自ら首に縄を掛ける者
古戦場サボって投稿。逃げてない逃げてない。
激しく燃え盛る炎を背にし、その男は立っていた。あまりに堂々としたその立ち姿はその巨躯と合わさり第三者が見れば絵的に映えたものに感じたかもしれない。
……1周回って変に冷静になった頭に沸騰した血液が回り始める。で?コイツはここで何をしているんだ……ッ!
「テメェ……一体何をしてやがる?」
「おお!来たか跳ね逃げ兎!それに魔導使い様!遠路はるばるご苦労なことだ!」
「……リージェ・トラレス!」
リージェ、なるほどヤツが探していた盗賊様か。あの巨躯が見かけだけなら楽だっただろうがそんな甘く無いだろうな。さてどうしたものか。
「しかし遅かったな!おかげでお前の御友達のコイツが酷い目に遭っちまったぞ?」
そう言いヤツは側で伏していたルイスを片手で持ち上げ此方に放り投げて来た。
「ルイス!?」
「……アズマ……早く逃げろ……」
血塗れのその姿を見てどれほど残酷なことをされたかを想像することは難くない。
このままではマズいと直感が告げたので自分の時みたいにルイスも魔導で治して貰おうかと隣に視線を送るが、彼女は別の何かに心を支配されているようでこちらを見ようともしていなかった。
声を荒らげて催促してようやくルイスの状態に気づき魔導を使い治療し始めた。
「ルイスに何をしやがった!」
「本当はコレの在処をお前に聞くつもりでここに来たんだけどよ。お前が留守にしてたもんだから代わりにソイツに聞いただけだよ。まぁ、ちと手荒に聞いたが勘弁してくれよ」
そう言いヤツは左手に持った箱を見せつけてくる。アレはゴミの中に隠しておいたやつ……!?
「その箱……! ソイツを返せ!」
「ハッ! 返せとはふてぶてしい奴だ。コレはお前が俺から盗んだ物だろうが!」
「そもそもテメェの持ち物でも無ぇだろうが!」
どうやって取り返す? ヤツは街で好き放題暴れまくり、ギルドと敵対してなお生き残れるほどの実力を持つ男。嗚呼、クソっ!そんな奴化け物と大して変わらねぇじゃねぇかよ……!
「 貴方が盗んだとは一体何の話ですか……?」
隣から当然の疑問が噴出するがそれにオレは答えない。答える気も余裕もない。代わりに目の前のクソッタレが教えてくれるだろうけどな。
言い訳すべきか? いやもう手遅れだ。分かってた、覚悟してたことだろうが。
「お前も久しぶりだな、四天魔導師の出来損ないのお弟子さんよ。わざわざこっちまで追いかけてくるとは健気なことだな?」
「どこへ逃げようとアナタを決して逃がしはしません。アズマが何を盗んだか分かりませんが、とにかく師匠から盗んだ銃を返して下さい!」
「ん? ずっと変だと思っていたが、もしかしてお前その出来損ないにずっと黙ってたのか?……ああ、なるほどな、黙ってた方が都合良く使えたんだな。中々やるじゃないか」
「黙ってた? 何の話をしているんですか……?」
リージェはその野太い声で嘲るように笑う。
「ククク、コレは実物を見せた方が早いよなぁ?」
そう言うとヤツは箱の閉じた口を両手で持ち、そしてそれを強引にこじ開けた。鍵で閉じた箱を素手で壊すとかどんな馬鹿力だよ。
そして中から黒いL字型の物体を取り出した。それを見たロキナが口から漏れ出すように何かを呟いたのが聞こえた。
「そんな……どういうこと?」
彼女が困惑するのも無理はない。アレは本来目の前の男が彼女から盗み既に手に入れているはずの物。つまり取り返すのは彼女でありその関係性が崩れることは有り得ないはずだ。当然その関係性にオレがいるわけもない。
それはかつて地上の至る所で殺戮を行い、しかし彼の者達の操る魔導に呆気なく敗れ人が見限った兵器。
引き金を引き、弾丸で生命を射抜くそれをかつて人は銃と名付けた。
「……どうして……どうしてアレがここにあるんですかアズマ? まさか、最初から貴方は知っていたんですか?」
この場で自分が求めている答えを知る者、即ちアレが隠されていた場所に住んでいるオレに怒りと困惑に満ちた声がぶつけられる。
ロキナの顔を見ると。早く否定して欲しい、アナタを信頼させて欲しいという想いもあるように見えた。まだオレのことを心の底から信じられない訳では無いようだ。やっぱりコイツは根っからのお人好しだよ。
「初めからではないよ、お前が探しているものが何かを知ったのはジジイと会話している時だったしな」
「じゃあその時に教えてくれても良かったじゃないですか!」
「それは……、悪かったよ。でもさ、しょうがないじゃないか。だってアレが手に入るかもしれない、銃士になれるかもしれないと思ったら止まれる訳が無いだろ?」
自分のやっている事がどれだけ下衆な行いか、十分理解しているつもりだよ。騙し騙されが常識のここでもここまでやることはそうそう無いだろうしな。だけど、それでもオレにはアレが必要なんだ。
「ソイツを責めてやるなよ魔導使い。銃士、かのドラゴンと同等の力を持つ者を指す名誉ある称号に目が眩まない奴なんていやしないよ。この俺も含めてな」
ヤツは銃見せびらかしながらそう言った。
ああ、クソっ。とにかくヤツからアレを取り返さないと。そう緩慢な思考をしている間にロキナは杖を取り出し詠唱を始めていた。
「第二魔法陣展開! フラムショット!」
杖先から前見たものより紋様が複雑になった円陣が現れ、そこから人の頭位の大きさの火球が放たれた。
それは真っ直ぐリージェの胸の当たりへと飛んでいき、そして弾けた。衝撃で砂埃を上げ、髪が軽く靡くくらいの風をこちらに届けてきた。まともに受けたらただでは済まない威力だろう。
しかし煙が晴れるとそこには右手を前に突き出して平然とした姿を保つリージェがいた。まさか、アレを素手で受け止めたのか!?
