ただ、願いのために
取り返した銃を手に持ち様々な角度から眺める。
まるで新しい玩具でも貰って喜ぶガキのようだな、と心の中で自嘲する。
結局の所こうしてここに自分がいる、その原因はそんなちっぽけなものなのだろう。ただ憧れただけ。かつて実際生きていた英雄に憧れただけだ。
傍から聞いたら実に子供染みた理由だと笑わずにはいられないだろう。だが自分は知ってしまったのだ。
この世の理不尽を。そしてその理不尽の中でなお立ち続ける者達を。
そして思ってしまった。その異常な場所に自身がいるのならば、これは紛れもなく現実だとするならば、自分も彼らのように英雄になれるのではないかと。英雄は物語では無いのではないかと。
自分はおかしくない、狂ってなどいない。ただこの世の真実を知っているだけだ。おかしくなってない、狂ってなんかいない。自分は……。
祈るように同じ言葉を繰り返す。自分は正気なのだと証明するように祈り続ける。
外から騒がしい音がする。
このゴミ山で騒げるほどの余裕、エネルギーを持っている連中は俺達くらいなはず。つまりこの音は何か問題が起きているということを指しているに他ならない。
案の定、気づいたのと同じタイミングで建物に慌てて仲間が入ってきた。
「襲撃だ! 変な奴がオレ達を襲って来やがった!」
思ってたより早く来たな。まぁこっちにもあんまり猶予は無かったから丁度いい。口の端を吊り上げて笑う。
ようやくオレはヤツらの舞台に上がれる。アイツを倒して運命に抗えることを証明できる。オレも英雄になれるんだ。
仲間に助けを請われながらオレは騒ぎの元凶であろうアイツの元へと向かった。
ロキナの手錠をついさっき吹っ飛ばした奴から剥いできた鍵で外し、建物から出たところで左右から挟み込むような形で二人同時に殴りかかってきた。
僅かに早くこちらに届いた左の拳を受け流し、続けざまにその腕を掴み、その勢いを利用して対の方向にいた相手の方向に投げ飛ばす。我ながら1連の動作が気持ち悪いほどキレイだ。
その様子を背後で唖然とした表情で見る彼女が視界にいた。この視界、理屈はどうあれ後頭部に目がついてるようなものだと考えるとやっぱり気持ち悪いな。
それはそうと今の動きに彼女が唖然とするのも仕方の無いことだ。
この人こんなに強かったっけ? 私が初めてあった時ボコボコにされていたよね? とでも思っているのではないだろうか。その認識は何も間違っていない。
ぶっちゃけるとこれも頭に被っている隻眼のヘルメットことマーサーの仕業だ。
ここに来る道中、何が出来るのかをマーサーはあらかた語ってくれた。魔導だけが長所かと思ったらなんてことは無い、こんな学んだこともない体術も使えるようになるとの事だった。
理屈についてはヘルメット曰く。
『キミに武術の心得が無くても私にはある。つまり私がキミの身体を動かせば武術が使えるようになるということだ』
要するにマーサーがオレの身体を勝手に操作しているというわけだ。サラッととんでもないこと言うよねコイツ。
自分の意志とは関係なく身体が動く感覚というのは怖いというか奇妙というか。ともかく形容し難い感覚だが、実際にこうやって効果がある以上何も文句は言えない。
「えっと、取り敢えずそのヘルメットはなんなのですか?」
色々聞きたいことがあるがひとまず目の前の疑問から、と言った感じで彼女はこの奇妙なオブジェクトについて聞いてきた。
「あー魔法の道具だよ。物語によく出てくる喋る剣みたいな物。アイツにキミが攫われた後で目が覚めたら近くにコイツが転がっててさ、使えそうだから今被ってる」
傍から聞いたら何言ってんだという感じの答えだが、大体この通りだから許して欲しい。
「魔法……? 魔導ではなくて?」
ああ魔導士としてはそこが気になるのか。
「御伽噺みたいな物ってことだよ。そうだ魔導のことなんだけど今使える?」
そう問うと彼女は少し俯き。
「すいません。今は杖が無いので……」
「杖が無いと使えないのか?」
「いえ、使えないわけじゃないんですが……」
要領を得ない。どういう事なのか問おうとしたら頭のヤツから答えがあった。
『恐らく彼女は魔導の直接起動に慣れていないのだろう。杖の補助無しでの紋章術は難易度が高いからな』
多分彼女が魔導を使えない理由を代わりに答えてくれたのだろうがその言葉の意味を半分も理解出来なかった。直接起動? 紋章術?
