探し物を占いましょう
入り組んだ路地を抜けて二人は通りへと出た。日は既に沈みかけで、辺りは少しづつ夜の衣を纏いつつある。街中とはいえ灯りが乏しく前時代に比べて脅威も多い。夜は危険な時間だ。人々の動きもどこか忙しなさを感じる。
「さて、お嬢様はこれからどうするんだ?」
「リージィファミリーとやらを探し出してアレを取り返します!」
気合十分と言った感じで答えられた。まだちょっとの時間しか一緒にいないが、それでもコイツは底抜けに、眩しいくらいに明るいやつだと分かってしまう。そしてやっぱりどこか抜けてるやつだとも。
「さっきジジィにアイツらのアジトとか聞いときゃ探す手間も省けたな」
「あっ!? …… 今からまた戻って聞いたら答えてくれるでしょうか?」
「散々笑われた上で教えてくれないだろうな、さてどうするか……」
というか多分、ジジィもアイツらの根城は知らない気がする。リージィファミリーは色々派手にやり過ぎた結果ギルドと敵対関係にあったはずだ。そしてこの街でギルドに根城を押さえられたならそこでお終いなはず。しかしまだアイツらが活動出来ているということは、ギルドが存外手こずっているということになる。ボスのリージィは相当なやり手だな。
「そこら辺にいる人に聞いたら答えてくれないかしら?」
「なるほど名案だ。適当な方向を指さされてから報酬を要求されるオチまで見えたね」
「そこまでしますか普通……?」
「残念ながらここは大陸と比べて普通じゃないからな」
やれることは何でもやるのが生きるコツだってここの連中は全員知っている。そしてそんなのに引っかかるのは大陸から来た奴だと決まっているため少しでも引っかかろうもんなら彼らは容赦なく何もかもを奪おうとしてくる。実利とストレス発散二つの意味で美味しいからだ。
「ちなみにアズマさんは何か心当たりはありますか?」
「……悪い、ちょっと思いつかないな」
こう言ってるが別に手が無いわけじゃない。あいつらは良くも悪くも目立ってる。ゆえに噂話には事欠かない。その噂話に出てくる場所を虱潰しに探せば見つけることは可能だ。最も時間がどんだけ掛かるか分かったもんじゃないが。ある程度それらしい場所だけを選んで調べたとしても、夜が明けるまでに見つけられるかも怪しい。よってその手段を彼女に伝える気はない。仮に提案してしまえばコイツ、それでもやりましょうとか言いかねない。
「そこのお二人さん。なにやら困りごとがあるんじゃないか」
さてそんな風に計画性の欠片もない二人が歩きながらこれからどうするかを考えていると、後ろから声をかけられた。ずいぶん幼い感じの声だな?
振り向いてちょっと視線を下げると、そこには薄い笑みを浮かべながら俺たちのことを見つめる白髪の少女が路上で座っていた。
「なんだ? 物乞いなら他を当たれ」
まぁ相手する理由もないんで手のひらを下にしてあっち行けのジェスチャーをする。
「物乞いなんかじゃないわよ。親切心で声をかけたのに失礼な奴ね」
「はぁ?親切心? お前が何を知ってるんだよ?」
「知ってるわよ? 例えば、そうあなた達二人が何かを探しているとかね。」
なんだこいつ。確かに言ってることは合ってるが、当てずっぽうにしては自信がありすぎるような……?胡散臭いなぁ……。
「凄いですね! よく私たちが何かを探していると分かりましたね」
なお、相方が余りにも素直すぎるため俺の警戒に意味は無い。てか無くなった。
