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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
イスター編 復讐の傷痕
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02.その名はフォウ

 竜。それは一括りに呼ばれている名前であるが、竜にも種類はある。

 古竜こりゅう幼竜ようりゅう幻竜げんりゅう……人間にも種族の違いがあるように竜にもそれがある。

 そして竜と呼ばれる種族はすべて、一つの共通意識を持っている。人間のように愚かな歴史を繰り返さないように、竜同士で憎しみ合わないという意識。

 それは一種の絆のようなもので、竜は一枚岩となって生きている。


 その事実は誰だって知っている。だからこそ、白い竜の言葉を聞いてエイジは驚いた。


「正気か? その命乞いの仕方は初めて聞いたな」

「舐めるなよ小僧、わしが人間如きに命を乞うと思うか」

「……わからないな。俺はお前も含めて竜を全滅させると言っているんだ。それに、竜が竜を殺すなんて聞いたことが無い」

「なぁに、竜同士でも細かいいさかいはままあるものじゃ。わしも、いい気になっとる四王には腹が立っておった。それにわしと一緒に行けば色々と得があると思うぞ?」

「……?」

「わしは長く生きておる、おぬしら人間の何十倍もな。だからこそ豊富な知識を持っておる、竜についても地理についても。……そして、わしは強いぞ? そこらの竜よりも遥かにな」


 白い竜の実力は、立ち会っただけでエイジにもわかっていた。

 エイジの身体から歴戦の闘気が溢れているように、この竜からも同じような覇気がにじみでている。

 今まで彼が出会った竜よりもはるかに鋭く膨大なオーラだ。

 もし戦えば、今まで何十と竜を屠ってきたエイジでも苦戦を強いられるだろう。

 そう、互いに実力は拮抗しているはずだ。なのに何故この竜は協力を持ち掛けてきたのか。

 疑問に思いエイジはそれを口にした。


「なぜ人間である俺に協力しようとする」

「言ったじゃろう、わしは四王が嫌いなんじゃ。偉そうにフォウ・ク・ピードの支配者なんぞ気取りおって。……おぬしほどの力の持ち主と共にならば、革命もまんざら現実味が無いわけでもない」

「いずれ俺は、お前も殺すぞ」

「四王を屠るまでの仲でよい。そのあとは好きにしてみろ……まぁ、わしが死ぬなんてありえんがな」


 握ったままだった剣の柄をエイジが離す。

 この白い竜は他の竜とは違う。秘められた力もそうだが、心のありようが違う。

 エイジは初めての感覚に少しだけ戸惑っていた。相手は憎むべき竜だが、白い竜に対しては燃え盛るような憎悪が浮かんでこない。

 それは無意識に感じている怖気のせいか。それとも目の前の竜の竜らしからぬ態度のせいか。

 どちらにせよ、協力するというのならしてやろうとエイジは思った。


 たしかに一人だけで四王を殺しきれるなどとはエイジも思っていない。思ってはいないが、自らの復讐を成し遂げるために必要なことだった。

 勝てはしない、死ぬに決まっている、そんな言葉はかなぐり捨てる。

 世界中の竜を全滅させることが彼の目的だ。

 戦力が増えるに越したことはない。それが目の前の白い竜のように強大な力を持っていればなおさらのこと。


「四王を殺せば他の竜が弱まるというのは、どういうことだ?」

「各地におる四王は、その地に存在する竜たちと繋がっておるのだ。竜たちの力が四王に集まり、そして四王の力が竜たちに分け与えられておる。……竜は四王の力で強化され、四王は竜たちの力を生命力としておる」

