リージェファミリー
アズマとロキナが貧者の巣で話している間にあった出来事。
このブリテン島において唯一大陸へと出ることが出来る道である海底トンネルの出入口が存在する街。フォークストン。様々な歴史的事情から非常に治安が悪いこの街において特に危険とされる場所が存在する。
街の西に位置する、ラインプネの怪森と呼ばれる広大な樹林を見張る為のボロボロの見張り台が特徴の関所がある。その関所の内側、関所への入口に繋がる通り。そここそがゴミ山通りと呼ばれるこの街で最も危険な無法地帯である。
ここは怪森の近くということもあり街の中でも特にパンタシアに襲われる頻度が高い。故にここらは住む場所を無くし否応なしにここに来ざるおえなかった貧しい者達の住処となった。そこにゴミの処理に困った上流階級の者達がゴミを好き勝手に捨て始めた結果、ある種の防波堤の役割を果たせそうなほどの高さを持ったゴミ山が出来上がってしまい、そこからゴミ山通りと揶揄されるようになった。
そんな場所に来るものは、命知らずの馬鹿か、ゴミ山のゴミを漁りに来た者か、ただ東の関所に用があるかくらいなものである。しかし、人通りが少ないということは脛に傷持っているような人種が潜むのにはとても都合が良く、そういった者達が自然と集まり気づけば街一番の無法地帯が生まれたのである。
そんな無法地帯の一角に色んな廃材を組み合わせて作った前衛アートといっても差し支えなさそうな建物のようなものがあった。余りに奇天烈な見た目のため小さなゴミ山に擬態しているようにも見えるそれにはよく見るときちんと入口が存在していた。そしてそこに周りを忙しなく気にしながら二人の男達が入っていった。
中には何人もの影があった。入ってきた二人に影達は鋭い視線を投げかけていた。
「「……も、戻りました。ボス」」
消え入りそうな大きさだ。そしてそれは奥にいる大男に向かって言ったようだった。
「戻ったか、……で? ちゃんと取り戻してきたんだよな?」
大男は肘をつきながら二人に問うた。その声には抑えきれぬ憤怒とある種の諦めにも似た声音が含まれているのを二人は敏感に感じ取りその身を震わせる。
二人の内の小柄の男、つい先ほどアズマを追いかけロキナに追い払われた、プッカという名の男が声の震えを抑えきれぬままにその問いに答えようとする。
「いや……そのですね、アレを盗んだガキを追い詰めることは出来たんですが……あの、想定外のことが起きまして……その……」
「ああ経過はどうでもいいんだよ。なぁ、ちゃんと取り戻してきたのかどうかが聞きたいんだ」
「……ッ! そ、それは……」
言葉が続かない。プッカにはその先を言ってしまえば自身の未来が最悪なものとなると分かっていた。しかし沈黙し続けても同様の結果になることもまた分かっていた。冷や汗が顔を伝わっていくのが酷く遅いように感じた。
「……すいません、妙な女のガキのせいで取り返せませんでした」
俯いたままプッカは自らがボスと呼ぶ男に失態を報告する。
「……」
それにボスの男は何も言わなかった。ただ行動で示した。
ボスは椅子を立ち二人に近づいて行くと、プッカの首を掴んで宙に浮かせた。小柄だが少し横に広い肥満体型のプッカの体重は他の男と比べても決して軽くない。その身体をボスは片手で持ち上げた。尋常な力では無い。
「なぁ、俺はそんな難しいことをお前らに頼んだか?」
首を掴む手に力が込められ、プッカは苦悶の声をあげる。
「調子乗ったガキを締めて取り返すだけの簡単な仕事だったよなぁ! それが何だ、別の奴にしかも女のガキに邪魔されて失敗しただぁ!? 冗談にしても笑えねぇぞ!」
怒りのままに手に力を込めていきプッカの苦悶の声は逆に徐々に小さくなる。首を絞められ脳に上手く酸素が供給されなくなり、彼の意識が薄れてきているのだ。このまま続けば窒息死か、あるいは首の骨が折れて死ぬだろう。
プッカの横にいた火傷痕が酷い長身の男、ロギーはそこで相方が苦しんでいるのに耐えきれずボスに懇願する。
「そ、それくらいにしてくれよボス! その女の子は魔導使いだったんだよ、俺達じゃどうしようも無かったんだよ!」
「……魔導使いだと?」
ロギーの言葉を聞きボスは首から手を離す。重量に従い地面に勢いよく落ちたプッカは不足した空気を吸おうとして思いっきり咳き込んだ。
「その魔導使いの女はどんな奴だった?」
「金髪のやたら身なりのキレイなやつだった。間違いなく大陸から来たやつだよ!」
「大陸の魔導使い……」
その言葉を呟くと急に大笑いし始めた。
「ハーハッハッハ!! そうか、わざわざ来やがったのかあのガキ! クククッ、まさかこれが試練か? 俺を舐めすぎじゃないか運命とやら!」
周りにその言葉を理解しているものは一人もおらず、ただ困惑するしか無かった。しかしボスはそんなことは気にせずにひたすら笑い続ける。
「フハハハハハハ! アレを盗んだガキの正体はもう掴んでる。なんだっけか跳ね逃げ兎なんて呼ばれてる奴だったよなぁ! オイ! 誰かそいつが何処にいるか心当たりある奴はいるか!!」
突然話をふられ、周りの影達は困惑するも先の見せしめのようにはなりたくないと一人の影がすぐ答えた。
「そいつなら街の西外れにある廃墟に住んでるらしいです」
「西外れ……ああ、怪森近くのあの住宅街跡地のことか。よし、俺はそこに向かう。お前らは街を隈無く探してそのガキと女を捕まえろ。ただし女の方は殺すな。聞きたいことがあるからな」
そう指示を出され影となっていた者達はすぐに外へと出ていった。残されたのはボスと見せしめとなっていた二人のみ。
「お前ら、今回はこれくらいで許してやる。だが次はないぞ。肝に銘じておくんだな!」
「「は、はい!」」
最終通達を受けて二人も先に出ていった者達に続くように外へと駆け出していった。
そうして一人となった大男、リージェ・トラレスは獰猛な笑みを浮かべる。己が野望と輝ける栄光がもう目の前と知って。
ちなみに二人組がアジトに戻るのが遅いのはこうなると分かっていたので何か思いつくまでの時間稼ぎとしてギリギリまで帰らなかったため。結局思いつかなかったけど。