「私ね、ちょっとした占いができるの。それで目の前を通りすぎて行く人を暇つぶしがてら簡単に占ってたらあなた達が何かを探しているって出たのよ。見たら結構深刻に困ってそうだったからつい声をかけてしまったのよ」
占いねぇ。ぶっちゃけ占い自体はそんなに珍しいものでもない。ちょっと探せばすぐ見つかるくらいには占い師は存在する。問題はその8、9割がもぐりであるということである。名乗るだけなら金はかからないからな。ましてや占いの技術の習得は魔導より難しいなんて話もあるくらいだ。そんなものをこの目の前の俺より年下にしか見えない白い少女に使えるとは思えない。
そういう理由でこの白髪少女も高確率でその類なんじゃないかとまだしつこく疑っているのだが、隣のお下りさんはそういった事情を知ってか知らずか。いや白髪少女がもぐりである確率と同じくらいの確率で知らないだろうが。純粋に占いに興味深々のようだ。
「もしかして探し物の場所も占いで分かったりしませんか?」
「もちろん分かるわよ。いつもは料金として10ユーロ取ってるんだけど……今回は私自身が興味あって声をかけたわけだから特別に無料にしてあげる」
「はぁ!? 無料って本気で言ってるのか!?」
「ええそうよ、うれしいでしょう?」
無料なんてこの世で最も信用できない言葉じゃないか。やっぱ胡散臭い。聞いてしまったら手遅れだ、ここで断らないといけない。今は変な奴とは極力関わりたく無いしな……。
「ありがとう! あなたとっても優しいのね!」
うん、最初に声をかけられて無視しなかった時点で詰みである。チクショウ! オレの迂闊!
「フフフ。お兄さん、分かりやすく感情が表情に出てるわよ。そんなに私が信用できない?」
「クソッ、いいよもうこれ以上疲れたくないから諦めたよ。だからさっさと占ってくれ」
「せっかくこの方の親切心で教えてもらえるのにその態度はどうなんですか。彼女に失礼ですよ」
「礼儀は昔、犬に食わせたんだよ。許せ」
色々考えても全部無駄にされると本当に疲れる。俺は半ば投げやりになりながら隣の噛みついてくる天然の言葉を適当に流しながら白髪女に催促する。
「もう少しあなた達を眺めていたくなってきたのだけど、まぁいいわ、話すとしましょう。……あなた達はタロット占いというものをご存じかしら?」
「タロット?」
「絵札を用いたやつですよね。確か魔素の流れに従ってカードの絵柄が変わってそれに応じて結果が分かるという」
隣の奴の説明に俺とそして目の前の白髪女が目を丸くする。
「まさか原理まで知ってるとは思わなかったわ」
「えへへ、ちょっとそういうのを調べたことがあって理屈だけ知ってるんです」
仮にも魔導使い、魔導関係の知識はしっかりあるみたいだ。後はもう少し思慮深さを養ってもらいたいと思わないでもない。白髪女はちょっとつまらさそうだ。まぁ、知識をひけらかしたかったんだろう。人に知識自慢するのは楽しいらしいからな。ルイスの奴は本当に楽しそうに延々と話しやがる。少しは自重しろ。
「まぁ、そういう原理の占いなのよ。それであなた達を占ったらこんな結果が出るのよ」
彼女はそう言うとカードの束を取り出し、そこから片面には何も描かれていない無地のカード3枚を順に並べていった。
「彼らが行く道、その一端を照らし出せ……オラクル!」
