億劫な譲り合い
「孤児院を出てってからヤンチャしてる噂だけは耳に届いていたのだけど、貴方やっぱりここでもう1回教育し直した方がいいんじゃないかしら?」
「勘弁してくれ。怪我人に精神的追い打ちとか聖職者様が人殺しする気かよ」
「それくらいで死にはしないわよ。寧ろ回復が早まるからやっぱり……」
「マジで勘弁してくれ」
さて居づら過ぎるこの空間から如何にして逃げおおせればよいのだろうか。ロキナに治癒魔導かけて貰って逃げるのが一番かな。
起きてすぐのこの居心地の悪さ故に頭の中では全力でここから離脱することだけを考え始めている。
「なんでシスターが? いや寧ろなんでオレがここに?」
それはそれとしてちゃんと事情を聞く理性が残っていたことを褒めて欲しい
「貴方達を見つけた人が諸々の事情でここに連れてきたのよ」
「諸々の事情ってなんだよ。てかシスターが見つけた訳じゃないのか」
「ええ私じゃないわよ。そもそもここを私が滅多に離れないって貴方も知ってるでしょうに」
それはそうなんだが、じゃあ誰がオレ達を見つけてここに運んでくれたんだよって話にならないか?
「誰がここに連れてきたのか気になっているみたいね。教えて欲しい?」
「是非」
「ギルドよ」
はぁ? 何でここでギルドの名前が出てくるんだ?
顔に困惑が露骨に出てたようでシスターに苦笑された。
「リージェ・トラレスがギルドと敵対してたのは知ってるでしょう? それでギルドは彼の根城をずっと探していたの。そして昨日ようやく見つけて、兵隊を集めて乗り込んだらアナタとリージェ・トラレスとその手下達が倒れてたのが見つかったのよ」
なんとまぁタイミングの良い。
「ロキナさんに感謝しなさいよ? 彼女が事情を説明してくれなかったら貴方もリージェの仲間だと疑われるところだったんだから」
サイボーグ野郎の仲間扱いとかゾッとしないな。
「アズマさんが倒れてすぐに沢山の屈強な人達が来たんですよ。強面な方々に矢継ぎ早に色んな事を聞かれて正直怖かったです」
「状況が状況だっただろうし。連中も混乱してて女の子への気配りなんて考える余裕も無かっただろうから余計に怖かっただろうね」
それはまた変なことになってたんだな。というか寧ろその状況でよくしっかり説明出来たな。……いやそこでこのヘルメットか。
『彼女も彼らも混乱してたからな。収めるのには一苦労したよ』
これは彼女に話しかけたマーサーの判断は正しかったな。下手に説明したらオレらもアイツらの仲間入りしてたところだった。笑えねぇ。
心の中で礼を述べる。
『気にする事はない。必要だからしたまでだ』
あー、気恥しいから心の中で言ったがそもそもコイツには全部筒抜けなのか。今更だが常時心の中が読まれ放題って面倒だな。
『本当に今更だな。もうキミと私は一心同体と言ってもいい関係だから諦めろとしか言えんぞ』
やはりもう少し慎重に考えるべきだったんじゃ? とそれこそ今更なことを考えていると目の前になんとも言えない表情の顔があった。
「急にコロコロ表情変えられると怖いわよ? 変なヘルメットを被り始めたり危険人物にケンカ売ったり、どこかで頭打ったりしたの?」
至極真面目な表情で心の心配をされた。シスターの隣にいるロキナは察しているが言葉が見つからないのだろう困りきった表情をしていた。
いかんいかん、マーサーと話してるとそっちに集中しちゃうのはこれから気をつけないと。
「別に頭をどこにも打ってないしどうもしてないよ。オレは何も変わっちゃいない」
取り敢えず精神異常者だと疑われ続けるのも遺憾なので弁解しておく。
「そう、アズマ。あなたは変わっていないのね」
少しだけ寂しそうな表情が見えた気がした。今の会話でなんでそんな顔をするんだ? きっと気のせいだろう。
「ああ、すっかり話し込んじゃったけどここに来たのはロキナさんに注意しに来たんだったわ。貴方もかなり体力を消耗してるんだからアズマの事が心配なのも分かるけど貴方自身もしっかり休まないとダメよ?ああ後、隣の部屋に貴方の住んでた家に居たメガネの男の子がいるわよ」
「ルイスもここに!?」
「見つかった時はかなり危ない状態だったらしいわ。徹夜で治療してからまだ目を覚まして無いけど峠自体は超えたらしいわ」
「……そりゃ良かった。本当に」
ホッと息を吐く。あの時は目先のことばかり考えてて正直ルイスの事はおざなりだった。
自分の都合で危険な目に遭わしてこれとはな。目が覚めたら謝らないと。いや、なんて言って謝るんだよ。……もしかしたら絶交されるかもな。
顔を俯かせる。状況が安定しゆっくり考える時間が出来ると後悔しか湧かないな。したくてしたはずなんだがな。
「アズマ。目覚めたばかりでまだ疲れが残っているのですよ。今はゆっくり休みなさい」
シスターが励ましの言葉を掛けてくれる。ここに居た時も落ち込んでる時はよく励ましてくれたっけか。オレも変わってないけどシスターも大概変わらないな。
