ちょっと寄り道
人々にとってそれは突然だった。
"大災忌日"
その日、世界が、国が、人々が不可逆の変質を遂げることとなる。突如出現したパンタシアと呼ばれる怪物達、消滅した南極大陸、黒月現象、世界樹と火の天使。この混沌は人類史上類を見ないほど激しく、ヨーロッパだけで人口を2割、生存圏を1割にまで減らした。この圧倒的な変化の波は、否応なしに人類の生存本能に訴えかけた。世界の終わりは近いのだと……。
だなんて、数十年前までは皆で口をそろえて言ってたらしい。世界が滅ぶ? 運命の日? 馬鹿らしい。幻想獣がなんだ。魔導がどうした。そんなものより明日のメシのほうが大事だ。
人間は適応した。大災忌日からもう百年以上も経ったから慣れたんだ。世界の終わりなんてものはいつしか忘れ去られ、怪物達の脅威がある中で人類同士での戦争が起こすくらいには人間らしさを取り戻していた。
「うー、よりにもよってどうしてこれを着なければいけないんですか……」
さてこの見目麗しい美少女であるロキナとやらの案内役を自分は引き受けたわけだが。とりあえず分かりやすい問題から片づけなければいけなかった。
つまり、その身なりの良さだ。
「そんなきれいな服はここじゃ目立ちすぎるんだよ。汚くても我慢しろ」
「だからってこんな、遺体からなんて……。あなたの外套を貸しなさいよ」
というわけでありあわせの服は遺体から拝借した。俺の外套はコレを隠すために貸せない、申し訳ないがそこら辺に転がってるので我慢してくれ。
「これはダメ。それに心配するな、死人に口なしだ。何も問題ない」
「問題大有りですよ。ああなんて罰当たりな……」
「ハハ、ここに来た時点で諦めろ」
そもそもそこら辺に死体が転がってる時点で罰もへったくれもないだろうに。とにかく問題が一つ片付いたところで目的地に向かうことにした。
……目的地まだ聞いてないな?
「で、結局お嬢さんはどこに行きたいんだ?」
「ええと、ここでは盗品はどうやって売るの?」
「盗品? それならそういうの仕切ってる奴がいるからそいつに会えばいい」
「じゃあ、その人に会わせて欲しいわ」
少し思案する。このお嬢様は盗品を売りたいのだろうか? ……身なりからして十中八九大陸側の人間だ。となると、いわゆる貴族様がどうしてこんな危険な場所に自ら来たのかが問題になる。
……予想通りの展開になるならば。今のままだとマズイ。自分が持ってる「コレ」のせいで面倒になりかねない。
先に「コレ」をどうにかした方がいいな。
「分かった。ただそいつに会うにはちょっと準備がいるから、先に俺の家に寄らせてもらうけどいいかな?」
「会えるなら問題無いわ」
彼女が頷く。それを見て男の家にあっさりついて行くことにした(いや自分から言ったことではあるのだが)このうら若き女性に……。
(いくらなんでも警戒心が無さすぎない?)
