出会い
「ハァ…ハァ…」
薄暗い路地、打ち捨てられたゴミが散乱する道を一人の黒髪の少年が走る。さらに、そのすぐ後ろを外套を着た2つの影が追いかける。
速度は二人組の方に分がある。ゆえに、いずれ少年は追いつかれるのが道理である。しかし一向に追いつく気配がしない。右へ左へ迷宮のように曲がりくねった道を少年は一切逡巡せず突き進み、時折立ちふさがる壁も横壁を蹴って上に登る。縦横無尽なその走りは二人組を突き放していったのだ。
しかし二人組の執念もさるもので幾度か見失いかけたものの、追跡を諦めなかった。
「クソガキッ! 待てやゴラァ!」
そして、とうとうしびれを切らした影のうちの片方が怒号をあげる。意味など無いと分かってても、湧き上がる感情を抑えきれなかったのだろう。騒音が辺りに響き渡る。
「……ッ!」
怒号に驚いたからなのかどうかは分からないが、少年が足を滑らせて転んでしまう。
すぐさま少年は立ち上がろうとする、が、どうやら足首をひねったらしく上手く立ち上がることができなかった。
「くそっ!」
悪態をつく少年、そのすぐ目の前には追いついた二人組がいた。
「ようやく追いついたぜ。 さぁ、盗んだものをさっさと返しやがれ!」
「盗んだもの? なんのこ……グッ!」
少年は言い終わる前に腹を思いっきり蹴られ痛みに悶える。
「調子乗るんじゃねえよ、盗人風情が」
そのまま痛みでうずくまる少年に男二人は蹴りを入れ続ける。しかし、それでも少年は抱えたものを手放そうとはしなかった。
息が切れるまで何度も何度も暴力を振るわれても少年は諦めなかった。その姿に二人もあきれ始めていた。
「ハァハァ、たかがスリのくせに強情な奴だな」
「ほら、このぐらいにしといてやるからさっさとそれを返しやがれ」
少年は近くの壁に寄りかかりながらどうにか立ち上がると。
「嫌だよ。こいつは俺のものだ、てめえらには絶対に返さねぇ」
追い詰められてなお吐かれたその言葉は相手の理性を消し飛ばし、怒りを爆発させるのには十分だった。相手の片方が自らの懐に手を入れ何かを取り出した。
ナイフだ。
刃渡り40cm程のそれは、その鈍い鉄の輝きをもって容易に人を殺せると声高に主張していた。
「もう我慢ならねぇぶっ殺してやる!」
「オイオイ、流石に殺しはまずくないか?」
隣にいた相方はその殺気にあてられてか逆に冷静になってしまったようで止めに入ろうとする。
「どうってことはねえ、遺体なんてそこら中に転がってる。いまさら一つ増えたからって誰も気にとめはしないさ」
「だけどよ……」
「うるせぇ! さっさと返さない、このガキが悪いんだろうがァ!」
そういうとナイフを持った男が手を振り上げ、ナイフを刺そうとする。そして鮮血が辺りに飛び散る。その場にいた誰もがそう思ったとき……。
「待ちなさい!」
少年の視界の先、丁度男たちの背後に位置する場所で誰かが静止の声を出したのだ。少年と、自分たちのことかと思った二人組は後ろを向き、そして静止者の姿を見た。
少女だった。年のころは15、6ほどであろうか。まばゆいばかりの金色に染まった髪を後ろにまとめ、この薄汚い路地には似つかわしくないほどに真っ白に統一された服装をしていた。そして、その容姿は平時の場であれば思わず見惚れてしまいかねないほどに整ったものであったが、ことこの剣呑な場においては……。
「おいおい、またガキかよ。今俺たちは忙しいんだ、すっこんでな!」
彼らの怒りを鎮められるほどの圧力にはならなかった。
「危ないからどっかにいきなお嬢ちゃん」
少女の身を案じたからか。それとも、これから人殺しの罪を背負うことへの贖罪のつもりか、冷静だった男は少女へここから離れるように告げる。しかし少女はそれを無視して近づいてきた。そして二人組へ指を指すと。
「大の大人が二人掛かりで子供をいじめて恥ずかしくないの!」
その言葉に、少女を気遣った男、そして様子をうかがって口を出さなかったナイフの男も思わず笑う。
「ハッハッハ!なんだい、お嬢ちゃんはもしかして俺たちを叱ってるのかい?」
「ええそうよ、貴方達はみっともないって言ったの」
「嬢ちゃん、つまらないジョークはよしてくれ。まるで俺たちが悪者みたいじゃないか」
「何を言ってるの、貴方達がやってることはどう見ても悪いことじゃない」
「ハハハ、世間知らずのお嬢さんに教えてやるよ。このスラムじゃ弱いやつが悪者なのさ。例えば、そうそこのガキとかな」
