまともな会話は通じない。いや、こちらの見方を変えればまだ対話の余地はあるはず。彼の言い分が全て間違っているわけではない。

 国という組織である以上、必ず腐敗は存在するが、それを正すのが行政の役割のひとつでもある。

 まあ、それはともかく。彼は逃してはならない。

 逡巡する。この場から退き、通報すべきか。敵対するのは危険度がかなり高く、神能を持つ身とはいえ、子供の僕が勝てる可能性も低い。だが僕が退いた場合は犯罪者を野へ放ってしまう。


「……あなたの組織名を聞いても?」


 何気ない質問をして時間を稼ぐ。


「お? ソレ聞いちゃう? 聞いて驚けェ! 俺っちは天下の『グッドラック』だ!」


「……なるほど。あなたは社会的にかなり危険な存在だ。逃すことはできそうにない」


「ノンノン! グッドラックは一般人には危害を加えないぜ? 何たって俺っち達の目的は世界平和!」


 ……彼の言葉が真実であろうとなかろうと、ここで見過ごす選択肢は潰えた。この詰所は住宅地も近い。見逃せばどんな惨事になることか。


「ンー、諦めねー顔してんなァ。ガキ殺しなんてしたかねェが、邪魔者は消すからな。恨んでもいいぜ」


 クロックは床の欠け落ちた破片を手に取る。衛兵と争っでき来たものだろうか。

 その破片は、見る見る内に魔力の光に包まれたかと思うと、ナイフ状に変化した。


「なっ……! 一体何が……」


 驚愕している僕にクロックはニヤリと笑い、ナイフをクルクル手の上で回す。


「冥土の土産に教えてやんよ。俺っちの異能、『石刃』。掌サイズのモンなら何だって武器の形にできちまうッ! お手軽便利、最強ォ!」


 暗器がこちら目掛けて一直線に飛んでくる。それを真横に回避し、側に落ちていた衛兵の剣を拾う。


「やっぱよォ、お前ただのガキじゃねェな。さっきの脚を狙った投擲も回避されたしよぉ」


「……一応、騎士のもとで鍛えられているので」


「へェ! 騎士様、立派だなァア。ガキってのは夢があって良き」


 別に将来騎士になると決めてはいないが。

 風を纏い、クロックに肉薄する。横一文字に放った一閃は彼の腹を掠め、服を僅かに斬り裂くだけで終わる。


「ウヒョ!」


 クロックは回避着地し、怯んだ隙を狙う。炎の魔術を放つも、『石刃』によって作り出された暗器で相殺される。


「やっべェ! 舐めてたわこのガキ! 助けてェエエエエエエッ!! ……なーんちゃって」


「ちょ、待って!」


「待つわけねェだろバーーーーカ!」


 彼は叫んだ直後、窓を割って外へ出ていった。

 ……まずい、一般人を人質にでも取られたら。僕はすぐに後を追って駆け出した。


                       ----------


「イヤッフウウウウウウ!!!」


「くそ、待て!」


 顔面の半分を機械で覆った男が、人影のない街中を駆け巡る。屋根を渡り、扉をくぐり、グルグルと建物の周囲を廻る。

 近接戦を主体とする僕では、逃げられてはどうしようもない。魔術を放つが、逃げ回る相手に命中させるほどの精度もない。


「イヤッフウウゥーーー……っと。華麗に着地」


 急にクロックが足を止める。その場所は何の変哲もない公園……いや、唯一違和感があるとすれば先程からまったく人影が見えないということか。


「……ようやく、逃げるのをやめてくれたか」


 何とか息を整え、警戒態勢を維持する。


「あァ、逃げてたわけじゃないが、まァ……楽しかったからな。……おい、シザンサ! このガキ、幻惑聞いてねえぞォ!」


「あらあら、おかしいわね。耐性でもあったのかしら? でも、どうして子供相手に逃げてるの? クロック……」


 物陰から新たな人物が現れる。黒い衣装を纏った不審な女性だ。恐らくクロックの仲間だろう。まずいな、誘い込まれたか。


「幻惑……」


 クロックはそう言っていた。魔術か何かだろうか?


