21.戦闘技術『戦技』
東の四王ヴァスタークについてのさらなる情報を求めるため、エイジたちがサウスガルムへ出発することを決めてから二日ばかりが経った。
ヴァスタークについてまだ何か知っていそうなグルーは、エイジが何度尋ねても『サウスガルムのゲティスローツに行け。そうすれば進展がある』としか答えない。あまりにも口を固く閉ざすグルーにエイジは疑問を覚えたが、そうまでして言えない理由があるのならばきっとでたらめを言っているわけではないだろう、という裏付けとも言えた。少なくともエイジやフォウはそう考えた。
エイジは出発までのあいだ、たびたび村を出ては血まみれで帰ってくる日々を過ごしていた。早朝に村を出て、夕暮れ前には帰ってくる。その間で彼は近くにいる竜獣を探しては殺し、探しては殺しといった具合だ。
サウスガルム地方までの旅はどれくらいかかるかわからない。だが竜を全滅させるためには竜の頂点である四王を殺す必要がある。そのためには旅を出来る限り円滑に進めることが重要だ。
出発すれば、わざわざ竜を探して殺す余裕などなくなる。今のうちに少しでも竜の数を減らしておこうと考えたエイジなりの、出発までの時間つぶしだった。
そのエイジの行動に、三度ほどレンティアも同行していた。
旅についていくことは許可されたが、レンティアはまだまだ力不足。今のままではいざ復讐対象のソルダートと対峙したとしても、返り討ちにあうのが落ちだ。そのことをエイジに指摘されたレンティアは、旅の中で強くなることを決意した。
「―――つまり、戦闘において重要なのは冷静であることだ。俺も昔は感情に任せて竜と戦っていたが、それではこちらも多く傷を負うことになる」
「それなら大丈夫よ。狩りのときは常に冷静でいるように訓練してるから」
見つけた竜獣を始末した帰り道で、エイジはいつもレンティアに教えられる範囲での戦闘の知識を話した。
獣との戦闘は狩人であるレンティアも把握している。だが竜を相手にしたことがない故に、勝手が違うことがいくつもあった。エイジの戦いぶりは人間離れしすぎていて参考にならなかったが、知識的なことはエイジの話の中で徐々に覚えていった。
「竜の弱点は把握したか?」
「えーと……一番は翼の付け根だったわよね。鱗に邪魔されずに、かつそこにダメージを与えれば飛行手段を断てることにも繋がる、でしょ」
「そうだ。翼の付け根を狙うのは、相手の武器を奪うという目的が強い。空高く飛ばれてしまえばこちらの攻撃は届かないからな……お前のように矢を使うのなら話は別だが。……それ以外には?」
「足だったり、目や口の中……基本的に鱗の無い箇所じゃないと、駄目なのよね」
「竜の鱗は固い。竜獣程度ならば鱗ごと斬り裂けるが、上位種の竜となれば言葉通りに刃が立たないことが多い」
エイジの言うように、基本的に竜の鱗というのは固く、堅牢なる盾の役割を持っている。
通常ならば刃や銃弾を跳ね返すその鱗は、エイジのように力が強く、そして大きな剣を持っている者だから破壊することが出来る。それでも通用するのは竜獣くらいのものだ。
現に、ワゴール丘陵で戦った幻竜イルシオンの鱗は鋼のように固く、エイジでも斬ることができなかった。
「あたしの矢は自由自在よ。真正面に立ってる竜の背後に攻撃をすることだってできるわ」
「だが致命傷にはならないだろう。細い矢では肉の深くまで刺さらないこともあるだろうからな」
「……そこは知恵と技術で何とかするわよ。こちとらバンサス村で狩りを始めてから十年近いんだから」
「『戦技』、と言ったか? お前の使う技は」
この世界の人間では無い異界者のエイジには使うことができない、フォウ・ク・ピードの人間が扱う技術がある。総称した名は『戦技』。
戦闘において一定の資質を持つ者が幾度となく戦いに身を投じていると、人間の能力を超えた力を発揮することがある。この世界ではそれを『人間の秘められた真の力』と認識している。