「あー、とにかく杖無しで魔導は使えないってことか」
今重要な情報だけを確かめるように言葉にする。要するに杖が無いのが問題か。
「杖がどこにあるかは……流石に分からないか」
「すいません……」
更に申し訳ないと示すように深く顔を俯かせる。このまま俯かせ続けたら顔とお腹が合体しそうだな。
さて、となるとアレを取り返す時には彼女の助けは期待出来ないということか。申し訳ないが魔導が使えない彼女を戦力とは数えられないからな。
何か他に出来ることは無いかを考えようとするが、そんな時間は無かった。
目の前の小高いゴミ山の向こうから騒がしい声が聞こえてきた。そしてヤツがその峰の影から姿を現した。
リージェ・トラレスと恐らくその手下達だ。
「まさか正面切って来る度胸があるとはな。お前のことを見くびっていたよ。謝ろうか?」
「いいよ別に、むしろずっと見くびっていてくれ。そっちの方が楽に勝てる」
空気が張り詰めたのだろうかヤツが目を細めるのが見えた。こちらはヘルメット被ってるせいでそういう肌で感じる空気はよく分からない。
しかし、この距離でもヤツの表情が細かく見えるのもこの被り物のおかげなんだろうか。便利な点が多いね本当に。
ゴミ山の上に立つ アイツの周りには何人かの手下がおり、他の方向からも何人かの手下らしき連中が向かってくるのが視界に入っている。ざっと見10人前後だといったところか。後方に今出てきた建物があること考えると退路は絶たれた形だ
対してこちらはオレと後ろにいるロキナの二人か。しかもロキナは間違いなく消耗している上に杖がないから戦力と考えることは難しい。つまりオレ一人でこの人数をどうにかしなくちゃいけないのか。
『人数に関しては私たちの魔導でどうにでもなる。問題はあの巨漢をどうするかだ』
現状確認していると頭にマーサーからの声が聞こえてきた。
(いや待て。むしろリージェを魔導でどうにか出来ないのか?)
「道中でキミから聞いた情報を統合すると、現状でヤツを確実に倒す方法は無いと考える」
(オイ、マジかよ。アイツに勝てるかもしれないからお前を被ったんだぞ! 被り損じゃないか!)
