48.致命的な殺気
「――カロスタフティ……っ!」
「うぉ、っと!」
エイジの召喚紋が光り、我が物としたばかりの竜の力が解放される。
大剣を大きく横に薙ぐと、乱回転した風が巻き起こり地面の砂を巻き上げていく。視界を塞ぐ壁となる砂煙はヴェインを取り囲み、エイジの姿を完全に消していった。
四方どこから攻撃を仕掛けてくるかを不明瞭にされたヴェイン。
エイジはその場で脚力の限りに跳び上がり、およそ5メートルの砂煙を飛び越え上空からの攻撃を図った。
前後でも左右でもなく上。意外にも気が回らない方向だ。敵の姿が見えなくなったとき、必ず周りを見回すものだが、空を見上げる者はいないだろう。
「なんだよ、さっきのお返しか?」
「何っ……!?」
しかしヴェインははっきりとエイジの姿を捉えていた。
上空から迫る彼の姿を見上げ、待ち構えていたと言わんばかりに歯を見せる。
重力を加算した一刀はヴェインがほんの少し体の向きを変えただけで空を切り、砂の地面に深い一線を引いた。
すぐさまエイジは腕を持ち上げ二撃目に移ろうとするが、一瞬だけ無防備となった彼の横腹に向けてヴェインの右足が繰りだされる。
ヴェインの靴が固い筋肉に沈み込む。丸太を勢いよくぶつけられたような衝撃がエイジを襲い、彼はたまらず食いしばった歯の隙間から唾液を飛ばした。
「ぐッ……!!」
「飛びなァッ!」
地面と平行に、エイジは勢いよく蹴り飛ばされた。風の障壁を貫いたその威力は凄まじく、何十メートルと彼の重い体が宙を一直線に飛ぶ。
湖の上を通過し始めた頃に、ヴェインもそれを追うように飛び出した。彼女の剣を這う炎がゆらりと赤い閃光を湖面に映し出す。
ようやく飛ばされた勢いが弱まり始め背中が着水しようかというその時、ヴェインはエイジの上から叩き付けるように追い打ちをかけた。
「爆爪ォッ!!」
(っ! この体勢では……!!)
振り下ろされるヴェインの剣を、体の前に持ってきただけの大剣で受け止めたエイジ。
次の瞬間、ヴェインの炎が爆ぜた。
ドン、と地面が響き、湖が噴火したかのように空高く大きく跳ねる。
湖面でヴェインが起こした爆発は小規模ながらも、まともに巻き込まれればひとたまりもないと一目でわかった。
遠くで二人の戦いを見ていたフォウの瞼がぴくりと動く。
戦いの行方はこうなると分かりきっていた、そう言わんばかりにジゼルは眉一つ動かさずに腕を組んだ。
レンティアとロイは揃って目を丸くしている。
「な、なにが起こったのよ……」
「しこみかやく、かい……?」
「いや。ヴェインの武器はあの剣一本だけだ、仕掛けも何も無い」
「……爆発を起こす戦技なんて、聞いたことないわよっ……」
「確かに、ただの戦技じゃ無い。あれはヴェインだからこそ出来る技だ」
三人が会話するあいだ、フォウは怪訝な表情を浮かべながら小さく舌を打った。
この時点でフォウはヴェインの正体に気が付いていたが、彼女にとってそちらよりも気にかかることがある。
その気がかりなことが、エイジが砂煙を上げ始めてから湖の上へ蹴り飛ばされる間に、フォウの精神を逆撫でしていた。
「……気づいたか? 竜殺しの欠陥に」
「あぁ……さほど問題ではないと思っておったが、どうもそうではないらしいの」
フォウが確信した、エイジの弱点。
その答え合わせのやり取りが、ジゼルとの間で交わされていく。
「あの砂煙が上がったとき、私たちには中でどうなっているかは見えていなかった」
「見るまでも無いと思っておった。エイジはああ見えても頭を使って戦う奴じゃ、あの状況で上から仕掛けるのは上手いやり方じゃった」
「だが、彼は次の瞬間に砂煙を破って外へ出た。反撃を食らって。……そちらと違って、こちらのヴェインは戦闘の際に頭の中を空にするタイプだ。間違っても思考なんてしない」
「じゃというのに、エイジの上からの攻撃は防がれるどころか、反撃を受けた。……理由は一つしか考えられん、上から来ることを悟られておったんじゃな」
話をしながらフォウは眉をひそめていく。湖から吹きあがった飛沫がこちら側まで飛び、霧状になって彼女らに降り注いだ。
湖面には白煙が這っている。爆発によって蒸発した自ら発生したものだろう。湖は波打つように波紋が広がり、エイジどころかヴェインの姿も確認できない。
「……エイジの殺気、じゃろ」
「そうだ。彼は殺気を無闇矢鱈に振りまきすぎている、まるで全身から無数の棘を出すように。あれほどの殺気を出せるのは素直に褒めるところだろうが、常に相手に位置を察知されて当然だ」
「……もう一つの欠点とは何の事じゃ」
「……彼はいま、水中に沈み衝撃に耐え目を閉じているだろう。目の前が見えなくなれば、もう一つの欠点が見える」
フォウは遺憾に思いながら、いつでもエイジの元へと移動するために足の指に力を入れ始めた。
そもそもエイジがあれほどしてやられるのが想定外だった。それが偶然だとしても、いや、フォウは偶然が重なっただけと思っている。本気を出したエイジの力は間違いなくヴェインを圧倒的に上回っているはずだと。
しかし今ここで、エイジに深手を負わせるわけにはいかない。
そうしてフォウが万が一に備えた気配を隣のジゼルは感じ取っていたが、止めようとはしなかった。
ジゼルも万が一に、計り知れない力を持ったフォウが暴れては手が付けられないだろうと感じていたからだ。止めたくても、止められない。
せめてフォウの動きに合わせられるようにと、視線は真っ直ぐのまま意識だけを隣へと注ぎ始めた。
吹きあがった水が全て落ちたが、湖の側に立つヴェインの姿しか無い。
エイジは湖の底深くへと叩き込まれ、いまだ浮き上がってきていなかった。
血の気が引くように体温が下がった気がしたフォウ。きっと全身に浴びた霧の水滴のせいだと、少女は頬を手で拭った。