残像を残す移動方や、音速に近い速度で剣を操ったり、かまいたちの様な自然現象を自在に引き起こしたりなど、場合によっては超能力とも言える力。それを戦闘での技に昇華したものが戦技だ。
「あたしの場合は矢の使い方になるわね。言ってもわからないと思うけど、あたしは矢を放つときに指で回転をかけてるのよ」
「回転?」
「細かい理論を知ってるわけじゃないわ。矢の軌道を変えるためにどういう回転を指でかければいいかが、感覚でわかるのよ。もちろんそれだけじゃ的当てでパーフェクトを取れるくらいの特技止まり。ちゃんと技として扱ってはじめて戦技になるの」
「……それは誰でも使えるものなのか? 俺のような異界者は除くとして」
「誰でも資質は持ってるって話だけど……使えるようになるにはある程度、特殊な訓練をする必要があるみたい。あたしの場合は狩りの中で自然に覚えていったけど……騎士団に所属する騎士は大なり小なり使えるみたいよ。むしろ使えないと戦力にならないんでしょうね」
並んで歩く二人はようやく村へと戻ってきた。すでに日は暮れかけており、西日となった太陽の光が二人の影を長く伸ばす。
今日がバンサス村での最後の日だ。明日の朝、彼らはサウスガルムへ向けて出発することになっている。
「……旅の途中、竜と戦闘になってもお前が無理をする必要はない。経験を積むことも大切だが、死ねばそこで終わるんだからな」
「わかってるわよ。でも、後ろで控えとけってわけにもいかないでしょ、あたしも自分のために強くならないといけないんだから」
「……ああ」
村の入り口のすぐ近くまでやってきて、エイジはそこで立ち止まった。レンティアは並んでいたはずのエイジの気配がなくなったことに気付いて、同じように脚を止めて振り返った。
エイジは返り血で染まった自分の左手を見つめながら黙っている。どうしたのかとレンティアは声をかけた。
「どうしたのよ」
「……俺は、何度も竜と戦い、殺してきた。……俺が知っているのは、竜との戦い方だけだ」
「…………」
「お前の復讐相手は、騎士……つまり人間だ。俺は人間との戦い方は知らないし、同じ人間と戦おうとも思わない」
「なによ、そんなことアンタが気に病む必要ないでしょ。……それに、あたしの復讐はあたしの問題。アンタも自分の復讐があるでしょ」
「ああ」
「だったら、気持ちは嬉しいけどあたしのことを気にする必要ないわよ。あたしはあたしの目的のためにアンタの旅についていくだけ。お互いに手伝ったりは無しでしょ?」
レンティアとエイジはそれぞれの復讐を心に抱いている。だが復讐というものは個人の問題であり、協力など元来できないものだ。
復讐は―――レンティアの場合、ソルダートへの復讐は彼女自身が成し遂げねばならない。そうでなければ、それは彼女の復讐にはならない。エイジも同じことだ。竜への復讐、四王への復讐はエイジが成さねば意味が無い。
だがそれは、最後の一手という話では無いだろうか。エイジはそう思っていた。
現にエイジは、四王への復讐のためにフォウと行動を共にしている。エイジ一人では四王を討つどころか、探し出すことも困難だ。情報提供者、そして共闘者は立派な協力者と言えよう。
大事なのは最後の一手だ。四王を殺す一手を誰が行うか。その一手をエイジが行いさえすれば、彼の復讐は成就と言える。それならばレンティアの復讐も、ソルダートを探すことや彼女に戦闘知識を教えることに問題は無い。ソルダートへの最期の一手をレンティア自身が行いさえすれば。
「……らしくないわね。同情してくれてるの?」
「そういうわけじゃない」
「はぁ……要は、あたしが弱いから気になるってことなんでしょ?」
レンティアは眉をひそめて怒り気味にそう言った。
自分が弱いのは彼女もわかっている。わかっているが、はっきりと言われずともそれを他人に指摘されると腹が立った。負けず嫌いな性格ゆえに、レンティアは腰のベルトに提げた矢筒から数本の矢を取り出して左腕の弦に構えた。
「なにをしている?」
「あたしの技は、自慢じゃないけどぬるいもんじゃないわよ」
