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バイト先の料理長にいじめられたので反抗してみた1

シリーズものです。

 裏口から外に出ると生温い風が流れ込んでくる。夕方の時間帯、ヒグラシの鳴き声が遠くで聞こえ始めていた。

「やっと帰れる」

 ごみ捨て場にごみ袋を置いて、額に浮かんだ汗を拭う。

 菅谷奏介は夏休みに入る少し前から喫茶店のバイトを始めていた。担当は調理補助だ。つまり厨房の中である。

裏口から厨房へ戻ると、シフトが後一時間残っているはずの女子高校生が初老の料理長に挨拶をしていた。

「お疲れさまでっす」

「おう、ナルミちゃん気ぃ付けてな」

「……」

 去っていった金瀬ナルミを目で追いつつ、調理長に歩み寄る。

「俺も帰って良いですか?」

 ぎろりと睨まれた。

「あぁ? 言い訳ねぇだろ。寝言いってんじゃねぇ」

 奏介は苦笑を浮かべた。

「いやいや、シフト的に4時半までなんですって」

「そんなの関係ねぇんだよ。ナルミちゃんの穴埋めくらい文句言わずにやれや」

「その彼女から何も聞いてないんですが」

 そんなやり取りをしていると、若い女性が歩み寄ってきた。

「何騒いでるの?」

「おう、マネージャー。こいつが帰らせろっていちゃもんつけてきやがって」

「だからシフトで」

 女性はそれを聞くやいなや、呆れ顔になった。

「君、最近不真面目じゃない?」

 奏介は心の中で深いため息をついた。上司達、つまり彼らは人の話を聞かない。

 働きはじめて1ヶ月ほど、この職場の嫌なところが見えてきた。今のところ、被害を被っているのは奏介だけなので完全に理不尽ないじめだろう。

「七野さーん、赤江さーん、お疲れっすー」

 フロアから厨房を覗いたのは茶髪の若者だった。軽薄そうな雰囲気そのものである。フロアスタッフでフリーター、年齢は二十歳と聞いている。

「気をつけてね」

「また明日な」

 うってかわって爽やかな笑顔で言う二人。

「ういっす。あ、菅谷もな。おつ」

「……お疲れさまです」

 ちなみに彼のシフトは5時までで残り三十分だ。

「あのですね、シフト表を確認したんです。今日の俺の上がりは四時半なんですよ」

「うるせぇんだよ、他のバイトが来るまで仕込みしてろや」

 聞く耳をもたない。パートの主婦が教えてくれた話だが、この二人はターゲットを決めて徹底的に当たるらしい。その分、周りには甘くなるので止める人がいない。つまり理由や原因はないのだ。対処のしようがない。基本的に気弱そうな人間を選ぶので病んで辞めた人もいるとか。

「わかりましたよ。やりますよ」

「ふんっ」

 料理長が鼻をならす。

 奏介は小さく舌打ちをする。一見気弱そうに見えるので選ばれてしまったのだろう。

 言われた通り仕込みを終えて、帰りは五時半を回っていた。

「お疲れ様です」

 厨房を通り際に言うと料理長が追いかけてきた。

「おい、菅谷」

「はい?」

「お前なんだその態度は」

「態度?」

「挨拶はしっかり相手の目を見て言えっ、本当にてめぇは使えねぇな。もう一回着替えて来い。今日のシフトはラストまでだ」

 強く言い返したことがないので、段々エスカレートしてきている気がする。

「もう夜シフトの人そろってるので俺がいても邪魔なだけでは?」

「ふんっ、使えねぇから鍛え直してやるってんだ」

 と例のごとくマネージャーが歩み寄ってきた。

「また君なの、菅谷君。いい加減にしないとクビにするわよ」

「クビですか」

 せっかく1ヶ月続いたバイトをクビになるのは惜しい気がする。「あー、じゃあわかりました。ラストまでですね」

 ここは大人しく従っておこう。

 しかし、これが良くなかった。その日から目に見えてエスカレートし始めたのだ。



 翌日。

 出勤したら更衣室に入る前に厨房に挨拶をするのだが、

「おはようございます」

 すぐに調理長が睨んできた。

「てめぇ、おせぇんだよ。何時だと思ってんだ」

「え」

 スマホで時計を確認するが、時刻は十一時少し過ぎだった。シフトは十一時半なので余裕過ぎるくらいだ。そう伝えると、

「三十分前に入るのが常識だろうがっ」

 思いっきり怒鳴られた。

 と、後ろから足音が。

「おはようございまーす」

 朗らかな挨拶をしたのはナルミだった。今日のシフトは彼女と同じで十一時半のはずだ。

「おう、ナルミちゃん。はよ。早いな」

「そうですかー?」

 笑い合う二人。奏介は小さくため息を吐いた。



 翌々日。

 シフトが終わり、着替えを終えて荷物をまとめていると、ズカズカと料理長が入ってきた。

「おい、菅谷ぁ」

 またか、と息が漏れる。

「なんですか?」

「なんですかじゃねぇ。便所掃除終わったのか?」

「今日の当番は俺じゃないですよ」

「当番の遠山は体調不良で休みだっつってんだろ。てめえがやってけ」

「それは良いですけど、なんでそんな怒ってるんですか?」

 普通に言えば良いだろうに。

「あぁ? てめぇの気が利かねぇからだよ」

 もはやストレス発散の対象になっているようだ。正論を言っても無駄だろうことは明白だ。

「……了解しました」

 後々奏介は後悔する。この辺りで何か行動を起こせばよかったと。


 翌々翌々日。

 客足が落ち着くのは午後4時半を過ぎてから。昼食は終わり、夕食にはまだ早い微妙な時間帯だ。

 丁度他の客がいなくなったところで幼馴染の伊崎詩音と椿水果が来店した。

「いらっしゃいませ。あ」

「奏ちゃーん。お疲れ様」

「ちゃんとやってるかい? 仕事」

 料理長とマネージャーの顔を思い浮かべ、ため息を一つ。

「まぁ、ぼちぼち」

「ん、なんかあったのかい?」

 水果の察する能力はさすがだ。感心しつつ、二人を席へ案内する。

 メニューを渡していると、何故か料理長がフロアへ入ってきた。

「おい」

 呼び掛けられ、奏介、詩音、水果が彼を見やる。

「なんですか?」

「いつまでやってんだ。さっさと戻れボケが」

 詩音達は目を瞬かせている。

「料理長、お客様のまえなんですが」

「てめぇの知り合いなんて客じゃねぇんだよっ」

 奏介はすっと無表情になった。

「いい加減にしろよ。ハゲオヤジ」

 低い声で言ってやると、料理長が一瞬ポカンとした。

「な、なんだと」

 あまり言葉遣いを悪くするのは好きではないのだが、この際仕方がない。奏介は割りきることにした。

 舌打ちをする。

「いちいちいち、うるせぇんだよ。調子に乗ってんじゃねぇぞ? 客の前だっつってんだろ。ふざけんな」

「お、お前俺に対してなんて口を」

「喋んな。くそ不味い料理出してる癖に偉そうなんだよ」

 睨み付けてやると、料理長は一歩後退した。

「そ、奏ちゃん?」

 自分だけならともかく、知り合いをバカにされたら話は別なのだ。

 内戦勃発。


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