「ワタシの異能、『幻惑』……他の人に嘘の景色を見せるの。この殺人現場に関係のない人達を巻き込まないために……ね? アナタは入り込んでしまったみたいだけど」


「……ひとつ、尋ねたい」


 二対一の状況に持ち込まれた以上、交戦は愚策だ。そこで僕はひとつの提案を試みる。そして、確かめなければならないこともある。


「何かしら?」


「あなた達……グッドラックが一般人に危害を加えるつもりはないというのは本当ですか?」


 グッドラック。その組織を僕はよく知らない。ただ、世界中でテロ紛いの行為を働く集団だということは知っている。

 しかしシザンサが幻惑を使って人払いをしていたことから、一般人を巻き込まないという事実の信憑性は高まった。彼らの行為が許されるわけではないが……ここで無理に邪魔をして僕が命を落とすことは避けたい。


「ええ、ワタシ達はね、悪意によって踏みにじられる命を救うためにある。世間からどう言われようとも、ね」


「たァだし! お前みてーな邪魔者はぶっ殺すけどよお!」


 クロックが啖呵を切り、こちらに暗器を投擲してくる。それを躱し、僕は剣を投げ捨てる。


「……わかった。僕の負けだ、これ以上の邪魔はしない」


「……ハァアアア?」


 クロックはうざったい表情を浮かべながらこちらを見つめてくる。まあ、この態度の急変には無理もないだろう。


「あら、優しい男の子ね?」


「二人を相手にして命を失うのを嫌ったまで。とりあえずこの場は……」


 そのとき、僕の声を遮って。


「アルス、無事か!」


「ヤコウさん……? なぜここに?」


 だらしない着こなしと髪型はそのままに、表情からは気怠げなものが消えたヤコウさんが走ってきた。


「詰所の監視カメラに死体が映ってたと通報があったから、そりゃあな。お前と……そこの機械顔面野郎が映ってたのも見たやつがいる」


「あらまあ。幻惑の欠点は監視カメラの目は欺けないことなのよね」


「めんッッどくせえし、ヤベエな! その服、聖騎士だろ? 死ぬ死ぬ、逃げんぞォ!」


 クロックが幻惑使いのシザンサを連れて逃げようとする。シザンサの手から暗闇が放たれ、視界が一瞬閉ざされる。


「あー、悪いな。『猟犬』からは逃げられねえ。ま、運が悪かったと思って諦めな」


 晴れた視界に映ったのは、逃亡したと思われたグットラックの二人。しかも、先程よりも僕たちの近くにいた。


「……あら? 困ったわね、もしかして聖騎士八位のヤコウ・バロールさんかしら? 狙った獲物は逃がさない猟犬……だったかしら」


「んじゃアルス、下がってな。こっからは騎士様のお仕事だ」


 ヤコウさんは騎士剣を抜き、隙のない構えを取る。この状況、二対二ならば戦いは不利ではないどころか、ヤコウさんがいれば有利なはずだ。


「でも……」


 僕のその逡巡を三人はどう捉えたのだろう。

 恐らくヤコウさんは、僕が協力できないことに罪悪感を感じているのだと。

 グッドラックの二人は、僕の戦闘拒否の宣言を歪めることに対する罪悪感だと……そう捉えたのだろう。


「無理すんな、大分怪我してんだろ。俺はこう見えて聖騎士だ……心配はいらん」


「俺っち達を気にかける必要なんてないぜェ? ま、追いかけっこした仲だ。ガキは下がってなァ、狙いはしねえ」

「アナタはまだ子供だから、優しいのね? どうかその心を忘れないで、ね?」


 各々が僕に対して言葉を投げかけてくる。

 ……僕は、僕はどう動けばいい?

 わからない、考える、わからない。


「何言ってんだか、この殺人鬼ども。……構えろ、斬るぞ」


 ヤコウさんが二人に殺気を向ける。

 閑静な公園に騒乱が巻き起ころうとしていた。

【異能】……個人が持つ特殊な能力。個人によって能力の内容は千差万別で、血筋によって受け継がれる先天的な異能、感情によって発現する後天的な異能がある。神能も異能の中の一つ。

【グットラック】……異能を有する集団の反社会組織。弱者のための闘争を標榜し、世界中に勢力を広げている。

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