36.旅は道連れ?
宿屋を出て、朝日に身を晒した一行はみな一様に驚いていた。
思いもよらない客人と、これまた思いもよらないその言葉に。
グルーの言葉に従い、消えた竜を追い、南の地サウスガルムをひとまずの目的地として続く旅路。
それはエイジ、フォウ、レンティアの三人だけで続くものだと、三人ともが思っていた。
「僕もついて行くことにしたよ、君たちの旅に」
朝日に金色の髪を透かして、まだ幼げな顔つきのロイはそう言った。
柔らかな微笑を浮かべた軽やかな口調に、三人は思わず面食らい目を丸くさせる。
最初に口を開いたのはぴょんと寝癖づいた髪のレンティアだ。
半開きの口から息を漏らし、おぼつかなくシンプルな疑問を告げる。
「あんた……何言ってんのよ……?」
「何って、言葉通りの意味さ。僕も今日から、君たちと一緒に旅をすることに決めたんだ」
「……誰だお前は?」
この場で初めてロイと顔を合わせたエイジが、眉をひそめながら刺々しい声色で言う。
彼からすれば初対面の子供が突然言い出したことだ。否定や肯定をする以前の問題で、ただただ困惑を覚えた。
なぜ目の前の子供は急にそんなことを言い出したのか。エイジだけでなく他の二人も全く同じ気持ちだった。
「この子、路地裏の子供たちの一人なのよ。……にしても、なんで急にあたし達についてくるだなんて……」
「意味不明じゃの」
ロイのことを冷たく否定的な視線で見つめるエイジとフォウ。
だが視線を受けている当の本人は全く意に介せず、柔らかい表情のまま口角をより上げてにっこりと笑う。
「エイジとは初めましてだね。僕はロイ・ハリー・ハンス、昨日の夜ここでの話は聞いていたよ」
ロイの足元に置かれていた小さめの皮袋。状況からしてロイ自身の荷物だと見えるが、実は違った。
町の中にある別の宿屋、その一室から勝手にロイが持ち出した荷物だ。
昨夜、宿屋のロビーにて三人が話していた南行きの旅の話。その中で触れられたヴェインの手荷物のくだりをロイは外で聞いていた。
最初から話を盗み聞きしようとしたわけではない。ロイは夜が更けても眠ることが出来ずに町を歩いていた。
エイジたちの話は偶然、開いていた窓からそよ風に乗って流れてきたものだ。
複雑な心境を抱えていたその時のロイは決心した。彼らの旅に自分もついて行こうと。
「なんで急にそんなこと言い出すのよ? あんたはこの町の子供たちのまとめ役でしょ」
「……この町は変わった。もう僕は必要ないみたいだからね」
ドルヤガの町は人の心の弱さゆえに歪んでいた。
竜を恐れるあまり、呪いという不確かなものを信じ込み、その呪いを遠くへ押し込むことで仮初の安心を得ていた大人たち。
呪いとして追いやられていた子供たちは路地裏で身を寄せ合い、生きるために町から食料等々を盗んで生活していた。
そうして大人たちから常に迫害を受けていた子供たちの先頭に立ち、導いてきたのがロイだ。
しかし大人たちが真に囚われていた呪いに気付き、それを振り払ったことでこの町も変わった。子供たちはもうロイに縋らずとも大人たちと手を取り合い生きていける。
ロイはこの町の居場所を見失っていたのだ。
人当たりのよい笑顔を張り付けたまま、ロイは馴れ馴れしくエイジらに近づいていく。
「旅は道連れって言うからね。僕は元々身寄りもない、ついて行ってもいいだろう?」
「あんたが言う台詞じゃないでしょそれ……」
「……俺の旅は竜を、四王を殺すための旅だ。お前のような子供は連れていくわけにはいかん」
見上げて見つめてくるロイにはっきりと拒絶の視線を返してみても、一歩も退く様子はない。
それどころかロイはエイジの手を取り、臆面もなく続ける。
「子供だからって理由で拒まないでほしいな。君と僕は同じなのに」
「……?」
エイジの左手に刻まれた召喚紋を細い指で撫でるロイ。
ごつごつと骨ばり、成人男性の平均よりも明らかに大きいエイジの手。指を這わせながらロイは何かに思いを馳せるように目を細める。
ほんの少しのあいだだけ、時間にしてわずか数秒、ロイの表情が曇ったことに三人は気づかない。
ロイはエイジの手から指を離した。
「それに、フォウだって子供じゃないか。僕よりも歳は下だろう?」
「わしには力がある。何もエイジは子供嫌いなわけではないぞ、力を持たぬ奴を連れていきたくないだけじゃ」
自信ありげに、しかし得意になりすぎずにフォウが応える。
自分より背の低いフォウと、目上のエイジとの顔を交互に見比べながらロイがくすりと笑う。
フォウの言う通りだと同調するようにレンティアはうんうんと頷く。彼女は心中で自分とロイを比較していた。
レンティアは竜と戦う力を備えていない一端の狩人であるが、エイジの旅に同伴することを許可されている。
それは復讐という同じ意志を抱いているからこその許可だ。自分のように陰惨でむごたらしい過去を持つが故に、力の無さを度外視してでもついていける。
復讐を強く願うからこそ旅をしようと思えている。レンティアはロイの思い付きの様な言動に少し苛立っていた。
ロイの悠然とした表情と子供らしからぬ大人びた口調が、彼女の苛立ちを助長する。
「力があればついて行ってもいいのかい?」