『早とちりするな。確実な手段が無いと言ったんだ、手そのものが無いわけじゃない。ここに来る途中で話したアレを使うしか無いと言ってるんだ』
……アレか。
ここに来る途中で教えてくれた、マーサーがいて初めて使える強力な切り札。確かにアレしか通じないとなると確実とは言えないか。
「考え事はもう終わったか?」
上から声をかけられる。この被ってるヘルメットと相談してるなんて相手には分かるはずも無いので1人で黙って考え込んでいるように見えたのだろう。
「その変な被り物でどうにか出来るといいなヒーロー気取り」
ヤツは周りの手下達に指示を出し、手下達が降りてくる。その動きに合わせるように他の方向にいる連中も近づき包囲の輪を狭めてきた。自分は出てこないつもりかアイツ。
『連中をギリギリまで近づけさせつつ、後ろの魔導使いの彼女を連中にバレないように側に寄せろ』
脳内に指示が飛んでくる。その命令の理由は分からないがここは素直に従おう。
徐々に狭まる輪に注意しつつオレは後ろ手でロキナに自分の側に寄るようジェスチャーを飛ばす。後ろ目に彼女がこちらに近寄ってくるのが見えた。
敵が近づいてくるのに何をすればいいか分かってないこの状況は中々辛いものがある。いやでも緊張してくる。
『今だ! 私の言葉を続けて唱えろ!』
そろそろこっちが我慢の限界に達しそうなところで合図が来た。オレはその声に従い頭に響く言葉をそのまま口にする。
『「フォートヴァンスピラル!」』
言葉を言い終えると同時に足元に巨大な円形模様が展開される。今まで見たどの陣よりも複雑な模様が刻まれていた。
「まさか第三魔道だと!?」
周りに風が吹く音が聞こえ始めたと思ったらそれは唐突に強烈な勢いを得てオレ達の周りを回り始めた。
その勢いは凄まじく、最早風の外側の光景は巻き上がった砂で見えなくなり、近くのゴミ山から決して軽くないであろう廃品をも浮かび上がらせ、そしてそれがそのまま物理的な脅威として風に乗っていた。
オレ達の周りを取り囲むように竜巻が発生していた。行使者たるオレも一切理屈を理解しないまま行っているため目の前で発生した自然の猛威に呆然としてしまっていた。まさかここまで出来るようになるとは。
暴風による轟音に混じって恐らく手下共のであろう悲鳴と怒号が聞こえてくる。
後ろでは突然の猛威に驚いてロキナがしゃがみ込んで足元にしがみついていた。
「あ、アズマさんあなた……コレをど、どうやって……!?」
竜巻の轟音が響く中で彼女が質問してくるが割としっかり聞き取れて驚く。このヘルメットは一体どこまでの機能を持ってるんだ? まぁ。答えてもあっちには聞こえないだろうなと思い、質問は無視することにした。
そして風が徐々に弱まり景色が晴れていくとそこには至る所で取り囲んでいたヤツの手下が呻きながら転がっていた。立ってるやつはいない。
暴風に呑まれていたゴミが落ちる音が響く中オレは上を見上げる。ヤツは変わらずそこにたっていたが、その表情は流石に変わっていた。残念なことに今のにビビってくれているようではなかったが。
「まさか第三魔道を使うとはな、正直驚いたよ。だが体力の方は大丈夫か?」
ちっ、やっぱり知ってるか。
さっき魔導が発動した途端急に疲れが来やがった。ロキナが昨日言っていたのはこのことか。想像以上の疲労にヘルメットの下では荒い息遣いをしていた。
ホント、さっきのをアイツにぶつけた方が良かったんじゃないか?
リージェは手に持った銃を腰に仕舞うと、ゴミ山を滑るようにして降りてくる。
『銃をなぜ使わないんだ?』
マーサーが疑問に思う。銃を使って離れて戦えばいいのにと考えるのは当然だ。しかしそれは出来ない。1回盗んでるから知ってるがアレは今使えないのだ。何せ弾丸が無いのだから。
ヤツが止まる。その間合いはこの場で殴る蹴るをするには遠すぎるが詰めようとすればすぐ詰められる距離。逃がさないと行動で伝えているのかもしれない。逃げるつもりなんざ端からねぇよ。
「お前がそのヘルメットを被ってどんな力を得たかは知らないが、こっちもそれなりの修羅場をくぐり抜けてるんだよ。昨夜と同じように1発KOしてやるぜ」
「はは、やってみろ機械野郎!」
そう啖呵を切るとオレはヤツに突貫する。後ろのロキナと、目の前のサイボーグも驚いている。魔導で遠間からやるのだと思い込んでいたのだろう。戦闘の基本は意表を突くことだぜ?
オレは走りながら脳内でマーサーに命令する。
(切り札を使うぞ!)
『なるほど悪くない判断だ。魔語は……』
(分かった、行くぞ!)
