過去とはそういうもの
短いけどこれくらいのペースで投稿したいジレンマ
そこはかつて幼いころに住んでいた場所。
夕日が窓から差し込んでいるだけの少し薄暗い場所で、二人の幼子が何かを見ながら楽しそうに喋っている。片方はよく見る顔に似た面影があり、もう片方は……決してあの顔を忘れたりはしない。
あれはオレとハルだ。
これはどの時の出来事だっただろうか。ちらっと彼らの手元を覗くと絵本があった。この絵は確かコマドリだったか?
延々とコマドリが殺されたことを語り続ける歌だ。殺したスズメを裁くでもなく、ただただコマドリが死んだことを悲しみ続けるという不思議な歌。オレは良く分からなくてそんなに好きではなかったが、ハルは何故かやたら気に入っていたな。
「彼らはとても賢いわ」
「賢いってなんで?」
「罪を裁くことに労力を割くぐらいなら死者を想った方が余程有意義だと気づいているからよ」
「でも人殺しは許しちゃいけないだろ」
「罰もちゃんと受けさせているわよ?罪はどれだけ時間が経とうと消えはしない。長い長い時間の中できっとスズメはずっと苦しみ続けるのだから」
ハルは物事の深く深くを見抜くことのが得意なヤツだった。それこそ年不相応と言えなくもない程に。
きっと自分には見えていない何かがハルには見えているんだろうと当時のオレは納得していた。良くそれで納得したものである。
仲が良かったのかと問われれば……良かったんじゃないか? 基本的にあの頃は二人一緒に行動してたし。ケンカもしたことはあるがあとを引くことも無かった。
ハルがどう思っていたかは分からないが少なくともオレはハルと一緒にいて居心地がいいと感じていた。そしてそれがずっと続くと信じていた。いや信じていたというより疑うことをしなかったか。ある意味盲信だ。
だからこそこんなことになってしまったのだろう。
景色が変わる。協会の鐘の音が響く中、独りでオレは待ち続ける。結末を知っているから目の前の少年に声をかけようとする。
ハルは来ない。待っていてもアイツは来なかった。だからトンネルに向かい計画通り人混みに紛れて大陸行きの列車に乗るんだ。
だがその言葉は彼に届かない。必死に伝えようとしても何も世界に影響しない、出来ない。過去は変えられない
罪がどれだけ時間が経とうと消えはしないのもつまりはそういうことだ。どこまで行っても過去は絶対的だ。
ならばこそ彼らは死者を想った。事実を受け入れ前へ進むことにした。
ではオレは? オレは前へと進めているのか? ドーバートンネルを抜けた時にそれが分かるのだろうか。ハルともう一度会えればオレは……?
鳥の囀りが聞こえてくる。
目を覚ますとそこは見知らぬ……いやなんか見覚えのある天井だ。
辺りを見渡す。自分が今横になっているベッド以外だと引き出しの付いたタンスとか椅子とかが置いてあり、窓から陽光が差し込み日当たりが良さそうな部屋だ。
うーんシンプル過ぎてここがどこかよく分からない。頭の片隅に何か引っかかるものはあるのだが上手く思い出せない。
取り敢えず立ち上がろうとして身体の至る所で鈍い痛みが走る。あーそうかこれは魔導の反動か。つまりリージェを倒した後気絶してここにいるのか。
誰か親切な人がここに運び込んでくれたのか。……あの場にいたのはロキナだが、アイツが一人でオレを運べるとは思えないな。うーんこの街に住んでてこんなに親切なヤツをオレは知らないぞ?
『目覚めたか少年』
現状の把握に苦戦していると脳内に声が聞こえてきた。
ふと視線を横に移すとタンスの上に特徴的なヘルメットが鎮座していた。これをさっきよく見逃したなオレ。
(マーサーか。えーと今どういう状況なんだ?)
『そうだな、それは私が説明してもいいが。もっと適役がドアの向こうにいるから任せることにしよう』
マーサーがそう言うと部屋のドアが開いてロキナが入ってきた。
「……アズマ! 目が覚めたのね!」
目を見開いてそう大声で言うと彼女はいきなり抱きついてきた。
その柔らかい身体の感触と鼻腔を擽る匂いで頭がフワッとする。彼女の端正な顔を間近でみるとなんとも言えない感情が湧き上がってくる。いや、待て待てお前そういうキャラだっけか!?
取り敢えず強引に離す。いかん、寝起きで頭が回ってない上にこの状況は色々やらかしそうでヤバい。
「あー、えーと。心配してくれてたみたいだな。いや心配させてしまったのか?」
「昨日は中々目を覚ましてくれなかったからずっと不安で不安で。魔導の初心者が過剰行使で死んでしまうのも珍しくないからその事ばかり考えてしまって」
なるほど魔導使いらしい不安があったようだ。てか魔導の過剰行使で死ぬとか怖いな。そんなリスクあるとか知らなかった、知ってたらもう少し慎重に動いてたよ。
『なんだ、分かった上でのあの大胆さかと思っていたが違ったのか』
(巫山戯んな。魔導に関しては全く知らないド素人だって分かってただろうが)
『まぁその無知が勝利に繋がったのも事実だ。良かったじゃないか』
コイツ……!?
オレが脳内フレンドみたいなヤツへの感情を包み隠さず表情に表すと、ロキナは困った様子をしていた。
「ええと、急にどうしたんですか……ああ、もしかしてそのヘルメットの精霊と会話してるのですか?」
ヘルメットの精霊か確かにそうとも言える……いや待て。今なんて言った?
「何でお前がヘルメットのこと知ってるんだ?」
後で話すみたいなことは言ったが話す前に気絶したはずだぞ。
『簡単だ。キミが寝ている間に私から彼女に話しかけたのだよ。色々と状況に対応する為には必要なことだったからな』
答えは脳内に返ってきた。なるほどお前が犯人か。
思わずヘルメットことマーサーの方を睨む。コイツの事は徹底的に隠したかったんだけどな。魔導が使えるようになる道具とかバレた時どうなるか分かったもんじゃないからな
「あ、えっと。マーサーさんのことをそんなに責めないであげて下さい。彼の判断のおかげで実際に助かりましたから」
彼女は宥めるようにそう言ってくる。うーん、何が起こったのか全く知らないから責めるに責めれないじゃないか。
「分かった。取り敢えずあの後何があったか聞いてもいいか?ここがどこかも分からないし」
というわけで説明を求める。いい加減この状況がどういう事なのか知りたくて仕方ない。
「えーとそれはですね……」
そうして彼女が口を開こうとした所でまた部屋のドアが開かれる音がした。
「ロキナさん、貴方も……ってあらようやく目が覚めたのね」
そこには修道服を着た女性が立っていた。待て待てどうして……!? いやまさかこの場所はそういうことかよ!?
「シスターアリシア!?」
「あら、久しぶりの再会にそんな大声で私の名前を呼ぶなんて。ここから逃げた割には実はとても会いたがっていたのかしら?」
シスターアリシア。ここフォークストンで最大の大きさの孤児院の院長で、そしてオレとハルの育ての親だ。
まずい。まさかここに帰ってくることになるとは。どの面下げてればいいんだよ……。
目が覚めたらかつての我が家に帰ってきていた家出少年の心境や如何に。
アズマの助「いっそ殺せ」