プロローグ
蛍光灯の燦然とした光に照らされた真っ白で無機質な部屋に少女が一人、部屋のど真ん中にあるベッドの上で仰向けで寝かされている。
腕には点滴が刺さっており、指先には心拍を計測するプローブが装着され、ベッドサイドモニターに少女の体内の波形が映し出されている。
少女の命が、確実に今を生きているという証が淡々と表示されていく中、少女はゆっくりとその双眸を開いた。
しばらく蛍光灯の明るさに目が慣れず、腕で光を遮っていたが、次第に順応してきたのか、腕を下ろし辺りを首だけ捻って見回している。
(なんだろうこの部屋……)
少女はゆっくりとベッドから身体を起こす。
ミミズが這う様なスピードで、その身をじりじりと起こしていく。
「いたっ!」
胸に鋭い痛みが走った。
起こそうとしていた身体は、痛みに耐えきれずまたベッドに倒れ込む。ズキズキと痛む胸を気にしながら、少女は自分の状態をひとつずつ確認していく。
「何これ……どういう事?」
確認した結果、今の自分の状況が全く飲み込めない様子で慌てふためいている。
すると、噛み合わせの悪そうな音が響き、横開きのドアから大人が三人部屋の中へと入ってくる。
比較的若そうな男性が一人、四十代と思しき白い無精髭が生えた男性とこちらも四十代程の小綺麗な女性一人ずつ。全員が白衣を着ており、女性だけが他の二人の様に、インナーの類を着ておらず、私服に白衣を上から羽織っているだけという状態なのが目についた。
「ルイ!良かった、目を覚ましたのね」
どこか貼り付けた様に不自然な微笑みで少女に友好の意を示しながら近づく女性は、ベッドの側に立ち膝になり、少女と目線を合わせる。
「痛い所はない? 意識はしっかりとしている?」
女性は少女の手を撫でながら、両手で包み込む様に握る。
「はい、大丈夫です。少しだけ胸の部分が痛みますけど意識はしっかりしています」
狼狽ながらも、気に掛けてくれている人を前に、心配かけまいと気丈に振る舞う少女に対し、女性の顔はより不自然な微笑に変わる。
「あの……ここはどこですか?」
少女は、誰にとも決めずに話しかける。
「ここは病院です。あなたは少し前、事故に遭い生死の境を彷徨っていました。ほんの少し前までは危ない状態でしたが、意識が回復して本当に良かった」
無精髭の男性が無愛想に少女の質問に答える。
「このまま体調に大きな変動がなければ一週間程で退院できるそうよ。ゆっくりでいいから、きちんと治してお家に帰りましょ」
女性はゆっくりと、自分自身で確かめる様に少女へと言葉を投げかける。
まるで、抱えた一抹の不安が杞憂でありますようにと願うかの様に。
「あの……あなたのお名前を聞かせてもらってもいいですか?」
女性はその言葉を聞いて唇を固く結んだ後、しばらく言葉を失くし、茫然と少女を見つめていた。
「叶恵よ、あなたの……母親の」
少女は記憶を喪失していた。
大切な存在であろう人物の記憶を失くした事は、少女にとってもかなりのダメージだった。
「あぁ……ごめんなさい……私何も……」
少女は、まるで抜け殻のように目から光が消え、肩を落とし、うなだれた。
「大丈夫よ、大丈夫。これからゆっくり思い出していこうね」
少女の頭を女性の手が優しく撫でる。
抜け落ちた記憶達と共にそっと娘を慈しむように、少女の無事をひしひしと感じるように。
「……あの時はごめんね」
女性は独り言の様に呟いた。
これは、己の存在を探し求める、たった一人の少女の数奇な運命の物語。