『「フィジカルライズ!」』
そう口にしたと同時にオレの身体は加速した。意識すら置いていく程の尋常ならざる加速を。
急に生まれたその爆発的な勢いは他者を静止画のように見せ、自分も一瞬でその制御を失いかける。が、その勢いを逆に利用し、制御するのではなく流れに乗るようにしてリージェに一直線の飛び蹴りを放つ。
それはヤツに突き刺さり吹き飛ばす。速すぎて回避しようのない一撃だ。そのままヤツはゴミ山に派手に突っ込み大きな土煙を上げた。
オレは反発した勢いを流すように空中で数回転しながら後方に飛んで着地した。
コレがさっき言っていた切り札。すなわち肉体強化の魔導だ。
読んで字のごとく自らの肉体を強化して強靭なものとする魔導だ。効果の程は今の動きで初めてオレも知った。
強力。その一言に尽きる。
最初聞いた時こんな便利な魔導もあるのかと思ったが、同時にどうして普及していないのかとも思った。
火や風、治癒などと言ったものはそこそこ有名だ。実際に見たことがあるかは別だが。しかしこの強化は殆ど知られていないものだ。少なくともこの街で聞いたことはない。
何故かとヘルメット様に聞いたところ、なんでも人間には扱えない魔導なのだそうだ。
肉体の強化そのものは実は容易だらしいのだが問題は、その強化した肉体の保護だそうだ。強化と言っても出力を上げているだけでその実肉体がただの肉であることは変わらないらしい。
鉄の車を走らせる力で紙の車を走らせるようなものとはヘルメットの例えだ。その例えの方がよく分からん。
とにかく強化をするには同時に肉体の保護も必要になるのだそうだ。じゃあその保護の魔導を使えばいいじゃないという話だがことはそう簡単ではない。
人が同時に行使出来る魔導は一つだけ。
これは魔導使いの間では常識である絶対のルールらしく。そのルールが保護と強化の同時使用を拒否してしまうらしい。
故に肉体強化の魔導は人に扱えない禁術とされているらしい。
さて、ならばどうして今オレはその禁術とやらを扱えたのかという話になるが。それは簡単なことだ。オレとヘルメットがそれぞれ魔導を行使した。それだけの事。
もちろんオレに魔導は使えない。これはヘルメットが俺の脳と自身の脳を同時に使って魔導の同時行使をしただけだ。……簡単なことのように言ってるが全く簡単ではない。このヘルメットが並外れてヤバいだけだ。勝手に人の脳を使うって何だよ。
とにかく理屈はこんな感じらしい。そしてその複雑な理屈はそれ相応の効果を発揮したのだ。
……疲労が重くのしかかり、息遣いがさらに荒くなった。そして足が少し痛む。さっきの竜巻に比べたらまだマシだがそれでも負担が重すぎる。てか保護しても身体へのダメージはゼロにはならないのかよ。
しかも既に魔導の効果は切れてる、やっぱりコレは切り札だ。色々引きずっちまうものが多すぎる。乱用していいものじゃない。
さて1発でKOされてくれないものかと煙るゴミ山に意識を向けると影が立つのが見えた。そう簡単にはいかないか。
「今のはまさか肉体強化なのか? ……スラムのガキが使うには些か場違いじゃないか?」
煙が晴れてヤツの姿が見える。右手の皮が剥がれてその下の無骨な鉄が覗いていた。さっきの一撃は右手で防いだのか。
(マーサー、肉体強化はあとどれ位使えるんだ?)
