04.竜殺しの力、それはあまりにも
遠く先まで続く、風通りのよい平原をエイジとフォウは歩いていく。
雲一つない空は晴れ渡り、太陽がさんさんと輝き心地の良い暖かさだ。
時おり頬を撫でる風が吹くと、フォウの長い髪が絡まることなく揺れる。
「イスター地方はやはり近代化も進んでおらず、のどかな場所じゃのぉ」
「竜のお前にはのどかに見えるんだろうな」
「実際のどかじゃろう。いずれ他の地方に行けば驚くじゃろうな」
イスター地方は、フォウ・ク・ピードの他の地方に比べると平穏かつのどかな地方だ。
自然があるがままに存在し、景観もいい。かつての戦争最中もイスター地方はあまり戦火に巻き込まれなかった。
というのも、竜と人との戦争が勃発したのがフォウ・ク・ピードの西側、ウェスタ地方だったからだ。
イスター地方の特に東側は戦火に焼かれることはなかったが、戦争後はどの地方も同じく竜に支配されてしまっている。
エイジの言うように、決して平穏というわけでもないのも事実であった。
自然が破壊されることなく一見、この広い平原は平和な物に見える。しかし実際にはいつどこで竜が現れるかわからない。
今日では外を歩き回ることが危険を孕む行為となってしまっているのだ。
「イスター地方を支配しておる四王は、まだマシな方じゃろうな。贄の暦が訪れるまでは村を無差別に襲撃したりせんじゃろ」
「ああ……だが、村を出れば竜はお構いなしに襲い掛かってくる。人々は村の中に閉じ込められているも同然だ。……そしていずれ、贄の暦によって殺される」
「搾取される一方、じゃな。」
バンサスを目指して歩いていく二人。
野営地を出発してから二時間ほど歩いたところで、突如として上空から耳を劈くような咆哮が響く。
エイジが今まで幾度となく耳にしてきた胸の奥に響く異質な叫声。
空を見上げようとする前に、異形の影が彼らの足元を高速で通り過ぎていった。
それを確認した後あらためて空を見上げると、上空を高く飛行する5匹の竜の姿があった。
「……!」
「あの竜ら……降りようとしておるな、この先に」
エイジは竜の姿を確認した途端に剣の柄を握りしめ、地を這う影を追って走り出した。
エイジの大きな体、背負っている剣の重さ、それを感じさせないほどの速さで駆ける。
竜を目にするや否や目の色を変えて走る彼の姿に、フォウは呆れ顔を浮かべながらも続いて走り出す。
今はバンサス村へ向かう途中だと言うのに、既にエイジの頭の中にはそんなことは消え去ってしまっている。ただ、目に入った竜を殺すことだけを考えて。
エイジの歩幅は広く大きい。背の高さや脚の長さがそれを生み出す。
彼とはひどく体格差のあるフォウだったが、一歩一歩で地面を低く飛ぶように走り離されることなくついていけていた。
空を飛ぶ5匹の竜は地面に急降下しエイジたちの進む道の先に降り立った。
すぐさま二人がその場にかけつけると、そこには5匹の竜に囲まれるようにして地面に倒れこんでいる女性の姿があった。
女性はひどく怯えているようで腰も抜けてしまっているのか、ろくに悲鳴を上げられず震えてしまっている。
「ルォオオオオオオオオオオオオ!!!」
「う……ぁぁ……!」
竜の叫び声に圧倒され、身をすくめる女性。
今にも竜は女性に喰らいかかろうとしているなか、エイジはさらに速度をあげて一気に竜たちに向かって行く。
だがフォウはそれについていかずに、その場で足を止めて腕を組んだ。
「ありゃあ竜獣じゃな。言葉も喋れずただ本能のままに人に襲い掛かる……いつもは群れずに行動しておるが、5匹も集まっておるとはな。……さて、竜殺しのお手並み拝見とでもいこうかの」
これはエイジとフォウが出会ってから、初めての竜との戦闘だ。
相手は竜獣と呼ばれる種類の竜。気性が荒く凶暴、人間を見つけるとすぐさま鋭い爪と牙で襲い掛かる竜だ。
それを5匹まとめて相手にするなど普通なら到底無理な難題だ。しかし、フォウはエイジの力量をあらためて見極めるためにあえて傍観を選んだ。
―――異界者の力、いかほどか。
「ルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「……ッ!!」
エイジは地面を蹴り、大きく跳躍した。
数メートルあった竜獣との距離をその一跳びで一気に詰め、大剣を振り翳す。
エイジの接近に気付かなかった竜獣たちの一匹を目掛けて力任せに思いきり大剣を振り下ろす。
上空からの落下速度を受け、エイジの振り下ろした剣は勢いよく竜獣の翼を斬り裂く。ほとばしる竜の鮮血と、耳をふさぎたくなるような竜の悲鳴が空に舞った。
「ゥゴオオオオオオオオオ!!」
「……ふっ!」
エイジの動きは軽やかさを感じさせるほど素早かったが、腕の振り、繰り出される斬撃はどれもこれも重い。
突如として現れた人間に対し動揺したのか、竜獣たちは反撃の余地も与えられない。エイジは竜たちの間を縫って走り、すれ違いざまに竜を刻んでいく。
エイジにとっては竜獣如き、本気を出さずとも十分に戦える相手だ。
―――この程度の竜なら"力"を使うまでもない。
竜の硬い鱗をもろともせず、力任せに腕を振り刃を肉に食い込ませていく。
竜の首を落とし、胸を突き刺し、真っ二つに斬り裂き。エイジが剣を振るうたびに赤黒い鮮血が辺りにほとばしった。
一匹ずつを相手にするのではなく、同時に全てを相手にする戦い方。長い剣のリーチとそれを満足に振り回せる腕の筋力あってこその戦法だ。
反撃の余地を与えないために全ての竜を一撃で仕留めていき、そして全ての竜獣がほんの一分と経たずにエイジによって全滅した。
あたりは竜の血によって赤く彩られエイジ自身も返り血を浴び、青い髪が赤黒くなってしまっている。
幸いにも竜獣に取り囲まれていた女性までは少し距離があり、女性は血に塗れずに済んだようだ。
その電光石火の様子を離れた場所で見ていたフォウは感嘆のため息をついた。
いとも簡単に、ものの一分足らずで竜獣を5匹殺して見せたことにフォウは驚きを隠せない。竜殺しと呼ばれる男の力は、あまりにも大きかった。
―――想像以上だ。あやつの、異界者の実力は。
「見事、じゃな」
「……」
フォウは竜獣の屍を踏み越え、立ち尽くすエイジとそのそばで倒れこんだままの女性に近づいていく。
女性は何が起こったのか、まだ理解が追いついていない様子だった。
「あ……あぁ……?」
「無事でよかったのぉ。エイジが来なければこやつらに喰い殺されていたところじゃ」
「あ、あなたたちは……?」
「なに、竜を殺す旅人じゃよ」
女性は震える脚で立ち上がり、返り血を服の袖でぬぐっているエイジに向かって頭を下げた。
「あ、危ない所を助けていただいて、ありがとうございますっ……!」
「……なぜこんな所で出歩いていた。村から出れば竜に襲われることくらい、知っていただろう」
「ぁう……すみません……」
「まぁそう言うなエイジ。単なる散歩というわけでもあるまい。……わしの名はフォウ、こっちの男はエイジじゃ。おぬしの名は?」
「私は、リーシャと言います……リーシャ・ルー」
黒く艶やかな長髪の女性、リーシャ・ルー。
すらりと伸びた手足、整った顔立ち。物腰柔らかな雰囲気のリーシャを見て、ますますエイジは彼女のような女性がこんなところをうろついていたことを訝しんだ。
わざわざ外に出て無茶をするような性格に見えなかったからだ。
「リーシャか。リーシャよ、なぜこんなところを出歩いておったんじゃ?」
「あ……えっと」
「方角から考えるに、バンサスからここまで歩いてきたんじゃろ?」
「はい、そうです」
「ふむ……」
フォウは背伸びをして、右手を日よけのため額に垂直に当てて道の先を見通す。
バンサスはもう見える距離まで近づいていた。
「また竜獣が襲ってくると面倒じゃからな、とりあえず村に行ってから話をするか。わしらも聞きたいことがあるからの」
竜獣を蹴散らし助け出した黒髪の女性、リーシャ。
お淑やかで歩き方も品のある彼女を連れて、二人はようやくバンサスへとたどり着く。
―――四王に繋がる情報が、得られるといいのだが。