男はそういうとまた少年に蹴りを入れ、弱っている彼の身体を吹き飛ばす。
「止めなさい!」
「なんで俺たちが嬢ちゃんの言うことに従わなくちゃいけないんだ?俺たちの方が強いのに?」
二人はまた笑い始める。少年への仕返しと少女への侮蔑の意味を込めて高らかに笑い合う。ゆえに気づかない、目の前の少女が腰のあたりから棒状のものを取り出したことに。
「……そう、つまり、私があなた達より強いことを証明すればいいのね」
彼女はつぶやくと、棒状のものを目の前の男に向けて。
「いいわ、燃やしてあげる!」
彼女がそう宣言すると棒の先に円形の奇妙な図形が展開される。
「第一魔法陣展開!フラム!」
次の瞬間、空中の図形から炎が飛び出してくる。そして、それはちょうど少女の前に立っていた男へと襲い掛かり。
「ウワッ、熱イイイィ!」
炎はあっという間に男を飲み込んでしまった。突然の事態に残ったナイフの男は数秒ほど唖然としてしまうが相方の悲鳴で正気に戻り少女の方を睨む。
「てめぇ……なんで魔導を……」
「これで分かったでしょう?私の方が強いって?」
先端が淡く光っている棒を今度はナイフの男へと向けながら彼女は言い放つ。この場の支配者は自分だと。
「……クソッ! 覚えてやがれ!!」
自らの不利を悟ると、男は焦げかけている相方を引きずりながらあっさりこの場から逃げ出していった。
「下衆でも仲間を助けるぐらいの心はあるのね」
逃げ出していく男たちを眺めながら少女は棒を仕舞い、倒れている少年へと近づき手を差し伸べる。
「大丈夫?」
「……この傷を見て大丈夫だって?」
差し出された手を払いのけ、少年はまた壁に寄りかかりながら立ち上がる。
「ずいぶんおめでたい脳みそをしていらっしゃるみたいだな」
少年の傍若無人な態度に少女は思わず頬を膨らませる。
「お礼が欲しくてやったわけじゃないけど、助けてもらっておいてその態度は無いんじゃないの」
「よそ者に助けられても迷惑なだけだ……」
「意味わからない。そんなことより傷をちょっと見せてよ」
「は?」
「治癒魔導で治してあげるわ」
そういうと、先ほどしまった棒を再度取り出して屈みこむと、その先端を青く腫れかけている足に向けようとする。が、少年は何故かそれをさせまいと必死に抵抗する。
「ちょっと、邪魔しないでよ」
「いや、待て! どうみてもガキのお前が治癒魔導なんてできるわけないだろう!?」
「ガキって何よ! 貴方もさっきの派手な炎を見たでしょう。任せなさい」
「炎と治癒じゃ別次元だろうが!?」
「安心して、簡単なやつだから失敗しても後遺症は残らないわ」
「こいつ平然と後遺症って言いやがった!?」
「とにかくさっさとその一番痛そうな右足を出しなさい!」
少女は、相手が嫌がるのを無視して強引に足を出させると、そこで一旦深呼吸をし、そして真剣な眼差しで腫れた部分を見つめてながら棒を向け……。
「第一魔法陣展開……、ソイン!」
そう唱えると先ほどとは意匠の異なる円形の図形を象った光が展開される。そして、その光に照らされた足の腫れはみるみる内にひいていった。
「……マジでできるのかよ」
足の腫れが見た目完全にひいたところで照らしていた円図形は砕け散り、それと同時に少女は大きく息を吐いた。
「はぁー、うまくいって良かったわ。 どう? これでまともに歩けるんじゃないかしら」
少年は足をブラブラさせたりその場で飛んだりして具合を確かめる。
「完全に元通りだよ、やるじゃん」
「どういたしまして。 ところで、貴方ってここの地理に詳しかったりする?」
「ここは俺の庭みたいなものさ。近道、裏道、獣道なんでも知ってるよ」
「獣道は遠慮したいわね。とにかく、ここに詳しいなら丁度いいわ。実はとある場所まで案内して欲しいんだけど頼めるかしら?」
そう言われ少年は、少し考えるような仕草を見せるがすぐ決断したようで、さっと相手を見やると。
「分かった、助けてもらった恩もあるし頼まれてやるよ。 俺の名前はアズマ、よろしく」
「ロキナよ、少しの間だけどよろしくね」
少年アズマと少女ロキナはこうして出会った。この出会いがこれからこの世界に何をもたらすか、それはきっと神様にしかわからないことだ。だからこそ、この素晴らしい出会いを祝福しよう。世界をもっと面白いものにしてくれるはずだから……。
小説初投稿です。カテゴライズ詐欺ではないです。