06.贄の暦
レンティアの家は小さく、小屋のような広さだった。
テーブルと椅子が部屋の真ん中に置かれ、他に家具らしいものは小さめのタンスが一つ置いてあるだけの、生活感のあまり感じられない家。
壁には熊や猪の毛皮が飾られており、少女の住む家には見えない質素で無骨な雰囲気。
フォウとリーシャは椅子に座り、エイジは壁に背をあずけている。家主のレンティアは鉄製のカップを三つ分用意して、その中にコーヒーを注いで三人に手渡した。
「はい。……とりあえず、あたしからお礼言っておくわ。リーシャを助けてくれてありがと」
「竜に食われそうになっておる人を見捨てるわけにはいかんからのぉ。そうじゃろ、エイジ?」
「……」
小さな口にコーヒーを運びながら、フォウは薄笑いを浮かべてエイジに目くばせをする。
「で? エイジとか言ったっけ、あんた。なんだってバンサスに来たのよ」
「ここに来たのに理由はない。ただ、四王についての情報を集めている」
「四王……あぁ、あのクソッたれの竜の王様のことね」
レンティアはエイジと同じように壁にもたれかかる。しかし、エイジがもたれかかっているのは入り口近くの壁。レンティアは部屋の奥の壁にもたれかかっており、位置的にはリーシャの背後になる。
エイジやフォウを見る目つきはいまだ警戒心を強く持っていた。
「わしらはフォウ・ク・ピードの四王をすべて殺すために旅をしておる」
「はぁ!? なに言ってんのよあんた……たかが二人でそんなことできると思ってんの?」
「わしは出来ると思っていることしか口にせん。おぬしが信じようが信じまいが関係ないのじゃ」
「あ、あの……フォウさん、どうして四王を倒すなんて……?」
「ん? んー……おぬしらは腹が立たんのか? 勝手に世界を支配して、人間どもから搾取し、与えるものと言えば死か恐怖。そんな生活を強いてくる四王に対して」
レンティアとリーシャはどちらも表情を曇らせる。
四王に対して恐怖を持たぬ人間がいないように、四王に対して憎悪を持たない人間もいない。二人とも、四王に対しては何かしら思うところはあるという反応だった。
しかし、かといってどうにかできる問題でもない。人は四王どころか、世界のあちこちにいる竜獣の1匹すらどうにもできない。だからいまの生活を余儀なくされるしかない。竜たちにされるがままなのは仕方のない事。そういった葛藤めいたものを二人も感じているのだろう。
「リーシャは見たじゃろう。エイジが5匹の竜獣を難なく殺したのを。わしらには四王を殺せるほどの力がある」
「……は、はい。たしかに、エイジさんになら……」
「ならお前たちは四王を……イスター地方の四王がどこに居るか知っているか?」
「お生憎様。ちょっと前に村に来た竜もただの竜獣で、四王がどこにいるかなんて知らないわ」
四王の竜は滅多に人の前に姿を現さない。王国の王様がふだん城から出ないように、四王もそれと同じなのだ。どこかを棲みかにしており、その周辺からは出てこない。
四王がどこにいるかわからなければ、手の下しようもないのが現状だ。
「リーシャも知らんのか?」
「ごめんなさい……私も四王の居場所はわからないです」
「なんじゃ……無駄足になってしまったのぉエイジ」
「……」
フォウはだるそうに床につかない足をぶらぶらとさせる。しかしエイジはそれほど落胆している様子も無く、無表情で黙ったままだった。
しばらく全員が無言のままだったが、ふとレンティアは思い出したように口を開いた。
「そう言えば……グルーさんなら四王の場所も知ってるかも」
「グルー? 誰じゃそれは」
「この村の村長よ。なんでか竜について詳しくて、いっつも竜の話ばっかりする人なの。竜獣が現れにくい場所とかも知ってたし、もしかしたら四王の居場所もわかるかも」
「ほぉ……そりゃ是非とも会って話を聞いてみたいもんじゃな。で、そのグルーとやらはどこにおるんじゃ」
「……もうここにはいないわよ」
レンティアの言った、もうここにいないという言葉。それが意味するものをフォウとエイジはすぐに理解した。
バンサスの村は、4日前に贄の暦を迎えたとリーシャが言っていた。
贄の暦。それは戦争終結後に各地の四王が定めた、竜の掟。
地方によって細かい部分は違うが、おおまかなルールはどこも同じだ。
人間が暮らす村に、定期的に竜が現れる。その際に、生贄という形で何人かが連れ去られてしまうのだ。連れていかれた人間は七日間食事をせず、竜の儀式に”使用”される。
生贄の数や、贄の暦の周期はその時々によって変化する。
村の人間がほとんど連れていかれることもあれば一人や二人で済む場合もあるし、半年ほど贄の暦が訪れないところもあれば、一か月に一度訪れるところもある。
リーシャ達が暮らすこのバンサスという村は4日前に贄の暦を迎えている。
そのとき連れ去られた村人の中に、村長であるグルーという男もいたらしい。
「グルーさんも、竜に連れていかれたの。だから、訊くことももう出来ないわ……ごめん、出来もしないことを思いだしちゃってさ」
「……いや、そうでもないぞ。贄の暦は4日前だと言っておったじゃろ。竜たちの儀式が終わるまであと3日あるではないか」
「もしかしてあんたら、攫われたみんなを助けに行くつもり!? やめといたほうがいいわよ、何十体も竜がうようよしてるとこなんだから!」
「じゃが、四王の手がかりはいまのところそのグルーという人間だけじゃからのぉ。……エイジ、無論おぬしも行くつもりじゃろう?」
「……ああ」
贄の暦によって連れ去られた人間は、7日のあいだは殺されることが無い。正確に言えば、死ぬことを許されない。
儀式をおこなう間、人間はいっそ殺してくれと懇願するほどに苦しめられるという。だが7日間は何があっても生かされ続ける。連れていかれたバンサスの村人も、まだ生きているということになる。
「……信じらんない」
「で、でもレン。エイジさんたちがグルーさんたちを助けてくれるなら……!」
「そりゃあたしだって嬉しいわよ。村の人たちが戻ってくるなら……だけど、不可能なのよそんなこと! ……あんたたちの気持ちは嬉しいけど、わざわざ死にに行くこともないでしょっ……」
「……」
エイジは壁から背中を離し、レンティアに近づいていく。
レンティアは自分の身長より頭一つ分以上背の高いエイジに迫られて、少しだけ身を強張らせる。
「な、なによ……!」
「この村を襲った竜たちの居場所はわかるだろう。方角だけで構わない」
「あんた、あたしの話ちゃんと聞いてたの!? 自殺行為なのよ!?」
「俺は死なない」
エイジは自分の胸に手を当て、そう宣言する。
その瞳からは絶対的な自信を感じさせる光を宿しており、冷たい青色は竜への殺意が表れていた。
レンティアはエイジの眼を見つめたあと、エイジの手の甲に刻まれている紋章に気がついた。
「召喚紋……!」
「この刻印が信頼に足るかどうかはわからないが、俺はどうしても四王を殺さねばならない。……教えてくれ」
「っ……」
「……わかったわよ、もう」
レンティアは服の袖をつまみながら、諦めたような表情を浮かべる。
エイジらはレンティアから竜の棲みかを聞き出し、そして村人たちの救出へ向かう準備をし始める。
―――グルーという男に四王の居場所をなんとしても聞かなければならない。
―――俺が成すべきことは、四王を殺すこと。復讐を遂げること。
―――それが俺の生きる理由の全て。それが俺の、命の使い方。