そして彼女がそう唱えると、3枚のカードの空白にそれぞれ違う絵が浮かび上がってきた。右から順に太陽と二人の子供が描かれたものに、車輪と……天使らしきやつが描かれたもの。そして最後は……これは吊るされているのか、足に縄が縛られて逆さ吊りの男が描かれていた。
「この3枚カードはそれぞれそっちから見て右からあなた達の、過去、現在、未来を表しているわ。今回は……逆位置の太陽に正位置の運命の輪、そして正位置の死刑囚ね」
「正位置とか逆位置ってなんだ?」
「タロット占いにおける絵札。これをアルカナと呼ぶんですが、それの意味はカードの向きによっても変わるんです」
カードの向き一つにも意味があるってことか。確かに一番右にある太陽のカードだけ逆向きでずっと気になっていたが、それにもちゃんと意味があったから直さなかったのか。
「そう、いい意味のカードも逆さになると悪い意味になったりとかそんな感じに変化するの。さてまずは過去の太陽ね。これは正位置ならば太陽の恵みや対の関係、これは例えば双子とかね。これらを表すのだけど今回は逆位置、その恵みによる衰退や破滅、均衡の崩壊とかを意味するわ」
「過去に破滅的な出来事があったってか?」
「正確にはあなた達二人に共通する破滅ね。だってあなた達二人の運命を占っているのだから」
「私と彼に共通の……ですか?」
今日出会ったばかりだぞ? なのに共通の、しかも破滅的な出来事? いまいちピンとこないな。
「人生なんて複雑に絡まりあった糸みたいなものよ、どこで影響してるかなんて分かったものじゃないわ。何か過去に奇妙な繋がりがあったくらいに思いなさい」
「そんな大雑把でいいのかよ」
「いいのよ、正確かどうかはさして重要じゃないから」
既に起きた事である過去くらいハッキリ示してくれてもいいのではないか? そう思わんでもないが素人のオレが言ってもしょうがないか。
「次に現在。これは運命の輪と言って出会いやチャンス、転換点と言った意味を持つわ。こうしてあなた達を占っていることを指し示しているのかもしれないわね」
「占われることが占いで分かってもな、何か勿体無いね」
「勿体無いとは?」
「無駄ってことだよ」
出会い、チャンス、転換点……多分この魔導使いのことだろうな。彼女に助けてもらわなかったらどうなっていたか分かったもんじゃないし。うーんそう考えるともう少し敬意を持つべきか? いや、いらないか。
「最後に未来を指し示すカード。これがあなた達が一番知りたいことなんじゃないかしら?」
「そうだな。……てかこれって出来事を示すものだよな。それでどうやって探し物の場所が分かるんだ?」
「具体的に知りたいってことかしら?」
「そう思ったから占ってもらうことにしたんだよ」
「いつもなら追加料金をいただくところなんだけど、いいわこれもサービスしてあげる。……我が眼に彼らの道を映し出したまえ……オラクル・ヴィジョン!」
3枚目の死刑囚のカードにまた新しい魔導らしきものを唱えると、そのカードがほのかに光ったように見えた。ただそれ以外は何も起きなかった。これで終わりなのか彼女に聞こうとしたら、彼女は目を見開いたまま呪文を唱えた姿勢のまま動きを止めていた。その視線は俺たちを見ておらず、どこか遠くを見ているようだった。
「え? 何これまさか失敗した?」
「いえ、多分占いの途中だと思いますよ。ヴィジョンの魔語は視覚に作用するものなので私達の未来でも見てるんじゃないでしょうか?」
さらっと言ってるけど結構とんでもないことをしてないか? いや魔導ってそれが普通なのか?
