盗人の巣
ほぼ世界観説明回
100年ほど前、大災忌日において人々は多くのものを失った。それは人命の事でもあるし今まで必至に積み上げて来た人類の文化もそうである。
これほどの大災害を受ければありとあらゆる物資が足りなくなるのも致し方の無いことではある。そう、持つ者と持たざる者で差別されるのもまた致し方のないことだ。
そして明日の我が身すら安心できない不安。理不尽な差別から生じた怒り。そういった理由から持たざる者たちが裕福な上流階級へと攻撃を始めた。
上流階級の者たちはこの事態に非常に困った。なにせ彼ら自身にも決して余裕があるわけではなかったからだ。対処しようにもできず具体的な対策が何かないかと考えているうちに被害はどんどん増えていった。そうして追い詰められていった彼らに救いの手を差し伸べる者たちがいた。
地元のマフィアたちだ。
彼らは持ち前の武力を商品として提供する代わりに物資が欲しいと取引を持ち掛けたのだ。ただ貴族達にとっても物資はそう簡単に渡せるものではなく最初の頃は断る者もいたそうだが、襲撃が苛烈になるにつれそういった者たちもマフィアに頭を下げて助けて欲しいと頼み込むようになったそうだ。
こうして潤沢な物資と武力を持った存在となったマフィア達はこのブリテン島における生き残りの中での実質的な最高権力者となったのだ。
そして後に地元のマフィア達は無益な争いを避けるため一つの組織にまとまりギルドと名乗るようになった。
こうした歴史もあり、ここでは諸々の物資の売買の流れは全てギルドが管理している。もちろん盗品も管理している。
今から会おうとしているバーゲスのジジィはそのギルドの構成員であり、盗品の取り扱いなんかをギルドから任されている人物の一人だ。盗品に関して分からないことはまず無いだろう。つまりお嬢様の望みを叶えられる最有力候補であり、逆に駄目だったら少なくとも俺にはもう打つ手はないというわけだ。
その場所を予め知っているか、あるいは方向音痴が無駄な幸運を発揮でもしなければ辿り着けなさそうなほど複雑に曲がりくねった路地の先にそこへの入口はあった。
盗人の巣
そう呼ばれている場所だ。盗みを生業とする者達がまるで自らの寝床のように頻繁に訪れることが由来らしい。ちなみにこの名前をジジィの前で出すと殺されかける。自宅がそう呼ばれていることにバーゲスのジジィ本人は不満らしい。
ノック2回、そばにあるベルを3回鳴らす。これがここに入るための秘密の鍵だ。
「入れ」
中から入室を許可する声がした後に扉ののカギが開く音がする。扉を開けると薄暗い部屋の中に何人かいるのが見える。多分殆どは盗品を売りに来た客だろう。
中に入ると背後でガチャっと扉の閉まる音がした。振り返ると客の一人であろう人物が扉を閉めたようだ。客にやらせるとはどういう神経をしてるのやら。
……そしてその奥で目的の人物が座っているのが見えた。
アンドリュー・バーゲス。この部屋の主だ。見た目は非常に筋骨隆々としておりヒゲも豊かに生えている。故に威圧感も相応に備わっている……訳ではない。
何故なのか。それは身長が低すぎるからである。俺自身もそう高くはないがその俺が自然に見下せるほどの高さしかない。100cmもあるか怪しいぐらいほどで普通ではありえないほどの低身長だ。
そう彼は普通ではない。彼はドワーフだ。正確にはTR病という病に彼はかかっている。
TR病。大災忌日より後に流行り始めた奇病で、これに罹ってしまった者はその姿形が空想上の者達、要するにドワーフやエルフといった亜人と呼ばれるものへと変わっていく。
人が人であって人でない何かへと変わるその病は人々に根源的な恐怖を与え、そしてそれは差別という形で罹患者達に降りかかる。
それはそれは苛烈なものだったらしく、"獣堕ち"などと蔑まれ狩りと称して大勢の罹患者が虐殺されたそうだ。ただでさえ余裕が無いだろうによくそんな事が出来たものである。
そんな経緯もありTR病の罹患者はまともに働くことも出来ず、ずっと厳しい立場にある。無論、目の前のバーゲスのジジィも相当な苦労をしてきたはずである。まぁ知ったことでは無いのだが。
バーゲスはこちらに気づくと声を掛けてきた。
