食卓悲喜交々
食事回を食事時に投稿していくスタイル。
薄暗い上に肌寒い空気の廊下を進んでいく。窓の外を見れば夜の景色と鬱蒼とした林が見える。
この孤児院は街から少し離れた位置の林の中に建っている。子供が夜出歩くには厳しいものがある。
1回夜にここを抜け出して林に入った時の記憶は今でも鮮明だ。林の木々が黒くて大きな人に見えた時は怖くて泣いたもんだ。
突き当りにあった階段を降りていくと下の方から何やら喧騒が聞こえてくる。夕食って言ってたし多分食堂の方だろうな。
かつての記憶を辿って進んでいくと廊下に薄明かりの漏れている扉を見つける。予想通りその扉の向こうから騒がしい声が聞こえてくる。
扉を開けるとそこには懐かしい景色が広がっていた。
まず部屋の奥には暖炉が焚かれており部屋の空気はとても暖かかいものになっていた。身体と心が暖まりそうだ。
そして手前の長机の周りで幼い子供たちが忙しなく動き回っている。そしてその間を縫って年長組の数人が暴れないように注意しながら食事を運んでいる。全員で7、6人くらいの人数がこの部屋にはいた。
小さい頃はオレもああやって意味もなく走り回っていた。最年長のオレらが騒いでいて手伝わなかったからシスターが一人で苦労して用意していたっけ。やべぇ、改めて思い出すと申し訳なさしかない。
扉の側でボーと感慨と申し訳なさに浸っていると年長組の一人がこちらに気づいた。茶髪のくせっ毛が目立つ男の子だった。
「貴方は確か昨日ここに運ばれて来た人ですよね」
「そうそう今さっき目覚めたの。忙しそうだし夕飯の準備手伝おうか?」
「いえ、大丈夫ですよ。それに怪我人に手伝わせる訳にも行きませんからね。えっと、水出しますのでそこの席で座って待っててください」
そう言って足早にキッチンの方に向かっていった。水のこと言ってないのに気づくとはやるな。いや多分お客様に水を出すようちゃんと教育されているだけかもしれない。どっちにしろあの位の年の頃の自分と比較すると偉いと言わざるおえない。
ふとキッチンの奥の方を覗くとシスターらしき修道服を着た人とあの背丈の金髪は……ロキナか、の後ろ姿が見えた。手伝っているみたいだがアイツも怪我人側なのでは?ちょっと情けなくなるな。
持ってきてもらった水を飲みながら……水を飲むと結構喉が渇いていることに気づきお代わりを頼む。……ながらそんな適当なことを考えていた。
すると服の裾を誰かに引っ張れる。顔立ちにまだ幼さの残る子供たち、年少組だろう子供たちがこっちを見ていた。
「お兄さん誰ー?」
「んー、お客様」
「そっかー、私たちと遊ぼー」
まぁ彼ら彼女らにとってはお客様かどうかは関係ないよな。うん。
仕方なくここの先輩として相手してやるかと思ったところで、キッチンからさっき見た二人がこっちに来た。
食卓の上を見るとそれぞれの席に水と豆のスープとマフィン、……これは中に挟んであるのスパムだな。仕方がないとは言えこの街の食事は本当にスパムスパムスパムだな。とにかく食事の用意が終わったようだ。
「ほらー食事の時間よ! ちゃんと席に付きなさい!」
シスターの号令で子供たちはそれぞれ騒がしくしながらも自らの席について行く。シスターの教育と食欲への素直さ故の動きだ。
「賑やかな所ですねここは」
ロキナがオレの隣の席に座りながらそう言ってくる。
「子供は元気と笑顔が一番ってのがシスターのポリシーらしいからな」
「それ、私もシスターに聞きました。一番が二つもあってちょっと不思議だと思いましたよ」
「同じ事を不思議に思った奴が前にもいたな」
「誰ですかその人?」
「あー、……ハルだよ」
「ハルさんって妹さんの……」
因みに、疑問に思った事は解決しないと気が済まない質のハルはシスターに直接聞いたらしい。そしたら自分で考えてみなさいと言われたとのことだ。
何でその答えをオレは知らない。ハルは何かしらの答えを得ていたようで満足していたが。
「アズマ。貴方、ロキナちゃんにハルのことを教えてたの?」
丁度ロキナを挟んだ向こう側の席に座ったシスターにそう言われる。目を見開くほど驚いていた。
「別に可笑しくないだろ」
「貴方、自分のことを余り人に晒さないじゃない。ましてやハルのことは殊更に言いたくないでしょうに」
「気まぐれで喋ることもあるよ。それに外に出て変わったかもしれないだろ?」
ついでにここから出て行って何か変わったことがあったか考えるが、人を疑り深くなったことくらいしか思い付かない。残念な奴ですこと。
シスターがこっちをじっと見てくる。あの目は疑ってるな? それが正しいのだから怖い話だ。ここ出てった後もどこかでみてたんじゃないの?