『残りの魔力量を考えるとギリギリ2回は撃てるぞ』
2回だけかよクソっ! もう少しコントロール出来ればなんとかなるかもしれないがさっきの感じだとそう細かい動きも出来なさそうだ。
『魔導行使中はキミの身体の操作も出来ないから注意しまえ』
マーサーならあの状態でも上手く動かせるのではと思いついた瞬間に否定された。結構いいアイデアだと思ったんだが。
余裕が思ったよりも無いことに焦り始める。それは隙となって相手に近づかせる時間を与えてしまう。
ヤツは砲弾のような勢いでこちらに突撃してきた。
「クソッタレ! 」
考えてる暇も無いかよ。立ち止まってもどうしようもない、自分もヤツに突っ込むように走る。
向かってくる姿を見て取ったヤツはニヤリと口角を釣り上げその自慢の鉄の右手を振りかぶる。魔導を使っていないならどうにでもなると言わんばかりだ。
鉄の塊が迫る。当たれば絶死、ならば当然避けなければ。
直撃の直前で身体を下に落とし、走る勢いを利用したスライディングする。頭上を暴威が通り過ぎる。
よし、目の前からくるなら見て避けられる。速度もそこまでじゃない。受けずに避けることに徹すればそこまで怖くない。
地面に両手を付き身体を反転させながら顔を上げてヤツを視界に入れる。ヤツも振り向いて……脚が上にある、かかと落とし!?
咄嗟に両手足に力を込めて強引に殆ど転がるようにして横に飛ぶ。
先程まで自分がいた場所に重力に従った一撃が振り下ろされる。そして轟音と共にその地面は砕けた。地面が砕けただと!?
その脚をよく見ると無骨な無機質な皮膚が見える。あの右足も機械化されてんのかよ!
立ち上がり距離を取ろうと後ろに飛ぶ。これは魔導無しでの接近戦なんかやってられないぞ。
無論それを相手が見逃してくれるはずもなく、距離を詰められさらに激しい追撃が飛んでくる。
両手を用いたラッシュを後ろに下がりながらギリギリで避ける。
隙を見てマーサーの相手の勢いを利用した投げ技を決めたが、投げた瞬間に側転の要領で上手く体勢を立ち直してすぐさま攻撃に移ってきやがった。
どうにか状況を崩そうとするがその度に相手が上手く対応してきてどうしてもこちらが攻撃に移れない。
何度目かの攻防で注意を手に集中させられたところで、右足をフェイントに用いた左足の蹴りが見事に腹に突き刺さる。意識が一瞬ブレる。その隙をついて右手のストレートが飛んでくる。避けられない! 両腕でガードする。
『プロテクト!』
激しい衝突音が耳元で響き、腕に凄まじい痛みが走る。身体が吹き飛ばされて地面を転がる。
当たる直前でマーサーが魔道を唱えた声がした。ギリギリで防御してくれたのか。それでも防ぎきれ無かったみたいだが。
「ちっ! やっぱり魔導使い相手は面倒くさいぜ」
ヤツの愚痴を聞きながら転がったのを利用して距離を取ってから立ち上がる。接近したらこうなるか。
避け続けてもいつかは当たる。当てる術をアイツは知ってやがる。
額が切れて目元に垂れてきた血を手で拭う。ヤツが歩いて近づいてくる。
「やはり膂力に差がありすぎる。強化無しでは勝ち目が無いな」
(分かってるけど無駄打ちも出来ないから慎重にならざる負えないだろ)
「さっきの防御でまた消費した。強化は1回しか使えないと思え」
残弾が減った。これを繰り返したらそれこそ詰みか。
だがさっきの攻防で面白いものを見つけた。行けるか? いやもうそれに賭けるしかないか。その余裕面に1発かましてやる。
(魔導で目くらまし出来るかマーサー?)
『可能だ。手を地面に向けて魔語を復唱しろ』
『「ヴァンショット!」』
風が手に集まったかと思うとそれは地面に向かって放たれた。そして激しい砂煙を巻き起こる。いい目くらましだ。
視界が切り替わり砂煙の中でもヤツの姿がはっきり見えた。きっとヘルメットの機能だ。オレは走って素早くヤツの後ろに回り込み、ヤツの腰に向かって手を伸ばす。
もう少しで届きそうというところでヤツが右手を後ろに振り抜いてきた。後ろにいるのが気づかれた!?