「アズマのガキんちょか、……しかも女付きとはな。ここは斡旋なんかやってねぇぞ?」
「違ぇよ。ちゃんと物を売りに来たんだよ」
そう答え、俺は懐からゴミ山から適当に持ってきたカラフルな立方体を取り出した。
「とある貴族様からくすねた物だ。きっと素晴らしく価値のある物だと思うんだけどいくらで売れそうだ?」
ちなみにこれは嘘だ。自宅に使ってるあの元空き家に元々あった物で盗んだりはしてない。これは列ごとに動かせるようになっており、多分その機能を使って空けるなんかを入れとくための箱のようなもの何じゃないかというのが俺たちの結論だ。
ちなみに、2人で延々とやってみたが一向に開かなかったので最初は売ろうと考えた。しかし中に入っている物が気になるのも事実なので売りに出さず取り敢えず持っておこうという話になった。
尤も、結局俺は早々に諦め、ルイスもかなり粘ったが最終的に諦めてゴミ山行きになったので今回俺の勝手な判断で売ることにしたのだが。
「……これが価値のあるものだと?」
「可能性は高いと思うぜ、多分これは入れ物でこの中に貴族様のお宝が…」
「お宝ねぇ……」
「なんだよそのバカを見るような目は」
「お前、ここに玩具なんか持ってくるんじゃねぇ!!」
怒鳴られると同時に思いっきり頭を叩かれた。
「痛てぇなッ! 何しやがるんだよ!」
「これはルービックキューブって名前の玩具なんだよ! 色を動かして揃えて終わり! 宝箱でも何でもなねぇよ!」
「はぁ? これ、玩具なのかよ!?」
マジかよ、俺達がロマンを求めて頑張った(主にルイスだけだが)あの努力はなんだったんだ。
「わざわざ玩具を盗みに貴族に喧嘩売るとはご苦労さまなこった。たく、ルイスとお前はどうしてこう毎度下らないものを売りに来るかな。取り敢えずそれは売り物にはならねぇ、適当な孤児院にでも寄付してくるんだな」
「そんな1ユーロにもならないことが出来るかよ」
「だったら家に帰ってそれでルイスと二人仲良く遊んでろ」
それだけ言うとそっぽ向いてしまった。結局ゴミ山のものはゴミだったか。持ってくるだけ無駄だったか。
「まぁ、待ってくれ親父さん。もう一つ話があるんだよ」
「……そこの女か?」
「そうだ。何でも盗品について聞きたいことがあるらしいんだよ」
そう言って当の彼女の方に視線を移す。なんかここに置いてある盗品を興味深く見ている。なにしてんの?
「おい、お前のために来たんだぞ!」
「ふえ! ああ、ゴメンなさい! 色々と面白そうなものが置いてあったのでつい」
やっぱこいつ頭のどっかが緩んでるんじゃないか?
「失礼致しました。改めまして、私の名前はロキナと申します。今日は貴方にお伺いしたいことがあってここに来たのです」
「へぇ。大陸のお嬢様がわざわざこんな老いぼれに会いに来てくれるとはね」
あっさり彼女の正体がバレる。まぁジジィ相手には流石に誤魔化せないか。
仮にもギルドから盗品管理を任されている人物だ。盗品を鑑定するための観察眼はそのまま人間相手にも利用できる。
彼女は少し驚いた様子を見せている。バレるとは思ってなかったようだ。これは正直こっちのミスだから申し訳ない気分になる。
「ええ、彼、アズマに盗品については貴方にお伺いした方がいいと言われたもので」
「お前、いつから小遣い稼ぎにガイドなんて始めたんだ?」
「色々あったんだよ、とにかく彼女の話を聞いてやってくれ」
「ったく、聞くだけ聞いてやるよ。一体何の用だ?」
バーゲスは頭を掻きながら面倒くさそうにそう答えた。
「……一か月ほど前、盗賊がある物を盗んでこちら側に逃げ込みました。そして私はそれを追ってここに来たのです」
「盗賊を追ってだと……まさかアンタは騎士団の人間か?」
「違いますよ、私はただの一般人です」
彼女は微笑みながらそれを否定する。
「一般人はドーバーを通れないと思うが」
「それはこちら側だけの話です。大陸側ではさほどの困難もなく通れるのですよ」
「酷い話だな」
ドーバートンネル。島と大陸を結ぶ唯一の道。連中の祖先を救った道なのに今ではダストシュート扱いとは恐れ入る。
「とにかく、私はその盗賊が盗んだ物を何としても取り返したいのです。ですからどうかご協力をお願い致します」