「つまり……力の源である四王を殺す方が手っ取り早いという事か」

「逆でも四王の力を削る事にはなるが……なにせ竜は数が多い。おぬしとわしなら、直接四王を叩くことも可能じゃろう」


 エイジは最後にもう一度、白い竜の眼を見た。

 竜というのはどれもこれも同じような顔つきをしておりそのどれもが殺気立つ印象を受けるものだったが、いまの白い竜の表情からはむしろ朗らかな印象すらあった。

 エイジは白い竜に背を向けて、洞窟の出口へと歩きはじめる。


「ついてくるのはいいが……お前はここを出られるのか? 洞窟には細い道もあったが」

「安心せい、姿を変えれば問題あるまい」


 エイジの背後からまばゆいばかりの光がはしった。

 何が起こったのかと振り返ってみると、先ほどまで見上げるほどだった竜の姿は忽然こつぜんと消え、そこには代わりに幼げな少女の姿があった。

 白く透き通った長い髪、エイジの身長の半分にも満たないであろう小さな体。大きな目は暗闇でも光を放つように赤い色をしている。

 ある程度の力量を持つ竜ならば可能な、姿を変える力。変姿(へんし)と呼ばれるそれをエイジは今までにも見たことがあったため、別段驚くことは無かった。


変姿へんし、か」

「知識と力を持たねばできぬ芸当じゃ。どうじゃ? どこからどう見ても、人間の少女にしか見えまい」

「……」


 無い胸を反らせて、鼻から息を抜く幼い少女。

 だがエイジはそれを見ることなく洞窟の出口に向かって歩き始めていた。


「なんじゃ、反応なしとは面白くない奴よ」


 二人は近すぎず遠すぎずの距離で出口に向かう。二人は出会ったばかりだというのに、互いのことを聞きあったり、なにか話をするということをしなかった。

 協力関係を築いたとはいえ、エイジは竜に和気藹々と話をする気にはなれなかったからだ。

 二人の間に流れる沈黙。体に纏わりつくような洞窟内の湿っぽさと混ざり、いまにも息が詰まってしまいそうな空気が流れる。


「そういえばおぬし、名はなんと言うんじゃ?」

「……エイジだ」

「エイジ、か。こりゃまた大層な名じゃの」

「……」


 エイジは振り向かずに背後の少女に答える。

 一言だけ名を告げると、それで話は終わりという風にまたも沈黙が訪れた。

 それに気を悪くして白い竜は不満げな表情を浮かべる。


「なんで黙るんじゃあ。名前を訊かれたら普通聞き返すじゃろ」

「俺は竜の名前などに興味はない」

「そう言うな、たったさっきからわしらは仲間になったんじゃ。呼び合う名前を知らなければやりにくい」


 エイジは短く浅いため息をつき、仕方が無く応えた。


「……なら聞いておいてやる、お前の名前は?」

「名前など何十年と呼ばれておらんからのぉ、忘れてしもうたわ」


 ようやく洞窟の出口が見えてきたあたりで、エイジは短くため息を吐き足を止めてようやく振り返る。

 エイジの表情は険しく――と言っても常に仏頂面だが――、目の前の少女を見下して責めるような視線を送っている。

 一方、さっきとは一転見下される身長になった白い竜は、薄い微笑みを浮かべている。まるでエイジのことをからかって楽しんでいるように。


「ふざけているのか」

「ふざけてなどおらん。本当に名前など忘れてしまっての。……おぬし、わしに名前をつけてくれんか?」

「……"フォウ"」

「フォウ、って……エイジよ、もうちっと考えろ。村で生まれた子に村の名前をつけるくらい安直じゃぞ」

「気に入らないなら自分で考えろ」


 この世界、フォウ・ク・ピードと同じ名前。エイジは何気なしにふとその名前を口にしていた。

 何も考えずに出た名前には違いないが、世界の名前から取ったつもりはなかった。

 エイジは大きな歩幅で洞窟から出る。そのあとを追う、小さい歩幅の少女。


「わかったわかった、もうフォウでよい。今日からわしの名はフォウじゃ」


 こうして白い竜は、竜殺しの男によってフォウと名付けられた。

 洞窟の外に出ると、潮風が身体に纏わりついていた湿りを洗い流すように吹きすさび、新鮮な空気を吸い込むと格別に旨く感じた。

 夜空に浮かび上がる月が大地を、海を、そして二人を照らす。

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