05.二人の少女
「ここが……バンサスか」
「はい。私の住んでいる村です」
「……ずいぶんと人気がないの」
エイジたちはイスター地方の村、バンサスへとたどり着いた。
村は小さくも大きくも無いといった広さで、木造の民家が散見する。
村の奥には川が流れており、その川のせせらぎがこちら側まで聴こえてくる程に村は静まり返っていた。
「おかしいの。バンサスと言えば美味い果物を実らせる木がたくさんあって、それで栄えておったはずじゃが……」
「木? そんなもの見当たらないが」
村を見渡してみても、果実を実らせる木々は見当たらない。
どういうことか聞くために、エイジは無言でリーシャの顔を見た。
「……バンサスは、4日前に贄の暦を迎えたのです」
「なるほど、すでに竜に荒らされたあとという事じゃな」
「はい……村の人たちがほとんど連れ去られ、村に生えていた木々は全て焼き払われてしまいました」
エイジは村の中を歩き、ところどころにある地面の焦げた跡を発見した。
焦げ跡はあちらこちらにあり、それは竜に焼き払われた木々たちの悲惨な姿だった。幸か不幸かどうしてか、民家はすべて無事なようだが、実りある木をすべて焼き払われてしまうという事が、いかに村人にとって苦しい事か。
エイジは村のことを思い、奥歯を軋ませる。
「残ったのはおぬしだけなのか?」
「いえ……他にも何人か……だけどみんな怯えて、家から出ようとしません」
「まぁ当然じゃろ。……で、なぜリーシャは村を出ていたのじゃ? まさか、連れ去られた村人を助けに行こうとでもしておったのか?」
「……はい」
眉をひそめながら、ちいさく頷くリーシャ。
そこへ戻ってきたエイジが低い声色ではっきりと言い捨てた。
「無謀にもほどがある」
「……わかっています。私みたいな、何の力もない人間が竜に対抗できるはずがないと。……だけど何もしないのも、嫌だったんです」
「……」
ただの人間が竜と対峙した場合、生還する確率は極めて低いとされている。
竜は圧倒的に、ひたすら圧倒的に強い存在なのだ。武器を持っていたとしても、類まれなる戦闘センスを持たねば、たとえ十人がかりであろうと、一匹の竜にすら勝てないだろう。
リーシャもそのことは重々理解していた。その上で、じっとしていられなかったのだ。
結果、やはりリーシャは竜に喰い殺されそうになった。そこに偶然にも近くにいたのがエイジだったのは、本当に運が良かったとしか言いようがない。
たった一人で大剣を振るい5匹の竜獣を蹴散らしたエイジに、リーシャは尋ねる。
「あの……エイジさんは、一体何者なんでしょうか……? もしや騎士団の……」
「俺は騎士なんかじゃない。ただの人間だ」
「……リーシャよ。バンサスにも噂は届いておるだろう。竜殺しの男の噂が」
「……! もしや、あなたが!?」
竜殺しの男の噂は、やはりリーシャの耳にも届いていたようだった。
青い髪と瞳、身の丈程ある大剣を片手で振るい、単身で竜に立ち向かう男の噂。エイジがその竜殺しだと気づいたリーシャは、納得したという風に感嘆のため息を吐く。
「で、でしたら、どうか―――」
「リィィーーーシャァーーーー!!」
「!?」
バタン、と一軒の民家の扉が勢いよく開かれる。
村中に響き渡るほどの大きな声でリーシャの名前を呼びながら、民家から茶髪の少女がエイジたちの方に向かって走ってきた。
「あ……レン……!」
「っあんたどこ行ってたのよ!? 心配したじゃない!!」
「ご、ごめんなさい……」
「どこも怪我してない!? 服に土がついちゃってるじゃない! 擦りむいたりしてないの!?」
「あの、レン……大丈夫ですから」
矢継ぎ早にリーシャに言い寄る少女。リーシャは苦笑いを浮かべながら少女をなだめるように何度も、大丈夫ですから、と答える。
リーシャが無事なことを確認すると、少女はようやく隣にいるエイジとフォウのことをじっとりとした目で睨みつける。
「……あんたら、誰よ」
「たんなる旅人じゃよ。ついさっき、リーシャの命を救ってやった恩人じゃぞ?」
「恩人……? って、なによあんた……血まみれじゃない……!」
少女はエイジの姿を見て驚いた。なにしろエイジがまとう全身を覆うマントには、さきほど殺した竜の返り血がべっとりとついていたのだから。
背丈の高く仏頂面の男が血まみれでいたら、怪しむか怖がるかのどちらかだろう。
「レン。この人たちは、私を竜から助けてくれたんです。……男の方がエイジさん、女の子の方がフォウさんです」
「竜から……?」
「竜に襲われていたリーシャをエイジが救ったんじゃよ。こやつの服についておる血はすべて返り血じゃから安心せい」
少女はすこし怪しむ表情を見せたが、リーシャの顔を見て、フォウの話が本当のことなんだと理解した様子だった。
「ふーん……」
「おいおいなんじゃその態度は。おぬし、いまいち信用してないじゃろわしらの事」
「おぬしぃ? あんたさっきから子供の癖してなんて言葉遣いしてんのよ。妙に上から目線っぽいし」
「年功序列というやつじゃ」
「はぁ? あたしもリーシャも19歳よ? あんたどう見ても10歳くらいじゃない。序列で言えばこっちのが上よ、上」
変姿しているフォウの姿は、たしかに10歳程度の少女の外見をしている。
どこからどう見てもそうとしか見えないが、実際は人間の何倍も何十倍も生きている竜だ。とはいえ、実は竜でしたなんて言うわけにもいかない。
この世界では人間と竜は敵対関係にある。
エイジは奇妙な縁からフォウと行動を共にしているが、実際人間と竜が一緒に行動するなんて非常識極まりないのだ。
「ま、そうかもしれんの」
「……ん」
茶髪の少女はまじまじとエイジの姿を見つめ始める。さっきは返り血にしか目が行っていなかったようだが、今度はつま先から頭までをじっくりと。しばらくそうしてエイジのことを見つめたあと、少女は腕を組みながら口を開いた。
「あんた……もしかして、竜殺しって呼ばれてる男? 背格好が噂と一致するけど」
「ああ。勝手にそう呼ばれているらしい」
「……ほんとにいたんだ」
小さな声で少女はつぶやく。
そうしたあとに、少女はエイジたちに背を向けて手を横に振る。こっちについてこいという意味を込めて。
「あたし、レンティアって言うの。レンティア・マンティス。……こんなところで立ちっぱなしで話すのもなんだし、あたしの家に来て。あ、あんたは川でその血流してからにしてよね」
「わしらも聞きたいことがあるからの。エイジ、先に行っておるぞ」
レンティアのあとに続き、リーシャとフォウは家へと入っていく。
エイジは一人、川へと向かい、羽織っていたマントを脱いで水にさらす。
竜の血は人の血と違い、性質が異なる。竜の血は地面や植物にかかるとすぐさま吸収されこびりつくが、人の皮膚や服などについた場合は簡単に洗い流せるのだ。
川にマントを漬けているだけで、竜の血は下流へと流れていく。水と混ざり合うことはなく、川に浮かぶように竜の血は流れていく。
―――流された竜の血は、やがて海に流れ着くだろう。
―――俺が目的を果たすころには、あの青い海は、竜の穢れた血で深紅に染まるのだろうか。
エイジは川からマントをあげて、吸った水を両手でしっかりとしぼる。
乾かすために川のそばの柵にマントをひっかけてから、エイジもレンティアの家へと向かった。