「プロテクト!」
マーサーの防御の魔道の声が響くのとヤツの右手がオレの頭に届いたのはほぼ同時だった。カウンター気味に入ったその一撃は、今度はオレの身体をゴミ山に突っ込ませた。
山が少し崩れて上からゴミが降ってくる。ゴミ特有の生臭い匂いがするがそれより頭の痛みが勝る。鉄の塊の直撃は流石に痛すぎる。魔導が無かったら頭と身体が分かれてても不思議じゃない威力だ。
ギリギリで攻撃に反応して当たる位置をずらしたおかげで何とか意識は保てていた。何で見えてないのにあんな正確にこめかみを狙えるんだよ。あのままこめかみに当たってたらそのまま気絶コースだぞ。
ゴミ山から這い出るとヤツが獰猛な笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「あんな小細工でどうにかなると思ったのか? 」
「何とかなると思ったんだけどな」
「走ってたから足音が丸聞こえだったぜ? 仮に強化してきてもカウンターを決めれただろうな」
なるほど足音は盲点だった。視界のことしか考えて無かったよ。
立ち上がり、目を閉じる。この動きはヘルメットしてるから周りには見えていないはず。
まだ強化を1回は使えるなマーサー。
「可能だ」
もう余裕はない、コレで決める。
覚悟を決め、周りを確認してからオレはヤツに向かって走る。
「バカの一つ覚えみたいに正面から強化して突撃か。ナメてんじゃねぇぞ!!」
ヤツは右手の拳を振りかぶった状態で静止する。カウンター決める気満々じゃないか。だがもう関係ない。オレが今出来ることは正面からぶち抜くことだけだ。
距離が縮まる。まだ、まだ、まだだ。ギリギリまで待て!
そして視界に彼女が杖を構えるのが見えた。
「第三魔方陣展開! フォートフラムショット!!」
死角から声が聞こえてきてヤツが反射的に振り返る。オイ、オレを無視するなよ。
『「フィジカルライズ!」』
左右の視界が加速していき線状になって後方へと流れていく。後方と前方が見える。否、前のみに意識を集中し後方はもう頭には入らない。
全力て1歩踏み抜く。
近づく、近づく、近づいていく。
爆発的な推進力を得たオレの身体は宙に浮いていた。拳を振り上げ、ヤツの頭部を見据える。
振り向かれる。遅い。もう拳は届く。
吸い込まれるようにヤツの頬に拳は入った。
肉体強化をして生み出した勢いに全身を乗せた強化した拳はヤツの巨体をそのまま吹き飛ばし後方から迫っていた巨大な火球へとぶつけた。
爆音。ざまぁみろだ。
爆風はこちらにまで届き空中のオレの身体も飛ばされる。
疲れ切っていたオレは受け身が取れずにそのまま地面にヘルメット越しにキスする。痛ぇ。
「大丈夫ですか!?」
気づけばロキナが側にいた。
少し意識を失っていたようだ。両手をついて立ち上がる。少し、いや結構身体がフラフラする。動けるから大丈夫だろ。
「ああ平気だ。それとありがとう。杖に気づいてくれて助かった」
「砂煙の中からいきなり杖が飛んできた時は驚きましたよ」
最初ヤツの拳を避けた際ヤツの腰に銃とそしてロキナが持ってた杖が刺してあったのが見えたのだ。
元々ロキナを先に助けたのも彼女の魔導を頼ろうとしての事だった。利用する気満々みたいで申し訳ないが、オレ1人でこの怪物を倒せるとも思えなかったんでね。
しかしロキナを助けた時に杖が無いと魔導は使えないと言われ、どうにか出来ないかと思ってたところでその杖を見つけた訳だ。
後はその杖を盗んで彼女に渡せば良かった。こちとら盗みは今まで散々やってきてんだよ。目くらましをして盗むだけ。ギリギリで気づかれたが、こっちもギリギリ間に合った。
拳が届く前に盗んだ杖を吹っ飛ばされながら彼女の方向に投げ、そして彼女がそれに気づいたか確認してから突撃した。こっちの意図に気づくかどうかは賭けだったが、上手くいって良かった。
