魔導士の後悔
一人の女の子の心情。今までセリフが少なすぎたのでその補完とも言う
薄暗く見覚えの無い場所で私は目覚めた。
地面に適当に転がされている状態だったので身体の節々が痛む。立とうとすると何かが足に繋がっているのが分かった。見ると建物の柱と鎖で動けないようにうに繋がれていた。
どうしてこうなったのかを探るため、私は記憶を掘り起こそうとする。
初めて来たこの街をひたすら当てもなく歩き回り、たまたまあの人が襲われている所を助けて、彼に銃とそれを盗んだ賊の捜索を手伝って貰いながらまたいろんな所を歩き回った。
そして日が暮れて一旦彼の家へと向かうことになり
しかしそこは昼間見た光景が様変わりしていて。燃え盛る業火と、そしてあの男がいた。
リージェ・トラレス。元運び屋であり、更にその前はあの最前線とされる要塞都市の防衛部隊に所属していたとされる男。
その経歴に恥じぬ、あるいは恥じることがあったが故に手に入れられたのかもしれない武力を持っている。だからこそ師匠はあの男に仕事を依頼したのだし、それはこのご時世なら決して間違った判断という訳でも無い。
しかし結果として、あの男は依頼主を裏切るというランナーとしては最悪のタブーを犯しこの島まで逃げ去った。
もうあの男は少なくとも大陸側では光を浴びる仕事は金輪際出来ないだろう。無論それは本人も分かっていたはず。しかしあの男は実行した。あの銃にそれをする価値があると判断したのだろうか。
確かに半分御伽噺のように語られる50年以上も前の戦い。最初の銃士によるドラゴン殺しの話は魅力的で沢山の人の心を惹きつけてやまない。私自身もその例に漏れず、憧れでもある彼の人について書かれた本は沢山集めている。
世間一般ではその竜と並び立つ者が使う、あるいは代名詞ともされる武器。つまり銃には単純な兵器以上の価値がある。まぁそれは勲章とか称号とか以上のものではない訳なのだけど。要するにリスクに釣り合わないということだ。
けどもし、あの男が銃の真の価値を知っているのなら話は変わる。世間一般に認知されている英雄の武器としての価値ではなく。魔導、あるいは幻想獣達のような超常的な意味としての価値を。
いずれにしても私の決意が変わることは無いだろう。憧れの英雄の武器が汚い賊の手に渡るなど許せるはずが無いのだから。必ず取り返して見せる。
……現状私はこうして捕えられているけれども。
倒せると思っていた。師匠から教えられてきた魔導の力さえあれば、例え相手が屈強な戦士であっても勝てると信じ込んでいた。
日々化け物共と戦い続けている要塞都市の戦士に小手先の未熟な魔導が通じる根拠など無いのに。
そもそも魔導だけで私のような少女が戦士を超えられるなら、人類はここまで追い詰められているはずがないというのに。
そう、つまるところ私は英雄に憧れただけの一人の非力な少女に他ならない。勘違いも甚だしい。
……そう考えると彼に裏切られたのも仕方の無いことだったのかもしれない。結局私一人が愚かにも綺麗な夢を信じ込んでいただけなのだから。
むしろ私に付き合ってくれた彼に、無視すればいいだけなのにわざわざ付き合ってくれた彼に怒りを抱く方がおかしいのだ。
彼は私をどう思っているのだろう。どうでもいいと思っているだろうか。それともまさか心配してくれている? そんなはずは無い、そんなことありえるはずが無い。そうだとしたら最初から隠し事なんてする必要はない筈だから。
それでも、もし、もしも微かにでもそう思ってくれているのだとしたら……。謝らないといけない、その勘違いを解かないといけない。アナタは悪くない。全部私が悪かったと。
けどそのもしもの時であってもこの思いを伝えることはもう難しいことのように思える。
生きて捕えられている以上、リージェは私に何か必要価値を見出しているのだろう。それが私から何かを聞き出したいのか、あるいは人質として価値があると踏んだのかまでは分からないが。
何れにしろもう自由は手に入らないだろう。仮に自由が手に入りそうになったらそれこそ生かす価値が無くなるのだから。
抵抗は考えるだけ無駄だ。杖は勿論取られているし、あったとしてもリージェに敵わないと既に分かっている。
非力だ。魔導があっても無くても私はあまりに弱すぎる。
過ぎた蛮勇の報いがこれなのだろうか。だとすれば甘んじてその報いを受けなければならないのだろう。
……私は結局何のために生まれてきたのだろうか。
……私は。
頬を何かが伝っていく。
音がした。
怒号と罵声、そして何かが崩れるような大きな音。そして足音が近づいてきた。
この薄暗さでは影で近くに人が来たのが分かってもその顔まではよく見えなかった。
しかしその影はこの暗さの中では不自然なはっきりした足取りでこちらに近づいてきた。
「お互いまだツイてるみたいだ。兎が助けに来たぜ」
その声はまだ耳に新しかった。どうして、何故ここに? なんで兎?ああ、跳ね逃げ兎 って呼ばれてたっけ?
感情に言葉が追いつかない。
「色々言いたいことはあるだろうけどさ、取り敢えずちょっとあの歯車仕掛けの大男をぶっ飛ばすの手伝ってくれない?話はそれが終わった後でしよう」
そしてその提案に私の頭は更に混沌とする。あの後でその提案をよりにもよって私に提案するの? 目の前の彼の心を考えるだけ無駄なのではないか。そう思わずにいられなかった。
でもその提案はたしかに魅力的だ。英雄の話のようで実にいい。問題はそれを実行できる根拠だけど、それは彼の不思議と自信に満ちていた声を信じればいいではないか。元々先のことなんて諦めていたのだから。
私は目の前の奇妙なヘルメットを被って助けに来てくれたアズマの提案を受けることにした。
頭お花畑に思えなくもないけど、いや実際そうだけど。この世界では貴重な価値観の持ち主でもあります。