「と、アズマはずっと寝ててお腹が空いてるでしょうから長話する前に食べましょうか」
周りはの子供たちはもうガツガツ食ってる。年少、年長組問わずに凄まじい勢いだった。朝と夜の二食しか無いんだから皆腹が減って当然だ。
別にシスターが意地悪で食わせてないとかそういう事ではない。この人数を賄える食料を用意することがそもそも困難なのだ。むしろ一日二食用意出来ていることをこそ褒めるべきだ。
さて、シスターに言われた通りかなり腹が減っているのでオレも大口でサンドイッチに齧り付く。うーんスパム味。
お口直しに豆のスープを飲む。薄味だが今の季節のこともありその温かさが身体に染み渡る。
「お兄さんシスターと知り合いなのかー?」
さっき話しかけてきた子供が食べながらこっちにまた話しかけてきた。
「コラッ、食べ終わってから話なさい」
案の定シスターに怒られる。それで少しシュンとしたようだが視線だけはまだ好奇心に満ちていた。
「オレは元々ここに住んでたんだよ。お前らの先輩だから敬えよ?」
「へぇー! 兄ちゃんここの出身だったんだ」
これはさっき食器運びをしていた年長組の一人の茶髪の男の子からだ。
「つっても10年も前の話だけどな。てかあの頃の連中一人は残ってると思ってたけどもういないんだな」
「アンタと違ってあの子達はちゃんとまともに育ってここを巣立ってくれたよ」
まるでオレがまともに育ってないかのようにシスターが答えてくれる。失礼だが事実なので反論出来ない。
「10年前ってアズマさんはその時何歳だったんですか?」
「んー、多分10か9くらいじゃないか?」
「そんな小さな頃にここを出てったんですか!?」
ロキナが驚きの声を出し、周りの子供たちからは、すげー、オレ、ワタシと同じくらいだー的な感想が飛んでくる。
「出ていった時は驚いたよ。朝起きたらこの子の部屋がもぬけの殻だったんだから」
「いいかー後輩達よ、思い立ったらすぐ行動するんだぞー。早め早めの行動が肝心だからな」
「もう少し考えて行動することを覚えて欲しいのだけど……」
シスターが顔に手を当てて嘆いた。ロキナはロキナでどうしたらいいか分からない風で曖昧な笑みを浮かべている。
その後もこんな感じで子供たちが俺のことを聞いてそれに答えてシスターが嘆く流れが何度かあった。そんなに嘆かなくてもいいのに。
「そう言えば10年前って、確かキリエ姉ちゃんが来たのも同じくらいだっけ?」
和気あいあいとした会話で楽しんでいた時にふと子供たちの一人がそんな事を言った。
「キリエってあの赤髪の?」
「あら、キリエとも会ってたのね」
「ついさっきルイスを見舞いに行った時に入れ違いでたまたま会ったよ。少し話したけどオレと入れ違い何だって?」
「ええそうよ。貴方と大して年も変わらないからそれだけ見るとまるで貴方が女の子に変わったみたいね」
「ゾッとしないな」
「アズマさんが女の子になったらその妹さんのハルさんみたいになるのでしょうか?」
「無いな」「無いでしょうね」
「ふぇ!?」
オレとシスターの言葉が続け様に否定した。余りにハッキリ否定されロキナが少し涙目だ。
「アズマとハルは双子の兄妹だけどびっくりするくらい似てないのよね」
「変なヤツだったからなアイツ」
今思い返しても全く似てなかった。ここに一緒に拾われた経緯が無ければアイツとオレが双子だなんて誰にも分からなかっただろうな。
「その割にはいつも一緒にいたけどね……」
「意識していた訳でも無いんだけどな」
「本当に仲が良かったんですよ」
仲が良かったからずっと一緒だったってのは理屈が通らなくないか、と細かいことを言おうとした時に廊下側の扉が開かれる。
「シスター、怪我人の世話終わったよ……っておわ!」
「「「キリエ姉ちゃんだー!」」」
食事を食べ終わり暇を持て余していた子供たちが席を立ち赤毛の女性に突進していく。その勢いに負けて彼女は倒れてしまった。
「コラー!何やってるの!」
