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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
イスター編 復讐の傷痕
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03.眠れぬエイジ

「……ふっ!」


 通常は両手で扱うであろう大きさの剣を片手で振るうエイジ。鋭い刃は大木であろうがバターを切るようにすんなりと切断することができ、力を籠めずともおもしろいほどに木が小さくなっていく。

 手ごろな大きさに斬られた木を薪としていくつかを抱え、エイジはフォウの元へと近づいていった。


「このくらいでいいだろう」

「十分じゃな。ほれ、そこに置け」


 二人は夜を明かすために野営の準備をしていた。

 あたりは林に囲まれている、森というには規模の小さい場所。

 エイジは夜通しで旅をしてもよかったのだが、フォウがそれを拒否した。なにしろあてのない旅、次の目的地も決まっていないのにふらふらと歩き続けても意味がないと。


「……こうか」

「それでよい。少し離れておれ」


 エイジは作った薪を重ねて置き、言われた通りに一歩下がる。

 フォウは息を吸い込んで、唇をすぼめて吐き出す。するとどういう原理か、吐き出した息に炎が混じり薪に着火した。


「ふふふ、どうじゃ? 早くもわしの力が役に立ったろう」

「その姿でも炎を吐けるんだな」

「当たり前じゃ。変姿へんしはあくまでも姿を変えるだけのもの。この細腕でも岩を砕くことができるし、口から炎も吐けるのじゃ。本気を出せば、ここら一帯なんぞ一瞬で焼け野原になるぞ」

「……便利なものだな」


 フォウの炎によって出来たたき火を囲んで、二人は地面に直接座り込む。

 たき火以外には何もない。テントも、寝袋も、そもそもエイジは身一つと背負っている大剣以外になにも持ち合わせていなかった。

 背負っていたその剣をすぐに手にできるよう側に置いた彼に、フォウは何気なしに話しかける。


「エイジ、おぬしが竜殺しの旅に出たのはいつ頃の話なんじゃ?」

「……いつかは覚えていないが、かなり前だ」

「その間、どうやって旅をしていたんじゃ。旅の必需品くらい用意しておくのが常識じゃろう」

「旅と呼べるものではなかった。……今までの生活は」


 エイジは揺らめく火の姿を見つめながら、あの日のことを思いだしていた。

 身も、心すらも焼き尽くしてしまう一面の赤色。耳をろうする轟音と共に焼け崩れていく家々、村全体を包み込む赤色。地面に染みこみ、鼻を刺すように匂う赤色。

 ――あの地獄を生み出した竜に、必ず復讐をしてやる。

 エイジの表情は徐々に険しいものになっていく。過去の惨劇を思い出し、自然と奥歯に力が入る。


「……ただひたすらに竜を探して、殺して。飢えをしのぐために時には自分の血を啜って、それでもずっと歩き続けた。……竜を殺し、疲れが限界を越えれば竜の屍の下で眠った」

「寝食を忘れ、感情のままに竜を殺して回るか。たしかに旅とは言えんの。徘徊と言った方がしっくりくる」

「そんな生活を続けていたせいか、食事は一週間くらい摂らなくても平気になった。睡眠も同じだ」

「そのような生活をずっとしていた結果が、今のおぬしということか」

「ああ……」


 たき火がぱちぱちと音を立てて、白煙をのぼらせる。

 火のあたたかみある光に照らされたエイジの左手。

 フォウはエイジの手の甲を見て興味津々に食い入るように顔を寄せる。

 僅かに青く光る紋様が、彼の手の甲に刻まれていた。


「おぬしの左手……召喚紋(オウスパターン)じゃないか!」

「……ああ、これか」

「なるほど……ただの人間でありながら竜を何体と殺せるのも、異界者(フォリナーレイス)というのなら納得がいく」

「そんなに珍しいものじゃないだろ」

「何を言うか。異界者(フォリナーレイス)はもともと人間が竜に対抗するために異界から連れてきた連中じゃ。ほとんどは戦争中に命を落としたと聞いておる……生き残りがおったとはのぉ」


 フォウはエイジの手を取り、まじまじと召喚紋(オウスパターン)と呼ばれる紋様を眺める。

 じっくりと見られるのが嫌だったのか、エイジは手をぱっと引いて話を逸らした。


「ところで……これからどうするのか決めているのか。俺はもともと、歩き潰して竜を殺していくつもりだったが」

「馬鹿者。人間の寿命などたかがしれておるじゃろ。そんな計画性の無さではおぬしの復讐は徒死とし、おぬしは客死かくし、それで終わる」

「……なら考えを言ってみろ」

「ひとまずの目的は、イスター地方の四王を殺すことじゃろう? じゃったら、村や町に行って情報を集めればよい」


 フォウ・ク・ピードという世界は一つの大陸が中心となっている。東西南北の四つの地方で分かれており、それぞれの地方で環境や文化が少しずつ違っている。

 いまエイジたちがいるのは東、イスター地方と呼ばれる地域の、最も東側の海岸近く。


「村、か……だが俺は地理に詳しくないぞ。地図も持っていない」

「わしはイスター地方の地理ならほとんど知っておる。ここから北の方角へ歩いていけば、半日もかからずにバンサスという村に着くじゃろう」

「バンサス?」

「一番近いのがそこじゃ……っふあぁぁ、もう眠くなってきた。わしは寝るぞ、出発は明日の朝じゃ」

「……ああ」


 フォウは地面に横になって、一分と経たずに小さな寝息を立てはじめた。

 その寝つきの良さにエイジは少しだけ羨ましく思う。なにせ自分は、何もない所ではろくに眠れなくなってしまったのだから。

 眠れないことが苦痛とは思わないが、羨ましいとは思う。目が覚めているあいだは、心休まることがないのだから。


「すー……すー……」

「……」


 ――バンサスという村。俺は聞いたことが無いが、果たしてそこは平穏を保てているのだろうか。

 ――俺の故郷のように、贄の暦によって蹂躙されているとしたら。


 エイジはそのあと一晩中、火が絶えないように薪を追加し続けた。

 眠ることなく、いや、眠れずに。尖りきった神経は無防備になることを拒否する。

 やがて夜が明け、目覚めたフォウと共にエイジはバンサスという村を目指し、北の方角へと歩き始めた。

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