罪を見るは人それぞれ
ドーバートンネルを起点に扇状に拡がる形で形成された街。それがここフォークストンである。
造りとしてはまず東のトンネル周りを囲むように建てられた上級階級の連中が住む住宅街。ここがこの街の心臓部であり、ギルドの本部やそのほかまともな身分の連中の為の施設なんかが集まっている。
ロキナのような大陸から来た物好きの為のというか、そもそもその物好きが商機を感じて作ったものがそういった施設だったりする。
我儘な大陸連中に売る商品を取り扱っている為この島で作られたら物の割には品質はしっかりしている。値段もちゃっかりしている。地元民からしたら高めかもしれないが大陸と比較したらとても安いとは知り合いのドワーフの言葉だ。本当かよ。
他には、あそこでは物好き連中をだまくらかして身ぐるみを剥がそうと虎視眈々と狙ってる危ない方々が名物だったりする。ルイスとそれをよく見物しに行って笑ったりむしろ大陸から来たと装って逆に騙したりしていた。
騙すつもりが逆に騙されていたと分かった時のあの間抜けな顔でメシ3杯はいけ……メシ3杯とか贅沢だな。
この街にはドーバートンネルから出てくる形で伸びている線路に沿う形で通りが出来ており。かつての大都市へと続く道だからだとかでロンドン通りとも呼ばれている。
ロンドン通りは西にも伸びており、西はあのゴミ山へと繋がる。多分ゴミ山にゴミを捨てるために道を伸ばしたんだろう。
後は北に農場地帯が広がってたり、ロンドンに続く北西の道には壁が作られていたりするくらいだ。
さてそんな街のやや北寄り、農業地帯よりは都市部に近い位置に存在するのがここ。今オレ達が世話になっている孤児院こと“オークの家”である。
名前からして豚鼻の顔を思い浮かべるかもしれないがそっちではなく木の方のオークである。TR病の1種であるそっちの方がすぐに出てくるのは別におかしな事では無いが、毎度毎度この話する度に間違われるのもどうかと思う。
この街には孤児院が確か4つある。その中でオークの家は最も大きい孤児院だ。大きいと言ってもこんなご時世の孤児院にそこまで豊かさがある訳もなく、ぶっちゃけドングリの背比べもいいところだったりするが。
とにかく大きい故に最も立場のようなものを確立させておりギルドにもそこそこ懇意にしてもらっているらしい。以前ここにいた時にチラッと聞いた気がする。今回ここに運び込まれたのもつまりはそういう繋がり故とも考えられる。
畜生、ギルドめ余計なことをしやがって。
さっさとここから離れたいのは山々だが。家が燃えてしまっているし、そもそもルイスが目覚めるまでは動くに動けない。
さてどうしたものかな。
二度寝から目を覚ますと窓の向こうが茜色で染まっているのが見えた。
起き上がると腹が空いているのに気づく。丸一日寝てたって言ってたからそりゃ腹は減るだろうな。何か口に入れられないかと考えたが、時間的にはそろそろ飯時だろうから少しの辛抱だと諦めることにした。
ベットから抜け出て立ち上がる。軽く動いてもそこまで痛みは感じなかった。殆ど回復したようだ。
近くのタンスの上には相変わらず隻眼のヘルメットが鎮座していた。持っていこうか、いやヘルメットを持って歩き回る絵面はどうなんだ? 悩む。
『私に手で触れろ』
神の啓示が如くマーサーが助言を飛ばしてくれた。
言われた通りにヘルメットに触れると、手のひらによく分からない材質の硬い感触がした瞬間にヘルメットがその場から消えた。
慌てて周りを見渡すが何処にも無い。どこいった!?
《落ち着け、お前と同化しただけだ。手のひらを上にして前に差し出せ》
また頭から啓示が聞こえてきた。困惑しつつも素直に従う。
すると突然手のひらの上にヘルメットが現れていた。綺麗に中心を合わせた状態だったのでヘルメットを掴もうとしても頭を通す首の位置、つまり空洞だったので掴み損ねてそのまま床に落としてしまう。
《オイ! ちゃんと持たないか!》
(イヤイヤ!? いきなりで今のはムリでしょう!?)