当然三人の子供たちはシスターに怒られ引っペがされていく。ロキナや食べ終わっていた年長組も席を立ち倒れた彼女の手助けをしに行った。
「昨日からずっとお世話になっててつくづく思っていたのですけど、ここの子供たちはビックリするくらい元気が有り余っていますね」
三人の内一人の女の子が倒れた彼女の腰に必死にしがみついている為ロキナが剥がそうと頑張りながらそう言った。因みにオレも若干引いている。オレもあんなん相手できる気しない。
「子供たちに元気と笑顔が溢れてるのは嬉しい限り何だけど、ちょっと持て余し気味なのよね」
剥がした二人の子供たちを両手にそれぞれ抱えながらシスターが申し訳無さそうに言った。
ロキナが諦めて側でどうしたらいいかあわあわしていたら、赤毛の女性ことキリエはまだしつこく腰にしがみついている女の子を片手で軽く剥がして退かし、服の裾の汚れを叩いて落としながら立ち上がる。
「いいじゃないですか持て余したって。相手してる側も釣られて元気になりますよ」
見た感じ結構な勢いで床に叩きつけられてた気がしたが当の本人は思いのほか平気そうだった。タフだなー。
「それもそうね。あー、仕事お疲れ様キリエ。夕食を食べた後はゆっくりしてていいわよ」
「はい、分かりました」
そうキリエは答えると、丁度空いていたオレの席の正面に当たる位置の席に座ってまだ食べ終わっていない年長組と一緒に黙々と食べ始めた。
「随分子供たちに慕われてるな」
肩肘を机につきながら彼女に声をかける。
「羨ましい?」
「まさか。あんなの身体がいくつあっても足りないね。てか良くやれるねアンタも」
「貴方がここに残ってくれていたら私はもう少し楽を出来たのかもね」
はは、と曖昧な答えを返す。言ってくれるな、オイ。
「アズマさんは子供たちの相手をしたくないんですか? 楽しいじゃないですか」
席に戻ってきたロキナがそう言ってきた。
「お前さっきの子供たちの突進見て若干引いてただろ。本当に楽しいと思ってるのか?」
「あはは、さっきのはちょっと怖いと思ってしまいましたけどあの子達と遊ぶのは本当に楽しいと思っていますよ。例えばアズマさんが寝ている時にですね……」
満面の笑みで子供たちとの楽しい思い出を捲し立ててきた。怖い怖い怖い怖い。
「……どうだか」
そんな中でふと耳にギリギリ聴こえるくらいの呟きが届く。
そっちの方向を見るとこっちを見ずに黙々とスパムイッチを食っているキリエがいた。今のは……?
急に視線を移したオレをロキナは不思議がる。コイツには聴こえていなかったようだ。気のせいだったのか?
その後はロキナは子供たちの可愛さを力説して来た。半分聞き流していたが彼女が子供たちのことを好いていることはよく分かった。だからもう少し落ち着け。子供たちが少し怖がってるぞ
そしてロキナが一通り喋り終わった後にいつの間にかシスターと食べ終わった子供たちがいなくなっていた事に気づく。
「アレ、シスター達はどこいった?」
「ああ、多分食事の礼拝じゃないですか?」
ああ、確か食事は礼拝堂に行って神様にお祈りするんだっけか。
「食べ終わったらアズマさんは行くんですか?」
んーどうするか。ここを出てからそんな習慣辞めちまったから今更やる気もしないんだよな。
「いや、行かないでいいや」
という訳でバックれることにしよう。シスターに何か言われたらその時だ。
後輩の前でそんなこと言う先輩ってのもどうなのかと思っていると、ロキナがでしたらと……。
「一緒にちょっと外を歩きませんか?」
夜のデートのお誘いがきた。また突然な。
とは言え断る理由も無いので了承して、二人で部屋を出ていく。
部屋を出る時にふと部屋の中を見ると、こちらをその赤い瞳に昏い色を灯した目で見ているキリエが見えた。
そんな嫌な視線に嫌な気分にさせられながらオレは扉を閉めた。
イギリスの食事はスパムであるという偏見に満ちた文章を書いてるけど大丈夫なのだろうか。