と顔に出さないように心の中で苦笑してしまう。自分に出会わなかったらどうなってたんだか……。
「あそこが俺の家だ」
そして歩き慣れた道を進んで、途中、ゴミ捨て門を通る時にお嬢様に散々ゴネられたりしたが、街から少し離れた位置にある我が家に無事辿り着くことができた。
「……意外とまともな家じゃない」
「どういうの想像してたんだよ」
「野晒しな感じかと」
「失礼な話だ。まぁその思い込みもあながち間違っちゃいないんだが」
目の前にある家はこじんまりとしてはいるがレンガ造りの立派な一軒家だ。ぶっちゃけこのご時世でまともな寝床を持っている奴の方が珍しい。ましてや一軒家なんて普通は持てない。が、裏技というのは探せばあるもので……。
「これはある程度のリスクを受け入れたご褒美みたいなものなのさ」
「ご褒美?」
「ここは街の外だ。つまり寝てる間に化け物に食われる可能性があるってこと」
「……よくここに住もうと思ったわね」
「慣れれば快適だよ。慣れるまでが大変だけど」
そう言いながら俺は家のドアをノックする。するとドアの向こうから誰かが質問してくる。
「森の中に置き去りにされたら?」
「取り合えずパンを食べよう」
そう答えると扉が開いた。今のは暇つぶしのジョーク大会で思いついた合言葉だ。
「アズマ! 良かった、無事に帰ってこれたのか!」
中から現れたのはぼさぼさの金髪とひびが入った眼鏡が特徴男、友人のルイスだった。この家で何年も一緒に住んでるほとんど家族同然の親友だ。
「俺がヘマするわけないだろ」
「よく言うぜ。 それに今回はとびっきりにやばかっただろ。なにせブツもブツな上に相手があいつ等だったじゃないか。僕が一体何回止めようとしたことか……」
「悪いな、でもおかげでようやくコレが手に入ったぜ」
外套の下に隠したそれをこっそり見せる。それだけで全部察してくれたようだ。流石は数年来の友人だ。
「とうとうか……」
「ああ、本当に長かったがようやくだぜ」
そう、ようやくだ。コイツを使ってようやく長年の願いが叶う。
「あの、何か必要だからここに来たのではないのですか?」
その言葉でハッと我に返る。やっべ、そういえばそういう話だった。
「うわっ! すげぇ可愛い子連れて来てんじゃん!」
ルイスが俺の肩越しに彼女を見る。中々お目にかかれないほどにいい笑顔をしてやがる。
「ああ、紹介してなかったな。彼女はロキナって名前で……あー、命の恩人だ」
うん、冷静に考えたらアレは普通にヤバかった。助けがなかったらどうなっていたやら。命の恩人と呼ぶのも吝かでは無い。
そう言うとルイスがロキナに聞こえないよう小さな声で聞いてくる。
「命の恩人?」
「色々あったんだよ。とにかく借りができたからな、彼女のバーゲスのジジィのところに行きたいって頼みを聞くことにしたんだ」
「ジジイのところに? なんでまた?」
「盗品を売る場所に行きたいみたいだぜ? まぁ連れて行くだけなら無料さ」
「まぁいいけどよ。でもそれだとなんでわざわざ彼女をここに連れてきたんだよ?」
「コレ持ってジジイに会えるわけないだろ」
「ああ、なるほど確かに会えないな」
その説明でルイスも得心がいったようだ。
「あーロキナ。こっちのメガネは俺の友人かつ同居人のルイスだ。まぁ悪いヤツじゃないよ」
「貴方のご友人でしたか。初めまして私はロキナと申します、よろしくお願いします」
「あ、ああ! よろしく!」
語尾が上ずってるわ、視線がフラフラしてるわ、キョドり方が酷いな我が友よ。まぁこんな美女はそうそうお目にかからないからこうなるのもしょうがない。
そうして自己紹介が済んだら家の中に移動する。すぐ済む用事だけどこの肌寒い時期で外に待たせるわけにもいくまい。
そうして家の中に招いて、我が家最大の自慢である暖炉の付いたリビングで彼女を待たせている間にやることを済ませに行く。ちなみにただいまマッチを切らせていて使用不可である。寒さが増すつつある秋の終わり頃というのに。
玄関から一旦外に出て左手に物置がある。そこのシャッターを開けて中に光を通す。ここには今までにルイスと二人で盗んで結局要らなかったものとルイスの趣味の機械が置いてある。
機械いじりがアイツの趣味だ。何回か説明されたこともあるけど別の世界の言葉にしか聞こえなかったので、多分オレには向いてないのだろう。