オレは少し離れたところで黒煙を上げているリージェに近寄った。
軽く足で小突いても反応は無い。生きてるのか死んでるのかすら分からないがそんなことわざわざ確認する必要もない。
リージェの腰に差してある銃を取る。思いっきり炎につつまれていたが見た感じでは目立った綻びは無さそうだった。
「それをどうするつもりですか」
後ろからそう問われた。
「どうして欲しい?」
「返してください」
大陸からわざわざこっちまで渡ってきてまで取り返そうとした物だ。そう答えるよな。
「と言いたいですが。その前に一つ質問させて下さい」
「質問?」
「どうしてあなたはこうまでして銃が欲しいんですか?」
盗んで、騙して、命を危険に晒したのは何故なのか。損得勘定で考えてみても意味不明な行動だ。英雄様の武器を手に入れるために負うリスクとしては大き過ぎる。
「どうしてあなたは私を騙していたのに助けたのですか?」
何より矛盾した行動に納得いかないか。
答えるべきか否か。あんまり本心を言葉にしたくないんだけどな。どうせ今日限りの付き合いか、教えてやるか。
ヘルメットを外し一呼吸入れる。別に息苦しかった訳では無いが視界が鬱陶しい。
「オレにはさ、夢があるんだよ。どうしても叶えたい夢が。……オレには双子の妹がいるんだ。」
「妹さん……?」
「ああ、名前はハルって言うんだ。そのハルは今この島にはいない……大陸にいるんだ。10年前、大陸に行けるチャンスがあった時にオレはハルに置いてかれちまったんだ」
「10年前……、それに置いてかれたって一体どういう……?」
「なんて事はない、オレがノロマだっただけさ。その事を別に恨んでもないしな。ただ、不安なんだ。オレに頼ってばかりだったアイツが一人で生きていけるのか。だからアイツの所に行きたい。大陸でひとりぼっちのアイツの所に。その為にギルドから信頼を得て海底トンネルを通り大陸に渡る必要がある。信頼を得る手っ取り早い方法は一つだ、力を見せつければいい。そしてその力の為にオレはコイツが欲しかったんだ」
これが全部。オレが生きていく目的だ。
「妹さんにそんなに会いたいんですか?」
「その疑問はナンセンスだな」
彼女は恥ずかしがるように下を向く。
こんな酷い世界に生まれ落ちた、たった一人の血を分けた兄妹。大事じゃない訳がない。
「……銃を欲する目的は分かりました。犯罪を犯してでも成し遂げたい目的だということも理解しました。ですがだとすれば尚更どうして私を騙そうとしながらも私を手伝ってくれたのですか? 無視してしまえば良かったのに」
それは正直さっきまでオレもよく分かっていなかった。その必要なんか欠片も無かったのに何故手伝ってしまったのか。一緒にいながら不思議に思ったものだ。
ただ、自分のことを洗いざらい話したことでようやく分かった。
ロキナにハルのことを重ねて楽しんでたのかもな。
……これ喋りたくないなー。無茶苦茶恥ずかしい。誤魔化すか。
そうして適当なことを言おうとしたら急に足の力が抜けた。いや、足どころか全身に力が入らない。そのまま倒れてしまう。
『魔導の過剰行使の反動だな。初めて魔導を使ったによく起こる現象だ』
なるほどそういうことか。まぁこれで誤魔化せるからいいか。
こっちに駆け寄ってくるロキナが見える。瞼が重くなってきた。
『……ゆっくり眠れ。後のことはどうにかしてやる。それとおめでとう、勝者はキミだ』
……アンタのおかげだよ。そう思う前に意識は微睡みに落ちていった。
ヘルメットを用いた魔道の発動についてですが。ヘルメットが自身の判断で勝手に発動したりしているのにわざわざ復唱とかする必要無くね?と思う人もいるかと思います。これはヘルメットだけでは簡素な魔導しか発動できず、強力な魔導の発動にはアズマ自身に発動してもらう必要があるからです。魔導周りの細かい設定早く吐き出したいのぉヤス。