彼女は頭を下げて嘆願する。
「なるほどな。つまりその盗まれたものについて俺が何か知らないか聞きに来たってわけか」
「その通りです。どうですか、何か知っていることは……」
バーゲスは彼女が問いかけようとしたのを遮って……。
「悪いがアンタに教えられることは何も無い」
バッサリ切り捨てた。
「そんな……本当に何も知らないんですか!?」
彼女がバーゲスに思わず詰め寄る。
「ああ、違うそうじゃねぇ。知ってる知らないじゃあ無いんだよ。俺がアンタにわざわざ教えてやる理由が無いって言ってるんだ」
「どういう事ですか……?」
「簡単な話だよお嬢さん。商売道具の情報を自分で言いふらすバカはいないって話さ」
「……それは」
想定外の自体に動揺して彼女は言葉に詰まっているようだ。
正直こうなるだろうとは思っていた。そりゃ簡単に商売道具の情報を教えてくれはしないだろうさ。
いや自分もどうにかしようとはしたんだよ。想定外だったのは取引材料になると思って持ってきた物がただのゴミだったってだけで。
「……それでも。それでも、そこをどうか教えてくれませんか!」
「話にならん」
気づいたら、周りにいた客は全員消えていた。彼女が話を始めた辺りで既に見えなかったので。面倒事を察して逃げたのだろう。
さて彼女はなおも食い下がっているが、それをジジィは無慈悲に切り捨てている。
しかし本当に必死だな。それだけ大事なものなのだろう。けど、想いだけではどうにもならない。個人的には嫌いじゃないが
にしてもこのままじゃ埒が明かない。手助けした方がいいか。
「落ち着けよお嬢様。この頑固ジジィが求めてるのは別にアンタの言葉じゃないよ」
「何が言いたいんですか」
「ジジィは盗品を売ったり買ったりするのが仕事だ。つまり商売人だ。ってことは取引すればいいのさ」
バーゲスは乱暴だが外道ではない。道理に則って話せばちゃんと応えてくれる誠実さを持っている。伊達にドワーフなのにギルドから仕事を任されていない。
彼女はそれで理解してくれたのか明るい表情を取り戻した。が、すぐにまた沈んだ表情をした。
「私、今はお金を持ってないわ」
「無一文だったのかよ。まぁいいや、何か金の代わりになる価値のあるものでも持ってないか?」
そう言われた彼女は考え込むと、持ってた鞄から何かを取り出した。
包に包まれた茶色い板のようなものだ。
「何それ?」
「板チョコです」
「板チョコだと!?」
バーゲスが身を乗り出して驚いていた。ちなみに俺も板チョコから目を話せないくらいには驚いている。
食べたことはある。ただし一回だけ。それを食うためにルイスと二人で綿密な計画を立てた上で臨み、半死半生の体になりながらも成功した思い出がある。
つまりはそれだけ貴重な代物なのだ。
俺たちの食事は基本的にギルドから配給されるものを食べている。問題はそれがいつもスパムだけであることだ。
毎日毎日、来る日も来る日も、スパムスパムスパム。
当たり前だが飽きる。食べられるだけありがたい話だが飽きはどうしようもないのだ。
よってここに住む者達はスパム以外の味に飢えている。ましてや甘味など神の祝福にも等しい。
「ま、まさかこのチョコをくれるのか……?」
「貴方が知っていることを教えて下されば」
「分かった交渉成立だ。教えてやるよ!」
神の祝福の前に迷える子羊と化したバーゲスはあっさり陥落した。その決断の速さは迷ってなかった。
オレはオレで後でまだ余りがないかお嬢様に聞こうと決心していた。
何はともあれ無事交渉は成立したわけだ。
「それで、お嬢さんはいったい何を盗まれたんだい?」
手に入れた板チョコを少しづつ食べながらバーゲスは聞いた。少し態度が軟化している。現金なことだ。
そう言えば盗まれた物が何かはまだオレも聞いてない。というか彼女から具体的に話を聞いていない気がする。オレが気にしてなくて聞こうとしなかったのもあるだろうけど。
聞いてなかったことを思い出しオレも問われた彼女の方を見る。
彼女は一瞬何かを躊躇う素振りを見せたが、すぐに振り切って問いに答えた。
「盗まれた物、それは銃です」
今、彼女は何と言った?
