はじまり
私のいる西国は、昔からの部族との間に戦争が絶えない多民族国家だった。国王は政治を行わず他国との関係も悪く、民は常に飢えていた。国土はいくつもの河川と森林に囲まれたきれいな国だった。西国の周辺諸国をそれぞれ東国、南国、北国と呼んでいた。東国は乾いた大地を持ち、剣闘士をたたえ栄える国だ。それと違い、南国は、港で栄えた大国としての名前がある。周辺諸国の中では一番大きな国だ。北国は、代々女性の女王が国を統治する国で、女性の国として知られている。私は、父と母を幼い時に亡くし身寄りがなく、西国の城壁外の教会に身を寄せていた。教会が自分の居場所であり生活の場であった。生活は苦しかったが静かに暮らしていた。そう、その日が来るまでは・・・・。
その日はいつもと変わらず厩舎の仕事をこなしていた。木枯らしが吹く中私は井戸から水を汲み上げる。風は冷たく手がかじかむ。仕事が終わるといつものようにかじかんだ手を温めに教会の暖炉に居座り温まると、その場を離れ司祭の書庫を借りる。そんな毎日を過ごしていた。
今日は教会に人が多かった。司祭が集まった民衆と話をしている。暖炉の前は教会に訪れた民で溢れていた。私の姿を見つけ同じ孤児の子供が話しかける「東国の兵がモグム村を襲ったって、モグムの民が教会に逃げてきたんだよ」
モグム村はこの城壁街から4マイル程離れた村でダクトス卿の領地だ。モグムの民は敵から追われ傷を負っている者もいた。孤児の子供たちの中には民の給仕の手伝いに出る者もいた、私は状況を察して井戸の水を汲み負傷者の手当にまわることにした。司祭は教会へ来るモグムの民を急かすように受け入れていた。負傷者の数はだんだん増え襲撃の激しさをもの語っていた。
そんな中ダクトス卿率いる騎士団が教会へ通りかかる。全身血を浴びている。馬の背から降りたダクトス卿が教会へ逃れる民には気にも留めず司祭の前に表れる。
「教会側は私の味方か?」ダクトス卿は尋ねる。
司祭は傲慢なダクトス卿に怯むこともなく淡々と答える。
「行くあてのない民を受け入れるまで、教会の役割を果たすだけだ」という。ダクトス卿は笑みを浮かべながら続ける
「いいだろう。聖職者として役割を果たすといい」そう言うとその目を教会の中にいたひとりの子供に向ける。
「王弟ジェイファス公によく似ている。ジェイファス公の息子は長年行方知れずだ」驚きを隠せず呟くようにそう告げると負傷者を手当していた一人の子供の前に佇む。民の介護に当たっていた私は手を止め不意に顔を上げる。
「ブロンドの髪にバイアイ、父親譲りか?」ダクトス卿は勝ち誇ったように声を荒げ、私の肩まで伸びたブロンドの髪と左右色の違う瞳を指摘する。辺りは静まり返っている。司祭は落ち着きながらダクトス卿に告げる。
「教会で養っている孤児の一人です。似たような子供はどこにでもいます。」そう語る司祭にダクトス卿は耳を貸さなかった。王の土産ができるとばかりにその場から強引に連れ去ると馬に乗せる。
「ただの孤児ならば連れて行くことに意義はないはずだ、私はベルグバーハル卿ダクトスだぞ」そう言いながら教会から去っていく、その後ろ姿をただ見つめることしか司祭には出来なかった。
教会を去り騎士団の一行は城壁街を登っていく。馬が突き進む先はジェフリング王の宮廷のようだ。城門を通り城へ入る。ここから先は王侯貴族の世界になる。私は初めて見る城内の広さに心動かされる。馬を下り事情がわからぬまま城内へ連れてこられる。ダクトス卿を待ち構えていたように王の間には、国王の古くからの臣下で忠誠心を持つベイ伯と、若く、賢明で頼もしいランス伯の姿もあった。臣下が囲む中央の王座には国王の姿もあった。王を囲むようにみな静かにじっと佇んでいた。王は右手をこめかみの近くにのせ、目をつむり瞑想にふけって座っていた。その場にダクトス卿が来たことに気づき周囲の目はダクトス卿に注がれる。
「東国のバージ村を無差別に襲い、東国軍はモグムに攻め入りモグムは壊滅状態だ。東国軍が撤退したことが何よりの救いだが、今回は処罰を」ベイ伯がダクトス卿の姿をみるやいなやすぐさま王に向かってダクトス卿の処罰を促した。
「貴公の領地は安全のはずだが」ダクトス卿はベイ伯に目を向け苦々しく話す。ダクトス卿の周りではベイ伯の発言に反発する従者から危険を冒したことに不服をたてる従者とで騒がしくなる。
「東国はいずれ我が国に攻め入るだろう。今こそ戦争だ! 」ダクトス卿のその声に従者たちは勢いづく。あたりは騒然となる。
国王は静かに続けた。
「東国との戦は起ころう。だが今その時ではない。ダクトス卿を懲罰として牢獄へ処罰する」その声に答えるように王の臣下がダクトス卿を捕らえる。周囲は静まり返る。
