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竜殺し、復讐を顧みる。  作者: 天樛 真
イスター編 復讐の傷痕
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01.二つの歯車

 竜。それは恐怖であり支配の象徴――。


 世界中に蔓延する竜の雄叫びには、人の悲鳴がいつも混じる。

 今日もまたどこかで血が流されていく。流れた血は一滴と残らず竜に啜られる。

 人と竜との戦争が終結したのはつい昨日の出来事のように思えるが、実際はあれから3年の月日が経過している。


 人々は戦う力を奪われ、自分たちの身を守る術も失った。唯一残ったものは毎日のように訪れる、死ぬかもしれないという恐怖心のみ。

 竜に支配され、竜に搾取され、竜に怯え続ける。

 フォウ・ク・ピードという世界は、すでに暗黒の時代に突入していた。


 しかし人々のあいだにはある希望が広まりつつあった。

 戦争終結から3年が経ちどこから吹いてきたかもわからぬ風の噂。

 ――竜をたった一人で何十体も殺している男がいる、と。


 ある者は笑った。たった一人で竜を倒せる者などいるはずがないと。

 ある者は喜んだ。そんな救世主のような人物がいるのだと。

 ある者は涙を流した。信じられない話だがそれにすがるくらいしか出来ない己の無力さに。

 やがて人々はその噂の人物を自然に、『竜殺し』と呼び始めていた。







 水平線の先には、何が広がっているのだろうか。

 延々と続いているように見える大海原を青色の瞳に映しながら、エイジは思った。

 ゆらぐ波間は空に浮かぶ満月に照らされてきらきらと光っている。その混じり気のない自然の姿を見ていると、彼の荒んだ心にもほんの少しの穏やかな気持ちが訪れる。


 体温をさらって行く潮風が吹き彼の髪をなびかせる。

 エイジの髪と目は、目の前の海のような青さをしている。あるいは彼の心すらも、冷え切った青色をしているのかもしれない。

 しばらく砂浜を歩き、岩礁を飛び越えながら波打ち際を進んでいく。エイジは見上げるほどに高い崖の下を目指していた。

 やがて崖下の辺りに辿り着くと、岩肌をくりぬいたような大きな洞穴が見えてくる。潮風を呼吸するように吸い込んでいく洞穴の奥からは、鳴き声のような風の音が響いていた。


「……ここか」


 エイジは背負っていた大きな剣の柄を握り、鋭く目を細める。鞘も無い抜き身の、身の丈ほどある巨大な剣だ。

 深い暗闇が広がっていく洞窟の奥に何が待ち受けているのか、彼はそれを知っている。

 一度深呼吸をしてから、彼は洞窟の中へと入っていった。


 足取りは軽かった。ごつごつとした地面は靴越しでも伝わるほど冷たく、立ち止まるにはあまりにも寂しげな洞窟内。

 奥へと進むか、出口に戻るか。怖気(おじけ)ることなく彼は奥へと歩みを進めていく。

 しばらく進んでいくと、外から入り込む風を感じられなくなった。

 鼓膜を揺らすのは自らの足音。反響して何人もがここに入り込んでいるように聞こえる重なった足音と共に、やがてエイジは洞窟の奥へとたどり着いた。


「――珍しいの、来客とは」

「……」


 ――デカいな。

 目にしたものにエイジはそう思った。

 自分の何倍もあるその体は洞窟の奥を埋め尽くすように大きく、光を放つように真っ白な鱗は目の奥を痛ませる。


 今までエイジが見てきた竜とは、雰囲気が明らかに違った。

 体の大きさもさることながら、特に目立つのはその色合い。人の髪の色が様々なのと同じく、竜の体の色も様々だ。だが、ここまで透き通った白色の竜は出会ったことが無い。


「それも人間とはなおの事……わしに何用じゃ?」

「この辺りの竜は全て俺が殺した。残ったのはお前だけだ」

「ほぉ、その青色の髪と瞳……おぬしがまことしやかに噂されとる、竜殺しとやらか」

「そうだ」


 白い竜の大きな瞳が眼下のエイジを睨む。見開かれた眼は高圧的であり、見る者すべてを威圧する。

 今まで幾度となく竜と対峙してきたエイジだからこそ、その視線を受けても眉一つ動かさない。

 白い竜は一つ小さなため息を吐いた。巻き起こった風がエイジの羽織っているマントをひるがえし、つむじとなって風切り音が洞窟内にこだまする。


「わしを殺しにきたのか?」

「ああ。竜は全滅させる」

「っははははは! 竜を全滅か、面白いことを言う人間もいたものじゃな」


 竜は面白い冗談を聞いた風にエイジの言葉を笑い飛ばす。

 だが、エイジの瞳の奥にある強い意志の光はそれが本気だと物語っていた。


「その口ぶり、よほど竜に憎しみを抱いておるらしいの」

「……お前たち竜がしたことを胸に聞いてみたらどうだ」

にえこよみか? 四王しおうが定めた、くだらん制度の犠牲者か」


 エイジの眉間に皺が寄る。四王という言葉を聞いた瞬間に彼の雰囲気がかすかに変化したのを、白い竜は感じ取っていた。

 ――竜に、特に四王の竜に並々ならぬ憎しみをこの人間は抱いている。

 そしてエイジから感じられる闘気、殺気。歴戦のオーラを自然に出せるのは、間違いなく死線をくぐってきたという証拠。

 この人間は、ただの非力な弱者ではない。


「おぬし、竜を全滅させると言ったな」

「……」

「ちまちまと竜を殺すよりも、もっと簡単な方法があるぞ。……四王の竜さえ殺してしまえば、他の竜たちは極端に力を失うだろう」

「なに……?」

「どうじゃ。わしと協力して、革命でも起こしてみるか?」


 洞窟の中で出会った竜殺しの男と、白き竜。

 一つだけだった大きな歯車が二つとなり、機械仕掛けの時代の針が進み始めた。

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