そんな風に目の前で唐突に行われた奇跡の真似事に驚愕していると、彼女は見開いていた目を閉じ一息ついた。
「……見えたわ。あなた達が探しているモノ……いや人ね。かなり大柄な人物、男でしょうね。彼は大量のゴミがある場所で……誰かと対峙していたわ。その誰かは、そうまるで悪魔のような見た目をした人物と対峙していたわ」
「悪魔ですか?」
「あの姿はそうとしか形容出来なかったわ」
悪魔? 幻想獣の中にそれに近いヤバい存在がいるという噂を聞いたことがあるが……。何だってそんなヤツがオレ達の未来で出てくるんだよ。
「まぁ気休めを言わせてもらうと、その場にあなた達はいなかったから、うん、きっと大丈夫だと思うわよ」
「何が大丈夫なんだよ。そいつが出てきたのオレ達の未来なんだけど」
白髪女はあははと曖昧な笑みを浮かべていた。まさかこんな不吉過ぎる結果が出るとまでは思っていなかったのだろう。もぐりに当たった方がマシだったなこれじゃ。
「ああ、それとさっき見えた場所は……あそこまでゴミだらけの場所はアソコでしょうね、西門前の」
「……ゴミ山通りか」
……確かにあそこは治安が悪いし物が大量にある。ギルドでもそう簡単に探せる場所では無いことを考えると隠れるにはうってつけかもしれないな。
しかしあそこを探すとなると今からじゃ無理だよなぁ。夜中に行くとかただの自殺行為だ。明日の日の出を拝む前にゴミ山の一部になっていても不思議じゃない。
「ゴミ山というと今日通った門の前にあったあの?」
「そうそう、あのめちゃくちゃ治安が悪そうな所。いや実際悪いんだけども。……今から探しに行くなんて言うなよ? 」
「駄目ですか……?」
「行く気満々だったのかよ」
「お兄さんも今からじゃないだけで行く気満々じゃないの。止めときなさいよ。どういう理由でその男を探しているのかは知らないけどゴミ山を根城にするようなやつの事は忘れる事をオススメするわ」
白髪女は親切心からの警告をする。勿論オレもヤバい事は分かっているし、正直逃げたいのだが。ここまで来て見捨てるのもな……。そうでなくてもなんか放っておけないし。
「心配しなくても奥までは行かないよ。それにヤバくなったら逃げればいいさ。逃げ足には自信があるしな」
「あれ、でも最初会った時は……」
「アレはただのアンラッキーだ」
「はぁ、言っても無駄みたいね。だったら好きにするといいわ。自分の命は自分で責任を持つものなのだから」
諦める様に彼女はオレ達というより自分に言い聞かせるようにそう言葉を紡いだ。なんというか普通に良い奴だったな。最初の警戒が申し訳なくなってきた。
「そうだ金は無いけどこれをやるよ」
そう言って懐からジジイに渡すつもりだったあの立方体のオモチャを取り出す。まぁ誰かと上手く交渉して何か良いものと交換するんだな。
「何コレ?」
「色を手で動かして色を揃えるオモチャらしいぜ。色々サービスしてもらったからこっちもサービスだ」
「へぇー!これオモチャなのね!」
「流石に占いと釣り合わないような……、いやでもこっちだと価値がそもそも違うから……うーん?」
何か隣のヤツがボソボソ呟いているが、目の前の白髪女はそこそこ、いや大分喜んでそうだし問題無いだろう。
そうして彼らが向こうへと歩いて行くのを見ながら私はカードの束から2枚のアルカナを引く。
「太陽と愚者のアルカナか……」
今まで趣味とは言えそれなりの人数を占って見たけど、こうやってカードにアルカナが描かれる人間はそういない。その多くは白紙のままだった。それが何を意味するのかは分からないけど無意味では無いのだろう。
離れて行く二人を眺めながら私はこれから何かが起こることを確信せざる負えなかった。
日は完全に落ち、人の時間は終わった。
話し合った結果、流石に夜行くのは止めようという話になった。というか魔導にも体力を使うらしく、結構消耗している今の状態ではそもそも魔導が撃てるかも怪しいらしい。つまり護身の技が使えないから行くのは控えたわけだ。使えたら夜でも行ってたのか……。
とにかくそうなると彼女は無一文故に当たり前だが寝る場所が無いわけで……。
……仕方なくオレ達の寝床を貸すことにした。あまりよろしく無いが、どうせ一度は連れてきてるし、ルイスもあの様子だと文句は言わないから面倒にもならないだろう。
本日4度目の道を早足気味に歩いていると、向こうの方が何故かやたらと明るくなっているのが見えた。
何故? この先にはオレ達くらいしか住んで居ないはず。それにあんな明るくできるものなんてなかったはず。だったらあの明るさはなんだ……?
本能がこれは不味いと言う。何が起きてるか急いで確かめないといけない。オレは走って自宅に向かった。
そして目の前に飛び込んできたのは。燃え続けるオレ達の家と地に伏している親友そして1人の大男だった。
アルカナとかタロットは「全部魔導の力のおかげなんだよ!」というキバヤシ理論で成立しております。