これはお薬じゃありません! 〜転生少女のカレー奮闘記〜
「お嬢様、こんなにお上手になられて。私は嬉しゅうございます」
使用人が感激したように涙を拭いているけど、私は嬉しくない。
これは何度目なんだろう。
そのまま使用人はお父さんの所へせっかく潰したスパイスたちを持って行ってしまう。これはお薬になってしまうのだろう。
せっかくターメリックとかコリアンダーとかカイエンペッパーとかを手に入れたのに。頑張って魔術温室やお庭からとって来たのに。私のお駄賃がわりだったのに。
やだ! と泣き叫びたいのに、大人だった記憶が邪魔して騒げない。恥ずかしいのだ。
誰よ、異世界転生したら料理チートが出来るって書いた人は。
「お嬢様! 朗報ですよ! 旦那様が感激されて仕事場に入る事を許可してくれました。作業はそこでして下さいとのことです」
さっきの使用人が戻って来て追い打ちをかける。
だから私はカレーが作りたいのであって、お薬作りに貢献するつもりはみじんもないんだけど。
でもそんな事は言えない。それをいう事は薬師であるこの家を馬鹿にする事になる。
私は心の中だけでため息をついた。
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最初にトラックに轢かれた時は自分の不運を嘆いた。
その次の瞬間に赤ん坊の姿になって見知らぬ部屋にいた時は何事かと思った。
段々状況が分かって来た時には『夢だ』と思った。
今はちゃんと現実を受け入れている。生まれ変わったものは仕方がない。この世界で生きて行くしかないのだ。
私は転生者だ。おまけにここは魔法がある世界。異世界転生ものの小説はインターネットでよく読んでいたけど、まさか自分がそうなるとは思わなかった。
私が産まれたのは代々薬師をやっている家だった。だから『漢方』や『ハーブ』などがたくさんあった。それを患者に合わせて調合する。ちなみに私の家は一族の当主様一家御用達らしく、いろんなお薬の材料がある。国でも有力な一族だとそういう調合は当主一族自らやるらしいけど、私の一族は小さいので薬師の家というのがあるのだ。
六歳になった私は少しずつ家業の手伝いをする事になった。四つ年上の姉はもうすでにいろんな薬を調合出来るようになっている。私も同じくらいの技量を身につけなければいけないのだろう。
それで最初に命じられたのが薬草や実をつむ事だった。たくさんあるから一部はおままごととかに使っていいと言われた。
それで温室に入って見つけたのがスパイスになる植物たちだった。
懐かしいと思った。私はよくこういうスパイスを使って料理をしていたのだ。家族がどうしても市販のカレールーでは嫌だって言うから毎回私がスパイスから作っていた。
そんな事を思い出していたら無性にカレーが食べたくなったのだ。
というわけで、私は教えてもらった魔術と、小さな腕力を駆使してスパイスを粉にしていたんだけど。
どうも使用人さんたちは私が料理をしているとは思っていないらしい。ちょっと背伸びしたお嬢様が『おうちのおしごと』のために頑張っていると思われている。
一度、『ちがうの!』と言ってみたんだけど、『私はわかっておりますよ、お嬢様』と微笑まれた。なんにも分かってないから!
てゆーか台所でやってるんだからみんな察しろよ!
というわけで拗ねた私は部屋のベッドで足をばたばたしている。まだ六歳だから問題はない。
そんな時にノックの音がした。相手が誰であろうが、こんな所を見られるのは恥ずかしい。
返事をすると、入って来たのは姉だった。やけに心配そうな顔をしている。
「お姉さん、どうしたの?」
「心配で来たのよ。お父さんもお母さんも心配してるわ。あなたが無理しているんじゃないかって」
「え?」
何故かいきなり心配をされた。一体何があったのだろう。
姉の話を要約すると、どうやら私がお父さんたちに褒めてもらいたくて、遊ぶ事もせずにお手伝いをしていると思われているらしい。そして子供らしくないその行動を心配して『もっと遊びなさい』と言いに来たらしい。どうしてそんな事になっているのだろう。馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。ついでに涙まで出て来た。姉がおろおろしている。
「わたしはカレーが食べたいだけなのに……」
泣きながらついつぶやいてしまった。だってここ数日考えている事はそれだけだから。
でもお姉さんは何の事か分からなくて首をかしげている。だから私は説明した。『カレー』というのは食べたらみんなが笑顔になる辛くて美味しいスープだと。
この説明はおおむね間違っていないでしょう?
「スープなの?」
「そう。オリーシャにかけて食べるの」
オリーシャとはお米の事だ。ここでは雑穀扱いでたまにスープの具としてちょこっと入れられる。あ……。
「そのカレーというスープの具にオリーシャを使うのね?」
「そうじゃないよ!」
やっぱりお姉さんは勘違いしていた。ああ、道のりは遠そうだ。でもカレーについて理解してくれたなら大丈夫……だよね?
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それからははやかった。最初から親に相談すればよかったと思う。結局母親と使用人と姉が手伝ってくれてやっとカレーライスは完成した。
出来た時は涙した。だってここまで来るのに一ヶ月かかったのだから。おまけに『ごはん』というものの理解を誰もしてくれなくて結局オリーシャを炊くのは全部私がやった。
というわけで今日のお夕飯はカレーライスだ。
みんなの前にごはんが乗ったお皿がサーブされて目の前で使用人がカレーをかけてくれる。
とろっとしたカレーがごはんにかかっていくさまは至福としか言いようがない。
カレーを口に入れるとほんのり辛い味が口の中に広がった。
両親や姉も喜んで食べている。姉にも食べやすいように甘口仕様にしたからお口にあったみたい。よかった。
ゆっくり味わっていただく。だって六年ぶりのカレーライスだもん。
美味しい。幸せ。ついつい涙が出てくる。
「嬉しくても泣くのね」
お姉さんがからかってくる。うるさいよ!
「それで? このカレーというものはどういう効能があるんだ?」
お父さんまでからかって来た。
「だからこれはお薬じゃありません!」
私の叫びに家族のみんなが笑った。
この『カレー』が一族の名物になり、他国の王族が我が家に訪れて大さわぎになったのだけれど、それはまた別のお話。