よく見るとリージェの手は先の衝撃のせいかボロボロな見た目になっていた。しかしそこには不自然さが感じられた。あそこまでボロボロになって、何故血の一滴も流していないのか?
「……ッ! そうだった、あなた機械人間だったわね……!」
炎が反射して腕の傷の隙間から時折見える無機質な材質。生物たる人の一部分の腕に相応しくないその鏡面。
それが意味するのは単純明快な事実。即ちヤツは機械人間だ。さっき箱を壊して見せた、あの異常な力も機械仕掛けなら説明がつく。
そして目の前で起きた出来事に気を取られたせいで致命的なミスを犯してしまう。目の前の男に、幾多の修羅場を潜り抜けてきたであろう猛者相手に明確な隙を見せてしまったということだ。
ヤツは片手に鋼鉄をぶら下げているにも関わらず、まるで弓から放たれた矢のような鋭い動きでこちらに一気に接近してきた。
その動きのギャップに虚を突かれオレとロキナは少し反応が遅れてしまう、ヤツはその隙に素早く蹴りを放ちロキナの手から杖を蹴り飛ばした。
そしてその勢いを殺さないように身体を回転させ、更に遠心力を加えた強烈な回し蹴りをロキナの腹目掛けて放ち、ガラスが割れるような音を響かせながら彼女を吹っ飛ばした。
数メートル程飛んで地面に強かに身体を打ち付けた彼女はそのまま起き上がらなかった。死んだかもしれない。ただ、それを確認するような余裕は今の自分には無い。次は自分だと分かっているから。
オレは脇目も振らずに未だ激しく燃え上がっているかつての我が家に向かって走った。
諦めてダイナミック焼身自殺しようとしている訳じゃない。あんな化け物、素手でどうにかなる相手じゃない。物置の倉庫の周りに、片付けるのが面倒で放ったらかしにしていたゴミが散らばっている。その中に丁度いい鉄パイプか何かがあったのを思い出したのだ。それでどうにかなるとも思えないが素手よりマシだ。
そして鉄パイプを拾い振り返ろうとしたところで強烈な悪寒が全身を走った。咄嗟にパイプを後ろに全力で振り抜く。それは後ろでオレの頭を撃ち抜こうとしていたハイキックと綺麗にタイミングが合う。
鉄と鉄が打ち合い激しい金属音が響くと同時にパイプを持っていた両手に凄まじい衝撃が走る。そのあまりにも強過ぎる衝撃に耐えきれず、パイプが手から離れて遠くへと飛ばされてしまう。
嗚呼、クソっ。コイツ相手に抵抗しようとしたのが間違いだったか。
武器を吹き飛ばされその勢いで体勢を崩したオレに、リージェが先程と同じように間髪入れずに放った遠心力を加えた2撃目を避けられる筈もなく。その強烈なハイキックはオレの顔面を捉えて強かに撃ち抜いた。
地面に打ち倒され意識が薄れゆく中でヤツが銃を手にしロキナを抱えて去って行くのが見えた。
分をわきまえないことをした結果がこれか。 実に惨めなことだ。人を疑うことを知らない大馬鹿者をこれまた馬鹿正直に騙した愚か者にはお似合いの結末かもしれない。
こんな愚か者のこれからはきっと相応に酷いものになるだろう。それが普通でそうなるべきだ。
しかし世界の気まぐれかあるいは運命のイタズラかやたら続く奇妙な出会いはまだ終わっていなかった。
「良かったな少年。君にはまだチャンスがあるぞ?」
目が覚めた時、最初に聞こえた、燃え尽きた残骸の上にいたソレから発せられたであろう声。
その中性的な声は人間味を感じさせずしかしどこか心地よい音色を含んでいた。天使か何かが現れたかと勘違いしても仕方の無いものだった。
ただ、その声の主が、あのゴミ山からこちらを睨んでいたあの出来損ないのヘルメットから発せられたものだと気づけと言うのはいくら何でも無茶過ぎないか?
それがこれから長い付き合いとなる、喋るヘルメットことウィルバーとの初めての出会いだった。
ようやくメインヘルメットを登場させられたぜ。