そして盗品だが、こっちには本当に色んなものがある。が、その殆どが金にもならなさそうなゴミばかりだ。例えばボロボロの本とかやたら大きい歯車とかレンズが入ってないメガネとか。まぁ本当になんで盗んできたのか本人もよく分かってないモノばかりだ。歯車とかやたら苦労した思い出しか無い。
だがこのゴミ山は逆に言えば物を隠すのにはうってつけだ。なにせ下手に触れるとこの山は崩れるからな。
さて取り敢えず適当な入れ物の中にコレを隠してゴミ山に紛れさせておく。これで仮にアイツらがここに来てもそう簡単には見つからないだろう、多分。ついでに山の中から比較的まともなものを選んで持っていくことにする。一応の保険として手土産の一つでも持って行ったほうがいいだろう。手ぶらじゃ話すら聞いてもらえないからなあの頑固ジジィ。ちなみにこのゴミ山のものが手土産になるかどうかは別の話だ。
そうして用を済ませ戻ろうとするとふと視界に入るものがあった。
それはいつぞやルイスが面白そうだと言って拾ってきた銀色のヘルメットだ。
銀色と言っても所々が錆びていて綺麗よりは汚い印象を受ける。ただし至る所に走っている赤いラインが上手く噛み合って悪魔的な雰囲気を醸し出していた。個人的には好みの見た目だ。最もコイツの最大の特徴はその笑えるような欠陥だ。
片目が見えないのだ
何故かは知らないが左目にあたる部分が塞がれているのだ。おかげでコイツを被ると片目を塞がれたまま動くハメになる。人間、片目が使えなくなるとあそこまで動きづらくなるんだな……。
ルイスは何かしらの理由があるんじゃないかと調べてたけど結局何も分からず、最終的に二人にゴミ認定を喰らってこの山の一部となったのだ。
さてそんなものが何故急に気になったのかがよく分からない。まぁ見た目は中々カッコイイから無意識に気にしてしまったのかもしれない。
まぁいい、取り敢えずやることやったし戻るとしよう。
倉庫を出て家に戻ると何やら盛り上がってる声が聞こえた。何をやっているのやらと思いながらリビングのドアを開けた瞬間、心地よい暖かさとなった空気が肌に触れた。
部屋を覗いてみれば暖炉に点くはずのない火が灯されていた。
「アズマ! 偉大な魔女様のおかげで我が家に温かさが訪れてくれたぞ!」
暖炉に手をかざしながら嬉しそうにルイスが報告してくれる。ああ、多分ロキナが魔導を使ったんだな。ルイスの言葉からそう推測し、俺もそそくさと暖炉に近づいてルイスと一緒に冷えた手を温めることにした。染みるなー。
丁度その隣に、そんな俺たちを見て微妙にあきれた顔をしたロキナが立っていた。
「まさかマッチ一つも無いとは思いませんでしたよ」
「ここまでマッチを売りに来る少女はいないんだからしょうがないだろ」
マッチ売りに命をかける少女なんていやしないんだから。
しかしやっぱり魔導はすごいな。治癒魔導もさることながらこうやってどこからともなく火を出せるのもすっごい便利だ。ケンカにつかってよし、日常生活に使ってよしとは。これでだれでも使えたら最高だったんだけどな。
「それで用は済んだのでしょうか?」
「おう、これでジジィのご機嫌取りが出来ると思うからお嬢さんの話も快く受けてくれると思うぜ」
「ああなるほど、それを取りにここに来たのですか」
俺が懐から取り出した物を見てルイスは何ともいえない顔をしたが、それに目の前のお嬢様は気づかなかったようで普通に感謝してそうだ。何故か微妙に罪悪感感じた。
さてこれで準備は終えた。
「んじゃ、ジジィのところに行くか」
「はい、それでは改めて案内の方お願いします」
そうして家を出ていく時、ルイスに留守番を頼もうとしたらむしろ留守番を代わって自分にエスコートさせろと言われたりした。まぁきっぱりと断ったのだが。別に代わってやっても良かったが、これは自分が作った借りだ。だったら自分の手で返さないとダメだろ? ちなみに断った時にえらい恨みがこもってそうな目で睨まれたが知ったことではない。
こうして、また来た道を戻って俺たちは目的地へと向かうことにした。
しかしこのお嬢さんはどうして盗品なんかに用があるのやら。まさか盗まれたものでも取り返しに来たのか? だとしたら俺が思っているよりも厄介なことに首を突っ込んじまったかもしれないな。そんなことを考えながら俺たちは盗品の元締めであるバーゲスのいる場所へと歩いていく。
思ってたより次話投稿に時間がかかってしまい悔しい。