銃と、そう言ったのか?
こんな……こんな偶然があるのか……?
オレが衝撃を受けているのと同様に、バーゲスもかなりの衝撃を受けたのか固まっていたが。なんとか立ち直る。
「……それはつまりあの銃か?」
「ええ、前時代の武器であるあの銃です」
銃、大災忌日より以前における戦いの主役。離れた所から引き金を引き、弾丸を撃ち出して敵を打ち倒す武器。
人類が誇る叡智の結晶。食物連鎖の頂点たらしめる力の一端。それが銃だ。
しかし、それも大災忌日までのことだった。幻想獣達が出現し人類は勿論銃で応戦した。いや正確には応戦しようとしたのだ。だが出来なかった、奴らには銃が通用しなかったからだ。
理由は簡単。奴らは魔導が使えたからだ。魔導には銃を暴発させるものがあった。それは致命的だった。この魔導一つで銃は完全に鉄屑と化し、奴らに抗う術、その殆どを失ったのだ。
今現在に於ける戦いの主役は剣だ。
勿論、化け物相手には不利だ。しかし銃が使えないからと戦わない訳にもいかず、そして戦う以上は武器が必要だった。よってシンプルかつ歴史に裏打ちされた技術、戦術を持つ剣が普及することとなった。まぁパンタシア共が英雄物語に登場する怪物達に似た存在だったのも理由にあるかもしれないが。
こうした歴史の流れで銃文化は衰退することとなり、殆どその使い手がいなくなってしまった。故に長い時間の中でその存在はもはや伝説扱いとなってしまった。
その伝説が存在し且つそれを奪われたと言われたら誰だって驚くというものである。
さて、バーゲスは頭の中を整理しようと顎の髭を触りながらブツブツと独り言をつぶやき始める。
「しかし銃か……本当に実在したとは。……ん、いや待て大陸側からだと? もしや……?」
そして早速記憶の中から銃に関する情報を探し当てたのか何か納得していた。
「何か分かったのですか!」
その様子から自分の欲しい情報が分かりそうだと察して彼女は少し興奮した口調で聞いた。
「……ここ最近になって、ここらで好き勝手し始めた連中がいるんだが。実はそいつらの首領が大陸出身らしいんだよ」
「ジジィ、それはリージィファミリーのことか?」
オレの問いにバーゲスが頷いた。ついでに無言の拳骨も飛んできた。しまった、油断してた。
「リージィファミリーですか……?」
「そうだ。首領のリージィとその取り巻きの集団だ。取り巻きは小物ばっかなんだが、頭のリージィが曲者でな。なんでも大陸にいたころは騎士団に所属してたらしい」
「よりにもよって騎士様かよ。島流しでもされたのか?」
詳しくは知らないが騎士道精神だかなんだかに反した騎士は罰としてこちら側に送られるらしい。汚いものはゴミ捨て場に捨てられるわけだ。てかゴミ捨て場扱いとかやっぱり大陸の連中は失礼だな。
「いや島流しじゃあないはずだ。島流しだったらギルドが把握してるはずだからな」
「島流しではないとするとその人は、私と同じで自らの意志でこちらに来たということですね」
ゴミ箱扱いのこの場所に大陸の人間は滅多なことで来ることは無い。逆に言えばここの大陸出身の者は島流しされたものか、或いは何か事情がある者しかいないことになる。例えば盗みを働いて逃げてきたとか。
「大陸出身の人間で騎士ですか……。更には島流しされた者でもないと……、確かにその人が私の探している人物の可能性は高いですね」
「どうだ? 板チョコ分の情報は手に入ったかよ?」
「はい、とても助かりました。ありがとうございます!」
これで彼女の願いは叶えられて、俺の恩も返せたことだろう。さてこれからどうするかな。
「アズマ!」
彼女が礼を言った後に一緒に外に出ようとするとバーゲスから呼び止められた。
「なんだよ?」
「もう知ってるやつは知ってるぞ。お前がこれからどうするかは知ったこっちゃないが、せいぜい気を付けることだな」
「……忠告ありがとよジジィ」
俺も礼の言葉を言ってから外に出て行った。さて本当にこれからどうするかな。
サイバーパンク要素はいつ登場するのか