「俺は仲間を集めているわけじゃない」
質問を繰り返すロイに、エイジは語勢を強める。
彼にとって力を持っていること、竜と対等に戦えることは条件の一つに過ぎない。
エイジは元々仲間を増やして竜と戦おうなどと考えていない。最初は自分一人でやるつもりだった。
エイジから旅の誘いをすることはあり得ない。わざわざ自分の脚を引っ張る重りをつけるようなことはしない。
仲間を増やせばそれだけ彼自身の意志が揺らいでしまう。仲間が危機に晒されればきっと身体は動いてしまう。それがほころびに繋がっていく。
復讐には強い意志がいる。人情を捨て去り、自分の全てを復讐だけに向ける覚悟が無ければ果たすことは出来ない。
エイジはその考えをずっと持ち続けていた。
「お前が俺たちの助けも必要とせず、かつ旅についてくる理由が無ければな」
「理由ならあるさ。かの竜殺し、君と同じように僕は竜を滅ぼしたい」
「何故だ?」
「この町の呪いも、元をたどれば元凶は竜の存在にある。今までは町の子供たちを守らなきゃいけなかったけどそれももう必要ない……これからは悲惨の花を咲かせる根を枯らす。それに同じ者同士、一緒に行動してもいいだろう?」
「……さっきから何のことだ、同じ同じと」
ロイは指を差した。
細く白い指の、艶のある爪が指し示す先に目線を送る三人。
ロイが指を指しているのはエイジの左手、召喚紋だった。
「同じだろう? 僕と君は」
ロイは片手でズボンのベルトに親指をかけ、ぐっと下げる。
腰の少し高い位置まで上げられていたズボンはベルトを緩く締めていたために、軽い力でもするすると下がっていく。
薄い尻はその動作に抵抗せず、ベルトは少し出張った骨盤に引っかかって止まった。
あらわになった子供特有の白くさらさらした手触りの素肌。痩せていて肉付きはよくないが、骨ばっているわけでもない。
薄く影の線が出来た鼠蹊部に、薄藍色の紋様が這うようにして下腹部から太ももの付け根にかけて刻まれていた。
エイジの左手のものと同じ、異界者であることの証。
それを見て一番に驚いたのはレンティアだった。彼女はあっと小さく声を上げる。
「それ……! 召喚紋……!?」
「同じ異界者なら解るだろう? 竜と戦う力はあるさ」
―――こんな子供が異界者?
口には出さずとも、その思いはエイジの表情に現れていた。
「ほぉ、エイジ以外にも生き残りがおったか……ふむ」
「あんまりじろじろ見られると恥ずかしいな」
ロイの召喚紋が本物かどうか、フォウがそばに近づいていく。
紋様の形はエイジとは細部が異なり、大きさも違う。召喚紋はそれぞれ異なる形をしているのだが、フォウ達が知っているのはエイジの物だけだ。
疑うのも無理はない。ロイはレンティアより小さい子供だ。
竜と戦うために異界から召喚された人間が、子供なんてことあるのか、と。
フォウはロイの肌に指を這わせ、絵具か何かで描いたものかどうかを確かめる。
「ちょっ、と、あ、あはは! くすぐったいよ!」
「本当に肌に刻まれておるな。本物じゃ」
「わ、わかったなら……! や、やめてくれないっ、かな、ふっ、ふふふ!」
よほどフォウの触り方がくすぐったかったらしく、ロイは顔を赤くして震えた声を出す。
身もだえて笑うロイの姿は見れば見るほど幼く映る。
華奢というより、未成熟と言った方がしっくりくる身体つき。成長途中でまだ男とも女とも言えない中性的な顔立ち。
―――少年、と呼べばいいのか。それとも少女か。
そんな考えがエイジの頭の片隅に浮かび、すぐに消えた。
「異界者なら竜と戦えて然りじゃろ。わしは連れて行ってもよいが……」
「あたしは構わないけど」
「おぬしには聞いとらんのじゃ」
「なんでよ!」
「どうするんじゃエイジ?」
自分の言い分を完全に無視され、レンティアは眉をひそめて皺を寄せる。
それが半ば癖になっているのだろう。いつも同じ形で皺が浮き出るのだから。
将来そこを中心に皮膚がたるんでしまうなどとは、全く思っていないのだが。
ズボンを上げて、呼吸を落ち着けるようにひとつため息をついたロイは、まだ少し赤い頬のままで微笑む。
異界者とはいえ、まだ子供。子供とはいえ、異界者。
エイジは少しのあいだ思案に口を噤んだ。
異界者ならば竜に対して十分に戦える力を備えている。自分のように特殊な能力も使うことが出来るだろう。
容姿は一見、生意気に大人ぶった微笑を浮かべる子供だが、その表情は背伸びしているだけにも見えない。
落ち着きある態度は何かしら経験を積んでいる証拠とも取れた。
大通りの人々の喧騒の中、エイジの返答を待ちしばらく何とも言えない時間が流れる。
ロイは返事を待つ身だと言うのに落ち着いた様子でエイジを見つめ、レンティアは反対に落ち着きなくつま先を地面にとんとん、と一定のリズムを刻む。
フォウが小さく口を開けてあくびをする。随分と待たせる、と思いながらも、実際は一分と経っていない。
エイジは頭の中で整理をつけると、淡々とロイに言い渡した。
「わかった」
それだけの短い、味気ない承諾の言葉。
まるでそう言われるのをわかっていたかのように、ロイは驚きも喜びもせずにただ、長い睫毛を揺らし目を伏せ、「よろしくね」と小さく呟いた。