ヘルメット様からお叱りを受ける。理不尽なことこの上ない。
床に転がったヘルメットを拾い上げて今のは何なのかの説明を求める。
《今のは君の身体の中に一旦入ったのだ。厳密には入ると言うよりは隠れたと言った方が正しいが、こっちの言い方の方が分かりやすいだろう》
手の上で何度か消えたり現れたりを繰り返す。今度はちゃんと縁の部分を掴む。
(つまりこれはヘルメットの出し入れがどこでも自由自在ってことか)
《そういうことだ。いちいち私を持ち歩いていては不便だろう。目立って仕方が無い》
こう新しい機能を知る度にこのヘルメットは本当にとんでもないと思い知らされる。やっぱ人に知られないようにしないと。
扉を開けるとそこは自分が寝かせられていた部屋と大して変わらない部屋があり、そしてベットの上には顔の至る所を包帯て覆われたルイスがいた。
その痛々しい姿を見ると、どうしようもない悔恨の念が襲いかかる。
ケガを魔導で治してもらったとは言え、決して軽くない傷だと気づいていながらオレは後回しにした。魔導にしたってオレが言ったんじゃなくロキナが自主的にしてくれた事だ。
思い返せば返すほどあの時のオレはどうしようもないクズだと思わされる。あの時は冷静じゃなかった、なんて言葉が頭を何度も過ぎるが同時に所詮は言い訳だと蔑む声も聞こえてくる。
そもそもリージェに襲われたのも、元はと言えばオレの盗みが原因だ。何から何までルイスは悪くない。全部オレのせいなのだ。
ルイスの顔に手で触れる。見た感じ見た目はともかく呼吸なんかは落ち着いているからシスターが言ってたように死ぬ心配は無いんだろう。
償えるものなのだろうか。
これ程酷いことをしたオレはルイスに対して償いを出来るのだろうか。
俯いたまま何をするでもなくただ立ち尽くす。
《キミは後悔しているのか?》
するとマーサーが声を掛けてきた。
「何もかも全部オレのせいで、ルイスは、親友はこうして傷ついてるんだぞ。後悔しない方がどうかしてるじゃないか」
わざわざ口にする必要もないのに言葉として言ってしまう。
《キミのせい? それは違うな。結局の所キミの親友たるルイスがあのサイボーグに負けて死にかけた。ただそれだけだ》
思わず目を見開く。コイツは一体何を言ってやがる。
《強いか弱いか。虐げるか虐げられるか。やるかやられるか。強者だけが選択肢を得られ、弱者はただ力あるものの選択に流されることしか出来ない。弱肉強食の理に支配されてしまったこの世界では弱者であることそのものが罪なのだよ》
「バカげてる。だったらオレも弱者なのに責任が無いなんておかしいじゃないか!?」
《だがキミは彼の男に勝った。彼より君の方が強いと証明したんだ。ならば何を後悔する、勝って後悔する事など無いだろう》
目眩がしそうだ。コイツが言っていることは強者の理論。何にも揺るがぬ自信ありきの覇道だ。余りに、余りに危険すぎる思想。
《こんなことで揺らぐのか? ならばあの時キミが見せた覚悟は何だったんだ? 私を失望させないでくれ》
覚悟。
ただハルともう一度会う。
それだけが望みで、それだけが生きる理由で、それだけでもオレは前へと進む。そう自分自身に約束した。
だが今回のこれは……親友を思うことが間違っているとは到底思えない。そう思えなくなったらそれこそ……!
《……いや、そうか、捨てる覚悟はまだ決まっていないのか》
捨てる覚悟だと……?
《……私が勝手に都合よく解釈しただけか。そうだな、力を手に入れて酔いしれていたなら大事でも見逃すことくらいあるさ。私も焦りすぎたな……》
一人でブツブツと言う言葉が頭に流れてくる。自分の考えをまとめるように言葉を出力する。
「オイ! 勝手に納得してんじゃねえよ!」
最もそれは自らに向けた言葉なので他人がそれを聞いて理解するのは難しい
《すまない、少し熱くなって言いすぎた。とにかく私はそこまで気に病む必要はないと言いたかったんだ》
語気が先程に比べて大分穏やかになっている。それは反省しているかのように沈んでいるとも感じられた。
それに対して何か言おうと思うが上手く言葉が出てこない。なにともなしに頭を掻いてしまう。
ルイスの穏やかな寝息だけが部屋に満ちる。
流石に何か言わないと。と、変な義務感に駆られて口を開こうとしたその時、急に明るくなり、そして後ろからドアが開く音がした。
振り向くとそこには見たこともない女性がお盆と蝋燭を手に持って立っていた。
見た目だけで判断するなら年は、多分自分とかロキナとかと変わらない成人になるかならないかくらいだろう。
女性にしては背丈がそこそこ高く、彼女の着ているワンピースの丈が微妙に合ってないようで、目のやり場に困るくらいにはその綺麗な足をさらけ出している。
そして何よりも目を引くのはその燃えるような赤毛だ。肩のあたりまで伸ばしたその髪はボサボサでこそあるが何処か上品さも感じられた。
彼女は、こちらの顔を見ると少し考える仕草をしてから何かに気づいたようだった。
「あー、隣の部屋に運ばれてた人か。そう言えば目覚めたってシスターが言ってたね」
それだけ言うと彼女は側にあった燭台に火を灯しててこちらに近づいてきた。
「そこ邪魔だから退いて」
と言われる。
お盆の上に濡れタオルらしきものが置かれてるのを見るに多分寝たきりのルイスの身体を拭きにでも来たのだろう。今のオレの位置はルイスの真横、つまり彼女がこれから作業する位置なので邪魔なのか。
オレは邪魔していたのを謝りながら言われた通り横に退いて彼女に場所を譲る。
「えーとキミは誰?」
とここまで動いてから彼女が誰か分からないと気づく。少なくともオレがいた頃に同世代でこんな奴を見たことがない。
「ん? あーそっか、アンタは確か前ここにいたんだっけ。私はキリエよ、アンタの名前は?」
彼女はルイスの服をテキパキ脱がしていく。寝てる間に女性にこんなことされてたなんてアイツ知ったら悔しがるかな。
「オレはアズマって言うんだ。知っての通り、前と言っても10年前何だけど。それくらいまではここで世話になってたんだ」
「10年前……逆に私はその時からここに世話になってるんだけど。あー、例の私と入れ替わりで出ていったのがもしかしてアンタなのか」
成程、入れ替わりか。だからオレが知らないのか。
「色々シスターから聞かされたよ。やりたい放題してくれて世話のかかるやつだったってさ」
「挙句の果てにここを勝手に飛び出してるんだから世話ないな」
「フフフ、自分で言うのかそれを。そうだ、もしかしなくてもまだ飯食って無いだろアンタ。そろそろ夕食だから先に食卓に行ってきなよ。喉も渇いてるだろうから水でも飲んで待つといいよ」
ふと外を見るとすっかり日が沈み暗闇に覆われていた。そう言えば蝋燭灯してたな。考え込んでたらいつの間にかそんなに時間が経っていたのか。
彼女に礼を言って部屋を出た。