仕事が残ってるからとシスターが部屋を出ていってまたオレとロキナの二人だけになった。部屋を出る際に回復するまではここに居ていいとシスターに言われた。寧ろ回復するまでは出ていかせないくらいの勢いだったが。
身体を動かそうとするとやはりまだ重さを感じ、鈍い痛みも走る。この感じだと走るのも厳しいな。当分はここにお世話になりそうだ。
ふと横を見るとロキナが何か言いたげな表情でこちらを見ていた。
「どうした?」
「……これについてお話したくて」
そう言うとロキナは変わらず持ってたバックから何かを取り出した。
それは銃だった。ああそうか彼女が隠し持っていたのか。
「……ここでハッキリとしておいた方がいいと思ったので」
「何をハッキリするんだよ。それはお前の物じゃないのか?」
「貴方はコレを危険を冒してでも手に入れようとしていました。だから今度は貴方がコレを盗むのではないかと思ったんです」
まぁ、その疑念は最もだ。リージェが今は恐らくギルドに捕えられている以上、今そいつを狙う危険性があるのはオレだけだからな。
「だからハッキリしておきたいんです。貴方はコレをどうしたいんですか?」
だからオレの考えを聞きたい訳だ。嘘を吐かれるとは思わないのかね。……思わないんだろうな。
「さてどうするかね? そこの喋るヘルメットがいるせいで自分でも正直どうしたいかよく分からないんだ」
「分からない?」
「欲しく無いわけじゃないんだけどさ、マーサーがいれば充分だとも思えるんだ。つまりどうしたいか決めかねてる」
実際問題、魔導が使えればギルドの信頼を得れる可能性は十二分にあるんだからわざわざ銃を手に入れる必要は無い。
だが銃がどうしても欲しいと思う自分がいるのも確かだ。単純に大陸に渡るための切符代わりとしてではなく、英雄の武器として。
「いいんですか……? 妹さんのことを含めてそんなに単純な思いでは無いと思っていたのですが」
「なんだよ、盗って欲しいみたいに聞こえるぞ?」
「……貴方がいなければ私は生きてなかったかもしれません。だから、その、お礼と言いますか……」
多分、今彼女が言った言葉はそのまま彼女自身にも当てはまるのだろう。単純ではない思いを彼女もまた銃に対して抱いているのだ。
その思いと感謝の念が今彼女の中でせめぎ合っているのかもしれない。オレからすればそんなに強い感謝を抱かなくてもと思わずにはいられないが。
「難しく考えるのが面倒だ。取り敢えずそれはお前の何だから俺に渡そうとするな。んで、お前が持ってる以上オレも盗んだりはしない。知り合いの持ち物盗むほどオレも外道じゃないからさ。それで安心しろ」
「そんな、それじゃ私は貴方に何も返せない」
今までより強く大きい声で彼女は訴えてきてちょっと驚いた。助けてもらったことはオレが思っている以上に彼女の中では大きいものとなっているようだ。
「いや、もう十分助けて貰ってるよ。始めて会った時やルイスの怪我は治癒魔導が無かったらどうなっていたか分からないし。リージェの時も協力してくれなかったら倒せなかったはずだ。ほらもう十分、いや十二分に助けてもらってる。これ以上恩を作られたら寧ろこっちが困るってもんだ」
「ですが……」
「いいんだよこれで」
彼女はまだ何か言いたげな様子だったが何とか納得してくれたようだ。これ以上続けてたらオレが罪悪感で死ぬところだ。
言ってることは恩着せがましいことこの上ないが、無理矢理にでも納得してもらわないと余計ややこしくなりそうな気がする。
この話題を考えたくなくなったので別の話題をふる
「てかお前、銃を取り返せたんならもう大陸に帰るだけだよな。さっさと帰れば盗まれる心配しなくてもいいじゃないか」
なんか自然にここに残る方向で考えてたが。もう取り返すもの取り返したし、後は帰るだけじゃないか?
「大陸行きの列車は1週間間隔で出ているので、私がこっちに来たのが二日前ですから今日含めてあと五日はここにいる必要があるんですよ」
「あー出てないのか。そりゃオレに盗まれるか心配するよね」
「そもそもあのシスター様の前で盗めるんですか?」
おっと中々鋭いところに気づくね。バレたらどうなるか……これも考えたくないな。
「何か疲れたからもう少し寝ることにするよ」
思考停止で精神安定を図ろう、そうしよう。
「そうですね、私も疲れましたし部屋に戻ることにします。……アズマさん、本当に無事で良かったです」
そう最後に言うと彼女は部屋を出ていった。
ロキナと銃とルイスとギルドと、本当に考えることが増えたな。さてどうしたものか。
今後どうなるのだろうか、一抹の未来への不安を抱えて微睡みへまた落ちていった。
1人ひとつずつ部屋が割り当てられるとか豪勢かと書いてても思ったけど。ギルドからアズマは隔離しておいて欲しいと要請があったということにしました。