「ここにジェイファス公の息子がいる。正真正銘ジェイファス公の息子だ。」ダクトス卿は最後にそう言い残すと王の臣下に連れ去られた。周囲の目は、ダクトス卿の横で呆然と立ち尽くす私に注がれた。
「もめ事の次は子さらいか」ランス伯が呆れ顔で呟く。王はじっと私を見つめるとすぐ話しだした。
「確かによく知る弟、謀反者の顔に似ているな。だが疑わしい。疑いが晴れるまで牢に幽閉せよ。この件はランス伯に託す。」その王の申し付けにランス伯は身じろぐ。王の指示で臣下が私を地下牢へと連れて行く。私はされるがままそれに従った。薄暗い階段を下りていく。薪を持った臣下の後にランス伯がついてくる。冷たい鉄格子で囲まれた牢へ追いやられ、私は動揺する。王の臣下が下がるとランス伯が腰をかがめて話す。
「人違いならば家へ返す。もしジェイファス公の嫡子ならばその身の処分は王が下すであろう。どこで育った?名前は? 」
「サムといいます。城壁街の教会で育ちました。」私は言葉を詰まらせる。ランス伯は続ける。
「歳はいくつになる? 」
「7つになります。」私は怖くてその声は震えていた。ランス伯は姿勢を正すと話しだした。
「育ちが教会ならば司教に委ねる、司祭も神の前では嘘をつけない。すぐ身元が割れるだろう。」そう言うとその場から足早に立ち去っていった。
夕暮れの日は落ち、辺りは次第に更けていった。その晩は寒気に見舞われとても寒く、外では雪がちらついていた。
その頃教会では村を襲われ難民となったモグムの民で溢れていた。教会にいた司祭や侍女、孤児の子供たちは給仕に追われていた。配給は教会の備蓄物では足りなかったが、城壁街の民の寄付もあった。そこに司教が姿を見せる。周囲は司教の存在に気づき祈りを捧げた。司祭は気づき出迎える。
「皆に神からの御慈愛を」司教は司祭に語る。司祭は頭を下げる。「ランス伯から噂を聞いた。この教会にいたサムという名の子供についてだ。」司教は教会の中に足を向かわせながら尋ねる。司祭はその言葉に反応する。「サムは今どこに? 」司教は立ち止まりその場で続ける。「幽閉されておる。」「どうかご勘弁をまだ年端も行かぬ子供です。」司祭は懇願するように頭を低くする。「それには真実が必要だ。国王が判断される。真実を語るのだ。私には虚言は申されるな。」司教は司祭の目をじっと見ながら話しかけた。司祭はたじろぎ司教の目から顔を背ける。
司教は、モグムの民の為に祈りを捧げた。モグムの民もまた犠牲者に哀悼の意を表し涙を流しながら祈りを捧げた。
牢の番人が歩く足音以外は牢獄は静かだった。あたりは暗く、光は薪が照らす光だけだった。その夜は寒く私は、寒さに凍えながら薄い毛布にくるまり眠れぬ一夜を過ごした。自分に降りかかる出来事に頭を抱えながら、恐怖と不安な一夜を過ごした。早く教会へ戻りたい。それだけだった。時間だけが過ぎていった。地下牢の中では朝日が昇ることさえわからなかった。
静けさの中で階段を降りてくる音で目を覚ます。昨日と同じように臣下が私の前に現れ、鍵が開けられる。「出られよ。」牢を出され階段を上る、暗いところから急に明るいところへでたため目が眩しい。前方に二人の男が立っていた。ランス伯と司教の姿だった。二人は話し合っていたが私の姿に気づくと向きなおす。
「うむ。ジェイファス公によく似ている。」司教は私を見るなり率直に答えた。
「国王の考えはさて置き、今であることは重要だ、貴族との支離滅裂。王権に不服を立て
るものも多い。ジェイファス公の人望は厚かった。この国の執政の存在は希望だった。」司教は意気込む。
「期待するのは勝手だがあの子はジェイファス公じゃない。」ランス伯はため息混じりに答える。
国王が処罰しなかったのには意味がある。よりによって事の発端はダクトスだ。ダクトスは、王の褒美を受け、刑を解かれるだろう。たちまち噂は国外にまで広まる。国内問わず国外の反応を国王は見ている。」ランス伯は鋭く話した。私は二人の側へ行き言葉を交わした。
「教会へ戻りたいです。」その声に力はなかった。そんな私を司教とランス伯は見下ろした。
「教会より良い暮らしがある。あなたは、王弟ジェイファス公の息子だ。これより名を改めエレファニアと名乗るといい。住居は私の城をお貸しします。」ランス伯はそう言うと私に向かって頭を下げた。
「父は戦死し、母は病死したと聞き育てられました。」「それは司祭の虚言です。父はあなたを教会に託し民としての暮らしを与えようとしていた。あなたの父は王の弟君のジェイファス公母は北国にいるアンナ王女だ。父は執政であり国王を補佐する人物だった。3年前に王に謀反を企てたとして処分を」
寒さに震え両手に息を吹きかける。