狩人として戦うために用意された特注の服。肘から手の甲にかけて張られた弦に矢を引っ掛けて引いていく。きりきりと弦が軋み、レンティアは指を捻って矢を空に向けて放った。
弦を限界まで引いていなかったせいか、矢は目で捉えられるほどのスピードで飛んでいく。エイジは反射的にその矢の行方を目で追うが、その矢の軌道に驚かされた。
矢はその先端を地面へと向けているが、一向に落下してこない。
雲から垂れた糸に吊られているように、空中でとどまっていたのだ。
「……これは」
「あたしの戦技のうちの一つ。『絶佳は醜穢、醜穢は絶佳』……滞空する矢は時間差で落ちてくるわよ」
滞空していた矢は全部で六本。見上げていたエイジのもとに、そのうちの一本が急加速して落ちていく。まるで空から直接矢が放たれたかの如く、今度は目で捉えきれないほどの速度で。
「っ!」
だがエイジの動体視力なら躱すことは容易かった。矢のように細長いものならば、大きく回避せずとも少し移動するだけで簡単に避けることが出来る。そう、一本だけならそれだけで済むことだ。
しかし滞空していた残りの矢は、まるでエイジが避けた先を感知するように順番に落下していく。エイジが避ければ、避けた先にさらに落ち。また避ければそこにまた落ち。
(っ……なるほど、これが戦技か……たしかに通常ならありえない動きをする)
全てが一度に落ちてくるわけでは無かったので、全六本の矢をエイジは軽々と避けた。
その動きにはたしかに驚かされたが、これだけならばエイジでなくとも避けることは出来るだろう。
「どうよ?」
「……たしかに特殊な動きをするな」
「勘違いしないでよね、マクベスは単体で使う技じゃないんだから」
「どういうことだ?」
「考えてみたら? 上から正確に狙ってくる矢のなか、あたしが地上から攻撃したらどうなると思う?」
常に上空の矢に気を配らなければいけない状況で、さらに追撃を受ける。考えただけで難しい状況だとエイジは感じた。
上空とレンティア自身の二方向からなら問題はないだろう。だが他の戦技によって―――たとえば四方を取り囲むように矢を放たれたとすれば、防ぐことはできても避けることは難しいだろう。
「……なるほど。上等だな」
「ちょっとは感心した?」
「ああ。疑って悪かったな」
レンティアは自分の力を認めさせて気分がよかったのか、微笑みを浮かべて鼻から息を抜く。彼女はそのまま地面に突き刺さった矢を回収し始めた。
「……矢は消耗品じゃないのか?」
「そりゃあ軸が歪んだり折れたりしたら使い物にならないけど、矢じりが欠けたりしたくらいならそこだけ交換して使いまわすわよ。出来るだけ持ってる数の矢で敵は仕留めたいけど、それが出来ないときはこうやって回収しながら狩りをしてたしね」
「矢はいつもどれくらい持っているんだ?」
「30から40ってとこね。折れたりしても木を削って代わりを作る道具はいつも持ってるし、もう少し少なくても困りはしないわ」
「竜と戦うならそれぐらい必要だろう、あとは竜に刺さった矢が折れないことを願うしかないな」
「ええ」
矢を全て回収して、二人はバンサス村へと戻っていく。
エイジは血まみれの姿で村人を怯えさせないように、川へと向かってマントを洗う。もしもこの川の流れが滞っていれば、すでに辺りが真っ赤に染まるくらいに何度も何度もそうして血を流してきた。
(……サウスガルム、か。……向こうでは、贄の暦はどうなっているんだろうな)
マントを強く絞って、吸った水を抜いていく。それを川沿いの柵にかけて、エイジは自分とフォウが使っている家へと向かった。
明日はついに村を出て、サウスガルム地方へと出発する日だ。
(……だがその前に、この村でやることが一つだけある)
『それ』を思いついたのはグルーの話を聞いた時だった。
エイジのように強い殺気を放っている者には、竜獣は滅多に近づこうとしない。
ならば、『それ』をやってみる価値は十分にある。
エイジはその日の夜に、『それ』を実行した。




